親友
大輔から突然電話がかかってきたのは、土曜日の昼過ぎだった。
「今日ちょっと飯食いに行かね?」
「お前はまた急だな」
「どうせ寝てたんでしょ?ちょっと出てきてよ」
実際、悪夢の浅い睡眠のせいで、朝からうたた寝を繰り返していた。図星をつかれて悔しいものの、どうせ一人だとコーヒーを飲んで終わりだと思い付き合う事にした。
大輔と待ち合わせをした吉祥寺駅前で待っていると、大輔がこっちに来るのが見えた。直樹に気づくと、ニヤニヤしながら近づいてくる。
「お前、ニヤニヤ歩いてんなよ」
「いや、イケメンだなと思って」
社会人一年目だけあって、二人とも私服だとまだ大学生のように見える。この前のスーツ姿の見る影もなかった。伊達メガネをかけた大輔が直樹に尋ねる。
「何食う?何食いたい?」
「ラーメン」
直樹が言うと、大輔がよしきたと、行きつけのラーメン屋に連れて行ってくれた。
ラーメン屋でビールとつまみのメンマを頼み、ラーメンを待っている間に乾杯した。
「あ〜、結婚だよ。直樹。俺、結婚するらしいよ。知ってた?」
ビールを飲んでため息をついたかと思うと、大輔が怒濤に喋り始めた。
「なんだよお前。マリッジブルーかよ」
メンマをつまみながら直樹が苦笑する。
「いや、早くね?早くね?俺まだ二十三よ?いいのかな?ねえいいのかな?」
「お前がプロポーズしたんだろ?何年付き合ってた?」
「えーと。十七からだから、かれこれ6年くらい?」
「長っ!」
「半年くらい別れてたけどね」
「お待たせしました〜」
ラーメンが来た瞬間、二人とも無言で食いついた。
「うまっ」
「だろお〜?」
二人とも替え玉を注文し、ビールをごくごくと流し込んだ。すかさず大輔が二杯目を頼む。
「イノッチと別れたあと、別の子と付き合ってなかったっけ?」
「付き合った。大学の後輩の子な」
「だめだったん?」
「ん〜。なんかな。これじゃない感?」
それを聞いて直樹が笑った。
「イノッチはこれだ感だったん?」
「…う〜ん」
悩みながらもうんうんと頷く大輔を見て、直樹は微笑んだ。
「なんだよ。結局のろけかよ」
「…そーだ。この前も聞いたけど、なんで別れちゃったん?カナちゃん」
一瞬ぎくりとしたが、能天気な大輔の顔を見たらどうでもよくなった。
「あの子かわいいよな〜。いい子そうだったし」
酔っぱらった、夢見るような顔のマリッジブルー男に呆れながら、直樹はつまみのメンマを食べ尽くした。
「そういやお前会った事あったっけ」
「ほら。駅でたまたま会った時な」
香奈の家の最寄りの駅で二人でいるときに、偶然大輔が居合わせたことがあった。
大輔と目が合った瞬間、まずいと思った。大輔に失望されるのではないかと、怖かった。
でも大輔は、直樹の隣に香奈を認めた瞬間、笑顔になった。
そんな大輔の顔を見て、直樹は少しだけほっとしていた。亜美を忘れるのかと責められなかったから。
そして気づいた。大輔が直樹の事をずっと心配していたことを。亜美の事が吹っ切れたのだと、喜んでくれたことを。
大輔だけは、直樹の味方で居続けてくれていた。何があっても。
そのとき、こいつだけはずっと友達でいようと思ったのだ。
「お似合いだと思ったけどなあ」
相変わらず未練がましく大輔が話を続ける。
「そんなに理由知りたい?」
「うん」
子犬のように直樹の返事を待つ大輔を見て、直樹は思い出した。
あのとき、大輔の笑顔を見たとき。大輔の気持ちが嬉しかったと同時に、直樹は亜美に対して罪悪感を感じずにいられなかったことを。
あの頃、香奈との未来を描けそうになった瞬間があった。でも、そうはならない予感も確かにあった。
そして実際、香奈との未来は崩れ去った。
きっともう二度と、あんな感情に陥る事はないだろう。そんな資格すらない。
亜美のことを忘れる事は、もう二度とない。
そしてあのとき、直樹を受け止めてくれた大輔なら、そんな自分も受け止めてくれるだろう。
彼女を忘れない自分を。
「お前と一緒。これじゃない感」
直樹の一言に、大輔は驚いたように直樹を見つめ、そして頷いた。
「…よくわかったわ」
「わかったんかよ」
「うん。カナちゃんにはもっといい人がいるよ」
「そっち慰めんのかよ」
「可愛いから大丈夫だ。なんなら俺が…」
「おい」
そのままふざけた話をしながら、お互い二杯目のビールを飲み干して、ラーメン屋を出た。
大輔がしつこくカラオケに誘ってきたので、男二人でカラオケに行き、またしこたま飲んだ。
突然、「お前を一生大事にする」的な歌詞の結婚ソングを歌いだした大輔に大爆笑しながら、直樹はマリッジブルー男に感謝していた。
悪夢を見始めてから、こんな能天気な休日は久しぶりだった。




