特別な亜美
気づくと、亜美の実家の近くにいた。せめて少しだけでも亜美の気配がないだろうかと、少しだけ見に行く事にした。
もしかしたら、幽霊の亜美は実家にも行くかもしれないと。
亜美の家が見える角まで来て、僕は立ち止まった。電柱の裏に隠れて、まるでストーカーだなと苦笑した。
そして、覗き込んだ。
瞬間、
時間が止まった。
ドアの前に亜美がいたのだ。
僕は一瞬息が止まりそうになった。
慌てて亜美に駆け寄ろうと思った。
だけど声に阻まれた。
「恵美!」
「どこに行ってたの!」
中から出てきたのは亜美の母親だった。
そして、亜美のことを恵美と言った。
そのまま二人がドアの中に消えるのを、僕は呆然と見ていた。
今、見たものは一体なんだったのだろうか。
今、聞いたものは、一体なんだったのだろうか。
恵美
恵美?
どこかで聞いたことがある、その名前。
それを思い出した瞬間、点と点が線になるように、すべてがつながった気がした。
彼女は亜美じゃない。
いや、違う。彼女こそが亜美だ。
僕の、「特別な亜美」だ。
「山内!大丈夫か?」
目を開けたら菊池のどアップがそこにあった。
「なんで…」
「おまえぶっ倒れたんだよ。具合悪そうだったもんな?ずっと寝てなかったの?貧血か?めしちゃんと食ってなかったのかよ」
菊池の怒濤の質問攻めはまったく頭に入ってこない。
今見ていた二年前のあの記憶が、甦る。
葬ったはずの、あの記憶が。
「…ここどこですか」
「ああ、医務室医務室。救急車呼ぼうかとおもったんだけどさ、先生が寝てるだけだからとりあえず寝かせとけって」
そういえばウチの会社には常駐医がいたんだっけ…久しぶり睡眠のせいか、起きたばかりの頭の回転が鈍い。起き上がろうとするも、動作が鈍くなる。
「すみませんでした。ご心配をおかけして…」
「大丈夫か?起きれるか?」
菊池が起き上がるのを助けてくれた。
部屋に置いてある時計を見ると、六時半を回ったところだった。
まだ寝たりないのか、頭がくらくらする。三日寝ていなかったのだ。
「菊池さん、ずっとここに?」
「いや、さっきまで仕事してたけど…ちょうどお前の様子みにきたところだったんだ。もうこんな時間だし、今日は帰れ。明日は休みだし。ゆっくり休めよ」
「すみませんでした…もう大丈夫です」
ベッドの上で頭を下げると、菊池がふっと笑って言った。
「まあ、平気ならいいけどさ。無理はすんなよ。このあと仕事しないで帰れ。部長に気がついたら帰らせろって言われたからな」
「はい。お疲れさまでした」
さっと椅子から立ち上がり、菊池が出て行った。
自分も帰ろうと、ベッドを降りて立ち上がる。ベッド脇のポールハンガーに直樹の背広とカバンがかけてあった。菊池が脱がしてくれたのだろうかと思いながら、背広を着た。
部署に戻ると、すでに誰もいなくなっていた。ホワイトボードを見ると、全員外回りで直帰か帰宅と書いてある。そういえば今日は金曜日だったと思い当たる。
直樹のデスクには、恐らく部署の同僚や上司達からストレスに効くらしいチョコレートや栄養ドリンクなど山盛りで置いてあった。それを見て、本当に自分は恵まれているなと、笑みがもれる。
もらったものをすべて引き出しにしまい、会社を出た。




