キス
幽霊の亜美は、とても幽霊には見えないくらい温かかったし、透けてもいなかった。
時折、悲しそうな顔は見せるものの、僕を見ると微笑んでくれた。
亜美が声を出せないのも、幽霊ってのは喋れないもんなんだなとなぜか納得していた。
お互い少し落ち着いてから、ソファーに座って亜美は紅茶を、僕はコーヒーを飲んだ。
僕は亜美にぴったりとくっつき、亜美の顔を眺めていた。亜美は時々こっちをちらっと見て、見るなよというように僕の肩をひじで押した。
僕はそんな亜美をニコニコしながら眺めていた。
髪が伸びていた。相変わらず真っ白な肌で、口元に小さなホクロがあった。こんなところにホクロがあったっけ?幽霊も年をちゃんととるんだなあと、僕はアホなことを考えていた。
少しだけ顔つきが違う気がするのも、きっと年を重ねたからなのだ。なんせ、会うのは四年ぶりなのだ。
そんなことを考えていたら、亜美の顔がどんどん曇っていった。
「どうしたの?」
僕が慌てる頃には、亜美は顔をくしゃくしゃにして声も出さずに泣いていた。
マグカップにぽたぽたと涙を流す亜美を見て、僕はおろおろするばかりだった。
「どこか痛い?寒い?風邪ひいた?あれ?幽霊って風邪ひくのか?」
動揺してアホ発言をする僕を見て、亜美は笑った。泣きながら笑っていた。
僕は亜美の笑顔を見たらどうにもこうにも愛しくなってしまい、亜美の涙を頬を包むように手で拭いて、そのままキスをしようとした。
それに気づいた亜美が、咄嗟に後ろに身を引いて逃げようとしたけれど、僕が頬を手で覆っていたので、ほっぺと唇が突き出してしまう顔になってしまった。
思わず吹き出すと、亜美がムッとしたような顔で僕を睨んだ。でも僕の手に押しつぶされてプニプニのほっぺに潰れた顔は子供のように愛らしかった。
キスを避けられそうになったことに少し傷ついたけど、そんなもんどうでも良くなった。
「もう絶対離さない」
僕は無理矢理亜美の顔を僕に近づけ、唇を奪った。
それはまるで、初めての口づけのようだった。
何度も何度も亜美とキスをしたはずなのに。
歓喜のあまりアドレナリンが分泌しすぎたのか、全身がビリビリするような、甘いキスだった。
亜美の頬に触れて、体温を感じた。亜美の髪を梳いて、香りを感じた。亜美を抱きしめて、心臓の音を感じた。
夢なら覚めないでくれと、何度も願った。
キスをした後、亜美がお墓に行きたいといった。もちろん声は出ないので口パクでだが。
僕は自分の眠るお墓に行きたいものなのだろうかと不思議に思ったが、元々今日は交差点に行ってから墓参りに行く予定だったので、快諾した。
外に出ると雨は上がっていたが、今にも降り出しそうな不安定な雲空だった。僕は迷わず亜美の手をとり駅に向かって歩き出した。
僕は、色んな事を聞きたかった。
今までどこにいたのか?死後の世界はあるのか?
でも、聞いてしまったら何かの拍子に亜美が消えてしまうんじゃないかと思って聞けなかった。その代わりに、亜美の手をぎゅっと握りしめていた。
なおき。いたい。
亜美が僕の手をきゅっと引いたので、亜美を見ると、言った。名前を呼ばれたんだと実感するまでに、時間がかかった。
なおき
もう一度亜美の口が動く。僕はぎゅっと握っていた手を、優しく持ち替えた。亜美が優しく微笑んだ。亜美の手はとても温かかった。
幽霊なのに。
幽霊でも幻覚でも、僕の頭がおかしくなったんだとしても構わない。このまま亜美と一生一緒にいたいと思った。
亜美の隣にいたい。




