旧友との再会
広く明るいオフィスに電話が鳴り響く。女子社員がすぐに受話器を取った。
「山内さん、3番にお電話です」
「はい」
パソコンの手を止め、直樹はデスクの電話をとった。
「お電話変わりました。山内です」
「直樹?オレオレ」
高校時代の友人の立川大輔からだった。
「大輔?お前、オレオレ詐欺かよ。ってあーお世話になっております。先日の件ですね。…会社にかけてくんなよ」
久しぶりの旧友の声に、懐かしさがこみ上げる。しかしオレオレ詐欺の声に反応した同僚の視線に気づき、すぐに声を潜めた。
「だって携帯かかんねーんだもん。お前電源切れてない?」
「え、嘘」
言われてバッグの中から携帯を出すと電源が切れていた。そういえば最近会社用携帯しか充電した覚えがない。
「来月じゃん?行くだろ?」
来月という言葉に、今朝の夢が頭をかすめた。
「あー…」
「今日彩花と会うんだけどさ、お前も来ない?」
彩花と聞いて、思わず笑みがこぼれた。この親友は、高校時代の彼女とまだ続いている。
「いや、でも邪魔しちゃ悪いじゃん」
「ばっか、来いよ。七時ってあがれる?」
「あー。大丈夫だと思う」
「じゃあ七時に新宿、南口な」
威勢良く電話は切れた。相変わらず、有無を言わせない強引さだ。直樹はまた笑みをこぼした。
途中にしていた取引先へのメールを再開させる。ブラインドタッチでパソコンの画面に字を刻む。
もうすぐあの日が来る。
自分でも忘れることはできないが、他人も忘れさせてはくれない。
「山内さんこれどうぞ。お土産です」
先程電話を取り次いでくれた女子社員が地方の有名なお菓子を直樹のデスクに置いた。
「ありがとうございます」
直樹の笑顔を見て、赤くなりながら笑顔で自分のデスクに戻った。直樹は女子社員の後ろ姿をぼんやり見送った。
自分が女性から見たらどう思われる容姿をしているのか、すでに充分理解している。
容姿で判断する女にはいい加減うんざりだった。
「山内、もうすぐ打ち合わせ始まるぞ」
三年先輩の菊池に肩を叩かれ、我に返った。
「はい。大丈夫です」
その一言でメールの送信ボタンを押した。仕事に集中する事でこれ以上あの夢を思い出さずに済むと思うと少しほっとする。会議室に向かうため、ノートパソコンを持って席を立った。
「直樹!」
七時五分前の新宿駅南口のひどい人ごみに紛れて、立川大輔が手をふっている。相変わらずの屈託のない笑みになんだかほっとする。
「イノッチは?」
大輔の彼女である井上彩花の姿はない。
「ああ、店で待ち合わせてるから。行こうぜ」
大輔に促されて歩き出す。
「久しぶりじゃん。元気だった?」
人ごみを掻き分けながら大輔が直樹を見ながら言う。
「うん。お前、まだイノッチとつきあってんだなー」
「まあねーもうくされ縁だよ。くされ縁」
大輔が笑いながらビルの大型ビジョンで流れている音楽ランキングの映像に目をやる。そんな大輔を見ていると高校時代を思い出す。注意力が散漫で、いつもキョロキョロしていた。
高校卒業からもう五年が経つ。大輔と会うのは一年振りだった。
直樹同様もうすぐ社会人二年目となる大輔だが、すでにスーツ姿も板についてきている。しかしそんな格好も年月も感じさせないほど、大輔の醸し出す空気は変わらない。
「あいつもう来てんのかな」
大輔が腕時計を見ながら時間を確認する。
東南口の大階段を降り、小道に入ってすぐの居酒屋に入る。個室に案内され、入ると井上彩花が笑顔で迎えてくれた。
「山内!元気だった?」
高校の時と変わらない笑顔だった。
「変わんないな~。イノッチ」
「え?変わったじゃん!普通キレイになったとか言うでしょ?ねえ大輔?」
直樹の一言に納得のいかない彩花が隣に座った大輔につめよる。
「ほんとだ!一週間ぶりに見たけどキレイになってる!痩せた?」
「デリカシーを養え」
しかめっ面をした彩花が、大輔の肩にグーパンチをした。
二人のやりとりに笑ってしまう。
「ほんと二人とも変わんないわ」
「直樹笑いすぎ」
大輔が笑い続ける直樹をあきれて見る。
店員がオーダーをとりに来たので全員ビールを頼んだ。
お通しの枝豆を食べながら、現在の仕事や近況についてお互い話す。一通り終わった頃、ビールが来たので乾杯をした。
「それで?結婚でもすんの?」
突然の直樹の一言に、大輔がビールを吹き出した。それを見て彩花が汚いなぁと言いながらおしぼりで大輔の顔を拭き、そのままテーブル拭いた。
「ほら。いいなよ」
彩花のその一言に、冗談で言った直樹も思わず驚く。
「マジ?」
「…うん」
大輔が直樹と彩花を交互に見ながら頷く。
酔いが一気にまわってきたかのように、直樹の全身の温度が上がる。
「すげえ!マジで!おめでとう」
自分のことのように喜びが溢れた。彩花が恥ずかしそうに笑った。
「一応今日はその報告しようと思ってさ。直樹も呼んだわけ。お前勘よすぎ」
大輔が残りのビールを飲みながらすねたように話す。
「いつ?結婚式は?」
「やっぱ会社とかあるしさ。披露宴とかちゃんとしようと思って。一応十月」
彩花が照れながら話す。
「へえー。そうなんだ。そっか」
幸せそうな二人を見て、なんだかうれしくて寂しい気分だった。
「直樹は?最近どうなのよ」
恥ずかしくてこの話題を変えたいのか、大輔が直樹に話をふってきた。
「おれ?別になんもないよ」
メニューを見ながら直樹が答える。その一言に、彩花と大輔が目を合わせる。
「腹減ったからなんか頼まない?」
直樹の一言に、彩花もあわてて、そうね、と言って店員を呼んだ。
食べ物を頼んで店員が去ってすぐ、大輔が直樹に聞いた。
「大学の時つきあってたあの子は?名前なんだっけ?カナちゃんだっけ?」
「ああ、別れたよ」
「そっか…」
大輔がまた彩花と目を合わせ、再び直樹の顔を見て言った。
「お前。大丈夫だよな」
「何が?」
大輔の真剣な顔に、思わず平静を装う。笑みさえ浮かべて。悪い癖だ。
急激に酒が体中を侵食してきている感覚が襲う。
「新井の七回忌」
今でも亜美の夢を見る。でも悪夢に近い夢だ。
高校のときにつきあっていた、彼女。初めてできた彼女。初めて本気で好きになった人だった。
だけど彼女は死んだ。
今でもそれを夢に見る。鮮明に。亜美の命日が近づくほど日増しに色濃く。
亜美が僕を責めている。