悪夢のはじまり
僕が亜美の双子の妹の存在を知ったのは、亜美と初めてデートをした時だった。
記念すべき初デート。待ち合わせはベタに渋谷のハチ公前。
前の日から何を着ようか迷いに迷い、そのせいで寝坊してあわてて家を出た。先に待っていたのは亜美だった。怒っているかもしれないと、急いで亜美に駆け寄り謝ると、亜美は笑顔で
「デートだ」
と言って、笑った。
昼飯にハンバーガーを食べながら、亜美といろいろな事をはじめて話した。好きだけが先行して、がむしゃらに手に入れたものの、実は何も知らなかったことに気づいた。
ドラマが好きな事、お風呂が好きな事、中学生の時は陸上部だったこと。の、割に足が遅いということ。
話は尽きる事が無く、表参道を歩いている時に双子である事を教えてくれた。
まるで国家機密でも打ち明けるように、亜美はスパイのように密やかな笑みを浮かべた。
「え?双子なの?」
「双子なの」
「一卵性?」
「そっくりよん」
僕は急にむくむくと好奇心が湧いた。
「おまえ本当に亜美?」
「ごめん実は今日は恵美」
亜美の切り返しに二人で笑った。
「恵美ちゃん可愛かったら紹介して」
「だからおんなじ顔だってば」
その時は冗談だったけど、心の片隅で一度、会ってみたいと思った。亜美と同じ顔のもう一人の人間。その時は、ただ単に好奇心だった。
どんな人なのか。亜美とはどう違うのか。性格や、喋り方。笑顔は。
亜美との大成功の初デートは楽しくて、いつのまにかそんなことは記憶の片隅に追いやられていた。
二年前、亜美の幽霊が「恵美」だと知るまでは。
亜美の双子の妹の、「恵美」。
何故知っていた?亜美と僕だけが知っていることを。
いや、僕との思い出を、亜美が話しただけなのかもしれない。仲のいい姉妹なら、なんでも話すものかもしれない。
でも、違う。違うと自分の中の何かが叫ぶ。
亜美と「特別な亜美」に感じた違和感。
別人の二人と付き合っているような。
清廉可憐な「亜美」と、天真爛漫な「恵美」。
入学式、見かけたのは亜美だ。
でもあの受験の日。車から出てきたのは。
不思議に思っていた。なぜ車から出てきたのか。
亜美だったなら、車に乗ってそのまま帰るはずなのに。彼女は校舎を眺めていた。僕が帰るまでずっと。
受験生の誰かを待っていたから。亜美が出てくるのを待っていたのだ。
僕が一目惚れしたのは「恵美」だった。
そして、あのもうすぐで修学旅行という秋の日、突然僕の目の前に現れた。
亜美の中に、「恵美」がいた。
だとすれば、すべての辻褄があう。
理由はわからない。でも、そうとしか考えられない。
雨の中、交差点に立ちすくんで泣いていたのは。亜美の幽霊なんかじゃない。
現実の恵美だった。
僕が家に招き入れたのも、亜美の墓に一緒に行ったのも。
すべて恵美だった。
…だけど死んだのは亜美だ。
亜美が死んだ日。
三月十四日のホワイトデー。その日僕は亜美と一緒にいた。
学校が終わり、亜美と渋谷でぶらぶらしていた。亜美の誕生日プレゼントを一緒に買おうとしていた。
交差点をわたっている時に、亜美がふと立ち止まった。
「亜美?」
亜美は何かを凝視していた。なんだろうと思った瞬間、亜美が突然走り出した。僕は慌てて亜美を追いかけた。
亜美は何かを叫んでいた。それで誰かを追っているのだろうかと思った。遅いと言っていたが陸上部だっただけあって、亜美の足は速かった。
車の急ブレーキの音と誰かの叫び声。僕がその方向に駆け寄ると、亜美は倒れていた。
僕は、目の前で起こっている事を理解する事ができなかった。
僕は立ち尽くす。傍らには女が倒れている。それを凝視する。いや、しようとする。それなのに、視線はいつのまにか上へのぼる。遠くに立ち去る背中。傍らに倒れている女に目もくれず、いや、気づきもせず、遠ざかる背中。
当時は一体誰を追っていたのか確かめたかった。
女子高生?それしかわからなかった。後ろ姿が亜美に似てると思っただけで。
けれどそれが誰だったのか、あの日、はっきりわかった。
亜美の葬式に彼女はいなかった。
その頃は亜美の双子の話など忘れていたから、気にも留めていなかった。いや、気にする精神状態ですらなかったのだが。
彼女は知らないだろう。
彼女を追って亜美が死んだ事を。
でも僕は。
悪夢はこの日から始まった。




