ファーストキス
「何飲む?何飲むー?」
合コンで菊池が張り切って女の子に聞き回っている。
「ビールの人—!手え挙げてー」
はーい。と、男子全員。女子二人が手を挙げた。四対四の合コンで、男は菊池、菊池の同期の他部署の男性社員二人と直樹だった。
「ミヨちゃんたち何飲む?」
ミヨちゃんと呼ばれた女性と隣の女性はドリンクメニューを見て、これーと指差した。菊池は承知。と、甘いサワーと生ビールを注文を取りにきた店員に頼んだ。
「はいはーい、皆様。ではご紹介させていただきます。わたし広告営業部の菊池と、我が社きってのイケメンルーキーで後輩の山内君です。こちらは同期の第一営業部の武田くんと広報部の服部くんです」
流れるような菊池の紹介演説に、直樹は思わず呆気にとられた。
「総務の吉田です」
ミヨちゃんの紹介を皮切りに、江上です。鈴木です。田辺です。と続いた。
「え〜?名前教えて!名前〜!」
営業部の武田さんもどうやら菊池と同じタイプの人間らしい。と、直樹は思った。
店員がお酒を持ってきた途端、菊池がお酒を配るどさくさに紛れてちゃっかり女の子の隣に座った。その動きと同時に武田も席を移動した。見事なコンビネーションに直樹が感心していると、直樹の隣にいた服部が苦笑した。
「すごいだろ?あの二人」
「いや、慣れてるなあと思って。あ、山内です。宜しくお願いします」
「知ってる知ってる。広報部の服部です」
服部の顔は見た事があったが、喋ったのは初めてだった。
「菊池さんと同期なんですよね?」
「うん。だから毎回付き合わされる。あいつら合コンしかしてないからな。その割には彼女できないけど」
服部の一言に思わず吹き出した。
「おいー!お前ら、何野郎同士で話してんだよ!はーい、そこはなれなさーい。じゃあ間にミナちゃん入ってー」
いつのまにか女子全員の名前を把握したらしい菊池に、服部との仲を裂かれてしまった。
正直、合コン相手よりも会社の先輩ともうちょっと話しがしたかったのだが。
「どうも、山内さんですよね。田辺です」
菊池に言われて直樹の隣の席に来た女の子に、おざなりに挨拶をした。
そのまま、曖昧な返事を繰り返しながらのらりくらりと直樹が過ごしているうちに、コースの料理を食べ終わっていた。周りは酔いが回ってきたらしく、恋バナに花を咲かせ始める。
「え〜、じゃあ〜。菊池さん今まで何人くらいとつきあったの?」
「それを言ったらミヨちゃんのも教えてもらわないと」
「え〜、やだあ〜」
やだと言いながらも上機嫌に話し始めた彼女のせいで、なぜか暴露大会となってしまった。
「じゃあ〜、一番ロマンチックなファーストキスした人が勝ちね〜」
何が勝ちなのかさっぱり分からなかったので、直樹はトイレに行くふりをして帰ろうと思った。このまま行くと話の内容が更にヒートアップすることが容易に想像できる。
これが社会人の合コンか。大学生の合コンと変わらないじゃないか。それとも菊池の合コンが特別なのか?
「おい〜!山内どこ行くんだ〜」
部屋の出口まで来たところで、目の据わった菊池につかまってしまった。
「トイレっす。トイレ」
「なんで荷物持ってんだ〜」
酔っぱらっている割にしっかり見ているようだ。
「よ〜し、じゃあお前のファーストキスを話したら行ってよーし」
「いや。いやいやいや」
直樹は思わず手まで使って拒否していた。
「聞きたーい!山内君のファーストキス聞きたーい」
もう一人の酔っぱらいのミヨちゃんまで参加してきた。これは適当にあしらうに限る。
「あれです。学校帰りの公園です。じゃ!」
「きゃー!公園だってー!かわいい〜」
後ろに歓声を聞きながら、足早に部屋を離れた。
服部とアイコンタクトをとり会釈しながらテーブルに一万円札を置いてきたので後で金の事で文句を言われる事もないだろう。
外に出ると、冷気が襲った。体をぶるっと震わせながら、駅に向かって歩き出した。
ファーストキスは、公園なんかじゃなかった。
修学旅行三日目。長崎二日目の夜、僕らが泊まっていたのは船だった。
以前は連絡船として使われていた船を改装した海上ホテルで、今思うと高校生には贅沢なホテルだったように思う。長崎の港に停泊していて、デッキからは長崎の夜景が眺められた。
夕食後には、ホテル内探検をしていた高校生の群れが大挙してデッキで騒いでいたらしいが、夜深くなる頃には皆部屋に戻ってしゃべったりゲームに興じていた。
僕は修学旅行一日目の熊本で亜美に告白をして見事了解をもらい、付き合って三日目の最高に幸せな男子高校生だった。
亜美を呼び出したのはそんな時だ。
亜美たち女子の部屋は二階、男子の部屋は三階だった。彼女が待ち合わせを三階のエレベーター前にしようとメールしてきたので、僕はそわそわしながらエレベーター前で待っていた。
エレベーターのドアが開くと、彼女が一人で乗っていた。思わず笑顔で顔を見合わせた。
どこにいこうかと言おうとした瞬間、彼女にエレベーター脇にある非常階段の入り口に引っ張られた。
「おいおい、どこいくの?」
「秘密」
「上になんかあるの?」
「さっきみんなで行ったの。上がデッキになってるの知ってた?」
「知らない」
非常階段を上って、目の前にあるドアを開いた瞬間、長崎の夜景が広がった。
「きれいでしょ?」
笑顔の彼女に引っ張られて船頭へ行く。思わず声がもれた。
「きれー」
僕が感動しているあいだ、彼女はニコニコしていた。
「あー、修学旅行終わりだねー。やだなー」
「楽しかったよなー」
「うん」
そして僕は、朝からずっと考えていたことを提案することにした。
「あさってひま?」
「は?あさっても学校…」
「あさって振替休日じゃん」
「あっと、そうでした。」
彼女は急におろおろして、慌てて肯定した。
「ひまひま」
じゃあ
「じゃあどっか行かない?」
一瞬きょとんとしたが、彼女はすぐに頷いた。
「うん」
「じゃあ渋谷集合ね」
「…うん」
なんだか恥ずかしくなって顔を背けた。デートに誘ってしまった。ってゆうか初デートだよな。
その瞬間、空に星のような光が見えた。
「あっ、飛行機」
僕が言うと、彼女が身を乗り出して見ようとした。僕の肩に彼女の肩があたって、髪の匂いがした。急に彼女を意識した。そして、行動に出てしまった。
「どこどこ?」
懸命に探す彼女の顔をこっちに向けて、キスをした。
それが、ファーストキスだった。




