帰京
「当機はまもなく着陸体制に入ります。座席の背とテーブルを元の位置にお戻しになり、シートベルトをしっかりとお締めください…」
キャビンアテンダントの声と共に、飛行機が高度を下げたのを感じた。
東京の景色が窓際の席から見えた。七年前の今日と違って、呆れるほどいい天気だ。
海沿いにあるテーマパークが見える。あの、魔法の国にも、彼女との思い出が詰まっている。あれ以来、一度も行っていないけど。
ここに行くべきというようなデートスポットはほとんど行ったんじゃないかっていうくらい、彼女と色んなところをデートした。
亜美が死んだあと、どこにも行けなくなるくらい。
地元の街も、新宿も、渋谷も原宿も。東京タワーも、…海も。
行けば思い出が蘇って、潰れそうになった。どこにも行かずに、じっと息を殺して生きてきた。この六年間。
飛行機はぐっと高度を下げて、いよいよ着陸態勢に入ったようだった。
今日はこのまま亜美の墓参りに行く。彼女や両親は、もう亜美の墓参りを済ませたのだろうか。
荷物は機内持ち込みにしていたから、そのまま出口に向かった。このまま亜美に会いにいったら、誰かに会うかもしれないと思い、少し時間をつぶす事にした。
上司に報告の電話をかけてから、滑走路がよく見えるレストランに入り、直樹は持ってきていたノートパソコンで出張の報告書を作り始めた。
亜美が今眠る場所がある駅は、亜美の家の最寄り駅から更に電車で十分ほどの駅にある。
毎年の通過儀礼のように、駅前の花屋に立寄り、花を買う。
二年前から、黄色いガーベラを買うのは止めた。
その花は、恵美の花だったから。
思い出の中の「亜美」は、清廉で可憐で、優しかった。直樹は亜美を思い出し、白いユリを選んだ。
駅からタクシーで亜美の墓のある霊園に行った。昼を過ぎて尚、太陽は輝き、春の風が吹いていた。長崎の暖かい風が、関東まで辿り着いたようだ。
亜美の墓は見晴らしのいい場所にある。少し汗をかきながら階段を上ると、亜美の墓が見えた。
近くに行くと、まだ生き生きとしている花が供えてあった。
彼女も来たのだろうかと、一瞬想像を巡らすが、打ち消すように水桶に手をやった。
線香を焚き、花束を供えて手を合わす。
思う事は毎回同じだ。亜美が安らかに眠れるように。
願いを終えて、一息はいた。
春風に気づいて後ろを向くと、晴天に東京の街が映えて思わず見ほれてしまった。
二年前、恵美と一緒に訪れた場所とはまるで違う場所のように、いい眺めだった。
この街のどこかに、彼女はいる。
いつか会えるだろうか。
驚くほど自然にそう思えた。あんなに心の中に押し込めていた苦しい重りは、今は風のように心をくすぐる。
認めるだけで、こんなに心が凪ぐなんて思ってもみなかった。
結局どこかで思っていたのだ。自分はそんな人間じゃないと。
認めたくなかった。こんなに汚い感情を自分が持っていた事を。そして亜美への後ろめたさやプライドが自分の首を絞め続けていた。
死を考えた事もあった。
こんな自分が彼女に会う事などできないと、自分に絶望していた。そして、そのせいで彼女に会えない事に絶望した。
でも、死ねなかった。あきらめられなかったのだ。彼女の事を。
だからすべて閉じ込めた。
自分の中の汚い感情と一緒に、彼女をも閉じ込めた。亜美の思い出に隠して。
ようやく自分と折り合いがついた気がした。
いつかこの想いはなくなるかもしれない。もしくは、一生この想いを抱きしめながら生きていくのかもしれない。どちらでもいいと、思った。どちらにせよ、生きていく事にはかわりはないのだから。




