真実
恐れていた。あの日から、僕は自分の事を恐れていた。
二年前のあの日、あの瞬間。死んだのが亜美だったとわかったときから、恐ろしい事を考えていた。
人間として、許されないことかもしれない。恋人を失った男として、あり得ない事を考えていた。
よかった。死んだのが「彼女」じゃなくて、と。
「僕の恵美」が死んだのではなくてよかったと。
ほっとしていた。許されるなら今すぐにでも彼女に会いにいき抱きしめたかった。
そして思った。
彼女に知らせるものか。
亜美が死んだ理由を、絶対に彼女に知らせるものか。
絶対に言わない。彼女を悲しませる事は何も。
この瞬間、僕は裏切ったのだ。
亜美を。
亜美の彼氏であった自分をも。
一目彼女を見た瞬間から、僕は彼女を選んでいた。
亜美ではなく、「特別な亜美」であった恵美を。
雨の中、突然現れた幽霊であった恵美を。
心はとても正直だ。
でも理性は、そんな自分に心底失望した。
恐怖すら感じた。これほど残酷なことを考えられる自分に。
相手は僕の事など知らないかもしれないのに。
「特別な亜美」なんて僕がいくら思おうが、彼女があの亜美であるはずないだろうに。亜美の中に恵美が存在した?そんな夢みたいな話があるわけない。
亜美と特別な亜美の区別なんてない。亜美が死んだ事が信じられなくて、勝手に特別な亜美を仕立て上げたのだ。そっくりな恵美を、亜美の代わりとして。
きっと、そうなのだ。
狂っているのだ。自分は。とっくに。
そう、いくら自分に言い聞かせても、他の女を抱いても、何をしたってやめられない。
彼女を愛する事を。
僕が一番恐れていた事。
それは、恵美を愛していると認める事。
死んだ恋人を踏みにじり、一目見ただけの別の女に恋をする自分が恐ろしくてたまらない。
自分でも、認めたくなかった。
死んだ恋人の妹に恋い焦がれていることを。
そして、そんなひどい男だと彼女に知られるのが怖かった。
妄想だって言うのはわかっている。自分がおかしいのだってわかってる。
彼女が、死んだ姉の恋人とつきあうはずがないこともわかってる。
まだ、かろうじて理性は保っている。
でも。
心の奥底の自分はソイツに言った。
「彼女に会いたい」
あの瞬間から、今も、ずっと。
直樹の顔をしたソイツはその瞬間消えた。
吐き出した感情と共に目が覚めた。
いつものような汗も吐き気も無く、静かな目覚めだった。
そうして三月十四日の朝を迎えた。




