表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/32

幸せな時間

 駅に着き、亜美の分の切符を買った。

 周りの人に亜美は見えているのだろうかとふと思ったが、交差点でみんなに見られていたのを思い出したので見えているのだろう。

 平日の昼過ぎだったので、電車は空いていた。空いている席に二人で座った。亜美がしゃべれないので、僕も口をつぐんで二人で窓の外を見ていた。

 亜美のお墓のある駅までは、一回乗り換えて、二度目の電車は三十分くらい乗らなければならなかった。

 気づいたら、亜美が僕の肩に頭をあずけて寝息を立てていた。

 それはとても幸せな時間だった。

 亜美を守るためならなんでもしよう。大学も辞めて、働こう。

 亜美と暮らす。亜美を養う。幽霊だから結婚はできないし、きっと子供もできない。それでもいい。なんて幸せなことなんだ。亜美と一緒にいれることは。

 駅につき、亜美を起こした。亜美はぼーっとしたまま、僕の手を昔みたいに自然に握ってきた。それが嬉しくて嬉しくて。


 すべての行動が、亜美だった。


 僕はまた泣きそうになるのを一生懸命こらえた。

 そして、一生この手を引っ張っていこうと心に決めた。

 霊園に向かう途中で、毎年墓参りで花を買う花屋の前を通りかかった。

 僕はいつも、仏花ではなく花束を亜美の墓に供えていた。

「花を買おうか」

 僕が言うと、亜美は僕を見上げた。

「毎年買ってたんだ」

 そう言うと亜美は、知っている、という風に頷いた。どこかから亜美は僕の事を見ていてくれたのだろうかと、また死後について考えながらも花を見渡し、僕はおもむろに亜美を見つめた。亜美はきょとんとして僕を見つめ返した。

「すみません。この花を花束にしてください」

 亜美に一番似合うと思った花は、黄色のガーベラという花だった。

 他に白やピンクの花を足した花束が出来上がり、僕はそれを亜美に渡した。

 亜美は少し嬉しそうに花束を抱えて歩き出した。

 去年もその前も、亜美に似合う花を適当に選んで買ったのだが、おそらく同じ花だったと思う。

 亜美の家の墓は、見晴らしのいい高台にある。おそらく亜美の家族や友人達は午前中に墓参りをしているだろうから、亜美が見つかる心配はしていなかった。

 亜美の墓に着くと、すでに真新しい仏花が供えてあり、掃除がきれいに行き届いていた。

 亜美はとても静かな顔をして、新井家の墓を見ていた。

 僕は線香に火をつけて手を合わせた。ふと亜美を見ると、亜美は静かに泣いていた。

 じっとお墓を見つめながら、涙だけが頬を伝っていた。僕はその涙に亜美の心情を思った。悔しいのか、悲しいのか、それとも…?

 唐突に亜美は花束を差し出し、目を閉じて手を合わせた。

 彼女は何を語りかけているのだろうか。誰に?自分に?

 僕の思考がぐるぐるとまわって一回転した頃、亜美が合わせていた手を顔に押し付け泣きはじめた。

 声のない悲痛な泣き声が聞こえた気がした。その場に泣き崩れた亜美を救い上げたくて、抱きしめた。でも亜美は、僕から離れようと腕を伸ばした。

 亜美の腕に抱きしめる事を阻まれた僕は、亜美を呼ぶ事しかできなかった。

「亜美」

 亜美はぶんぶんと首を横に振った。まるで名前を呼ばれたくないかのように。

 亜美に起きた事を理解したくて僕はもがいていた。でも今、泣き崩れる亜美を見ても何もできない自分に怒りを覚えた。僕にできることは何もなかった。抱きしめる事以外は。

 嫌がる亜美を思いっきり抱きしめた。有無を言わさず。亜美がどんなに暴れても、泣き叫んでも。僕は抱きしめ続けた。

「大丈夫だ。大丈夫」

 何が大丈夫なのか自分でもわからなかった。でも、僕は言い続けた。自分に対して言っていたのかもしれない。

 どれくらいの時間が経ったかわからないぐらい、僕は亜美を抱きしめ続けた。亜美はだんだんと落ち着いて、僕の胸に顔をあずけていた。

 亜美の呼吸を感じながら、僕の気持ちも落ち着いていた。そして、これからの事を考えていた。

「おなか空かない?」

 僕の唐突な一言に、亜美は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。

 僕がニッと笑うと、亜美は苦笑した。

 そして二人で、手をつないで来た道を戻った。                                                                                                                                                                                                                            

 

 人生で幸せを感じる瞬間があるならば、間違いなくこのときの僕は幸せを感じていた。

 愛する人と一緒にいられることがどれだけ幸せなことか。

 一度失ったからこそ、それがどれだけ幸せな事か身にしみて分かった。

 

 僕たちはまた渋谷に戻った。

 亜美は僕と渋谷の街を交互に見ながら、何かを懐かしんでいるような顔をしていた。

 僕たちは高校のときよく行っていたハンバーガーショップに入った。

 亜美はメニューを指差して、食べたいものを選んだ。それはあまりにも自然な動きで、周りは彼女がしゃべれないとは夢にも思わないだろう。

 二階の禁煙席に座ると、周りは学生だらけだった。

「なんか懐かしいな」

 僕が言うと、亜美は周りを見回して、コクンと頷いた。

 亜美が目の前でチーズバーガーに食いついているのを見て、高校生の頃を思い出した。

 放課後、二人でよくここで喋っていた。

「覚えてる?」

 亜美は、ぱっとこちらを見て、笑って頷いた。

 そしてそれから、僕の顔をじっと見ていた。何考えてるの?と聞いても、ニコニコと笑ってこちらを見つめていた。僕はあまりにもじっと見られているもんだから、急に恥ずかしくなって、バクバクとバーガーを食べた。

 店を出てからも、亜美は僕を見つめていた。手をつなぎながら駅へ向かう道中ずっと。

 僕はすっかり照れてしまい、ほとんど亜美の方が見れなくなっていた。それでも亜美の

視線は感じ続けていた。

「あの…見すぎなんですけど。どうしたんすか」

 絶えかねて僕が言うと、今度は亜美は僕のほっぺたをつねってきた。

「なに!なになに?」

 僕が思わず後ずさっても、亜美は止めなかった。電車に乗っても、つないだ手を離さず、僕の手をつねったりさすったりしていた。

 そして駅から家までの道のりもずっとそんな感じで僕にくっつき続けた。手をつないだり、腕にしがみついたり。つないだ手をぶんぶん振り回したり。

 もう、なんなんだこの可愛い生き物は。

 家に着いた頃にはもう九時を過ぎていた。

 亜美の服は乾いていた。テレビをつけ、亜美にコーヒーを入れてあげていると、亜美がソファーに座りながらまたコクリコクリとうたた寝をしていた。しかしよく寝る幽霊だ。

 僕は亜美をうながして僕のベッドに寝かせた。亜美はされるがままに僕のベッドに横になったけど、ふとんをかけようとすると思いっきり腕を引っ張って僕をベッドに引きずり込んだ。

 思っても見なかった行動に、僕の心拍数は上がりまくったのだが、そうとも知らず亜美は僕の胸に顔をうずめて寝息を立て始めた。

 なんてこった

 好きな女が自分のベッドで、腕の中で寝ているというのに身動きもとれないなんて。

 少し落ち着いた僕は気を取り直して本格的に亜美と寝てしまうことにした。

 あまり動かないように、サイドテーブルに置いてあったテレビと照明のリモコンをオフにして、眠る亜美を起こさないように抱きしめた。

 久しぶりの感触に、泣きそうになった。

 すやすやと眠る亜美を暗闇の中に感じて、これがこれからずっと続く事を願った。そして亜美の温もりを感じて、続くのだと実感すると、嬉しくてたまらなかった。

 もう二度と離さないと誓って、眠った。


 心地よい感触で、意識が戻った。

 なんだろうと思って寝ぼけながら目をあけると、そこには亜美がいて、僕にキスをしていた。

 亜美は僕を見下ろしていた。そして、もう一度キスをした。

 周りはまだ暗く、まだ朝にはなっていなかった。

 僕は寝ぼけたまま、亜美にキスをかえした。それに答えるように、亜美は更に深く僕にキスをした。


「ごめんね、直樹」


「ごめんね」


 遠のく意識の中で、亜美の声を聞いた気がした。でも眠すぎて、僕は確かめる事ができなかった。彼女の声を。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ