再診
「夢は続いているかい?」
直樹はまた、彼に会いにきていた。彼の笑顔を見て、少なからず落ち着いた。
「はい…」
倒れたあと、夢は毎日続いた。さすがに体が持たないと、睡眠薬を処方してもらおうと思ったのだ。
二年前、悪夢を見始めたとき。直樹は悪夢の事を彼に話した。
倒れている亜美と、そしてそれをただ見続ける自分。話したのは、それが何を意味するのか知りたかったからだった。
彼は一概には言えないが、死は劣等感や罪悪感を表すと言った。そして、死人は秘密を。
そのとき、見透かされているように感じた。今まで笑っていた彼の目が、そう言った時は笑っていなかったから。
君は隠し事をしているね?
そう言われた気がした。だからと言って決して話はしないのだが。
彼はすぐ分かった事だろう。直樹が二年前突然変わった事を。けれど彼は普段と変わらず、直樹の中身の無い話を、聞き続けた。彼は知っていた。何も話していない事を。それでも耳を傾けてくれた。怒らず、落胆もせず、そこにいてくれた。
それにどれだけ救われたか。
ただ、そこにあり続けてくれた事がどんなに有り難かったか。たわいもない話を聞いてくれた彼にどんなに助けられたか。
「あと一週間か…」
彼は部屋にかかっているカレンダーを見た。直樹はその一言にどきりとした。
亜美の七回忌が迫っていた。そして、長崎の出張も。
「限界まで寝ないっていう手もあるんだけど…」
彼はこちらをちらりと見た。そのいたずらっ子のような顔に苦笑する。
「それ、この前やって仕事中ぶっ倒れました」
「あらら」
結局、試験的に出してもらった薬は、一度飲んでみて、合わなければすぐに止めるように言われた。
そして、彼は直樹が帰ろうと席を立った時に、ぽつりと言った。
「君が恐れているものは何だかはっきりとわかっているのかな?」
「…恐れているもの?」
ドアに向かっていた直樹は振り返って彼を見た。
「1つ、アドバイスしよう。君の恐れている物を、この空の椅子に座らせてごらん。そいつと話すんだ」
「話す?」
「今僕と話しているみたいに、話してごらん。でも、ケンカになるかもしれない。それか君が怯えて話にならないかもしれない。でも、そいつと話してみてごらん。何かわかるかもしれない」
奇跡的に薬は体に合い、長崎に到着するまで悪夢を見る事はなかった。




