邂逅
亜美を意識した瞬間を、今でもはっきりと覚えている。
ゆっくりと、少しずつ意識していったわけじゃない。それは、ある日突然だった。
高二のクラス替えは本当に驚いた。一年の時つるんでいたグループは完全に分裂し、同じクラスになったのは一番疎遠だった立川大輔だけだった。そして、新井亜美。
新しいクラスの顔ぶれはほとんど知らない奴ばかりで、唯一の友人だった大輔とつるむしかなかった。亜美は亜美で、一年の時から同じクラスだった井上彩花を筆頭に、すでにグループ内に収まっていた。
いつのまにか僕らのグループと亜美のグループは仲良くなっていて、亜美とも一言二言、軽口を叩ける仲になっていた。そうなってもまだ、亜美のことは意識していなかったし、すでにどこかで見たということも忘れていた。
亜美はもてた。顔は整っていたし、友達も多い、面倒見もいい。いわゆる、よくいるクラスの優等生タイプの女の子だった。にも関わらず、クラスで一番目立つよく言う一軍女子のグループに収まっていた。そこのポイントが高いというのがいかにも高校生的思考だ。実際、クラスに何人か亜美を狙っている奴もいた。
だけど僕はそんな競争に加わる気もなかった。
あの日までは。
二学期が始まって、一ヶ月と少し経ったある日。もうすぐ修学旅行というある日。
僕の世界は一気に変わった。
その日の僕は、朝方までゲームをしてたせいで眠くて仕方なくて、朝のホームルーム中ずっと寝ていた。すでに親友になっていた大輔に何度揺り動かされようとも机にうつぶせになっていた。
その時の僕の席は窓際の一番後ろの席。亜美の席は真ん中の列の中央らへんだった。
前のドアから担任が入ってきて、僕は寝ぼけたままふと顔を上げた。
その時、亜美が不意に目に入った。
あきらかな違和感。彼女だけがクラスに溶け込んでいない。落ち着かずキョロキョロしている。
なぜか一気に目が冴えた。彼女しか目に入らなかった。
突然、僕の視線に気づいたのか彼女が後ろを振り返った。目が合った。瞬間、あわてて目をそらす。窓の外を見た。
本当は目をそらす必要なんてなかったんだ。目が合ったら、普通「なに?」とか、「おう」的な相槌をうつのが普通だろ?
友達なら。
目が合った途端、亜美をどこで見たのか思い出した。
入学式よりもっと前。あれはこの高校を受験した日だった。
すべての教科を終え、手応えがあるんだかないんだかよくわからない不安と共に、僕は校門の前で一緒に受験にきた中学の友人の帰りを待っていた。
校門の前には車が一台停まっていた。運転席に僕の母親と同じくらいの年齢の女性が座っていて、受験生の帰りを待っているのかなと、ぼーっとしながら思った。
その瞬間、後部座席からセーラー服姿の女の子が降りた。それが亜美だった。
まっすぐな肩まである黒い髪。真っ白で整った顔。だけどなぜか複雑そうな顔で、僕の受験した高校を見つめていた。いや、睨んでいたというのが正しいか。
僕には目もくれず、彼女はただただ校舎の全貌を探るように睨みつけていた。
いつの間にか僕は後ろにきていた友人に引っ張られ、駅に向かって歩きだしていた。でも、見えなくなるまで彼女から目を離せずにいた。友人の声すら何も聞こえていなかった。
どうして今の今まで思い出せなかったかが不思議なくらいだ。
教室で彼女が後ろを向き、視線を交わした瞬間、亜美は「友達」じゃなくなった。
視線をそらした後は、窓の外の風景なんか見えてなかった。目が合った瞬間の彼女の顔が頭に残る。心臓が激しく動く。
思わず机に頭を押し付けた。
彼女の気配は、見なくてもわかった。
一回教室を出て、戻ってきてまた自分の席についている。そして、またこっちを見た。寝たふりをしている僕を。
僕は見られていると思うと、身動きもできなかった。
初めての感情が、僕を襲った。
その日から、彼女が僕のすべてになった。