先輩
「おい、山内。お前金曜いつのまに帰ったんだよ。」
月曜の朝、出社してきた菊池が直樹の前で仁王立ちして言った。
「菊池さん覚えてないんですか?あ、どうでした?ミヨちゃん」
ミヨちゃんと聞いた途端、菊池が苦虫をつぶしたような顔をした。
「何したんすか…」
「いや、覚えてねーんだよなあ。さっき挨拶したら超微妙な顔されたし」
直樹の隣の席に座りながら、菊池が頭を抱える。
「俺思うに、菊池さんが合コンでうまくいかないのは、飲み過ぎるからだと思いますよ」
直樹が言うと、菊池は度肝を抜かれたように驚愕の表情をした。
「俺、もう飲むのやめるわ」
菊池がそう言うのを聞いて直樹は笑った。
その日の昼、社員食堂でたまたま会った服部に聞くと、直樹が帰って暴露大会が終わった後、武田と菊池で飲み比べを始めたらしかった。最初は女の子を巻き込む予定だったのに、なぜか二人で白熱してしまったらしい。
「菊池が潰れたところで女の子ドン引きして帰ってったわ」
カツ丼を食べながら、服部が苦笑いをした。
「ま、お前がいなくなったから女の子が帰ったともいえるけど」
服部が人の悪い笑顔を浮かべながら山内を見た。
「ははっ。冗談だよ。そんな顔すんな。菊池が無理矢理誘ったんだろ?その顔じゃあ苦労するよな」
一変、人の良い笑顔に戻った。
「いっつもああなんですか?菊池さんの合コン」
「いっつもああだよ」
「菊池さんさっき、もう飲むのやめるって言ってましたよ」
直樹が言うと、服部が笑った。
「無理無理。酒があいつのストレス解消法だから」
「服部さんもずっとあの合コンに付き合ってるんですか?」
「あいつのバカ見て笑うのが俺のストレス解消法なんだよねー。まあ、一応体悪くするほど飲ませないようにはしてるけどね」
笑って言う服部を見て、直樹はこの男が好きになった。直樹が菊池を好きなように、服部も菊池が好きなのだと思った。
「服部さん彼女いないんすか?」
聞きづらい事だが、服部なら許してくれると思って思いきって聞いてみた。服部はカツを口に含みながら、ん〜と渋い顔をして、首を横に振った。
「お前は勿論いるんだろ?」
「いや…」
「うっそ。だから早く帰ったのかと思った。いないの?なんで?」
直樹の複雑そうな顔を見て、服部は気を取り直してまたカツ丼を食べ始めた.
「まあ別にいなくても何の問題もないよな。今探してないなら会社ではいるって言っとけよ」
服部が食堂の長テーブルの端の方で喋っている女子社員達をちらりと見た。直樹が顔をむけると、こっち見たー、などという声が聞こえた。
「はい」
直樹が言うと、服部はカツ丼から直樹の顔へ視線をうつし直樹と目を合わせた。そして、苦笑した。
「また飲みにいこうよ。今度は女抜きで」
「はい、是非」
信頼してますという意思表示が服部に伝わったのが嬉しくて、直樹は思わず顔をほころばせた。




