表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

君のいない未来

 香奈と初めて会ったのはいつだったのか、ひどい話だが正直よく覚えていない。

 亜美を亡くしたショックを引きずったまま、どうにかこうにか大学に入った僕には、友達を作る気力なんてなかった。たぶんなんとなく話すようになったゼミ友達のつるんでいた仲間の中にいたんだろうと思う。気づいたら、香奈はいた。

 大学一年の夏休み、相変わらず腐っていた僕は、無理矢理その仲間達のキャンプに連れて行かれた。たぶん人数合わせだったのだろう。

 みんながバーベキューの準備でわいわいしているときも、僕はぼーっと川を眺めていた。すると気づいたら隣に香奈がいた。

「肉焼けたよ」

 香奈が差し出す紙皿の中に、串焼きにされた肉と野菜が盛られていた。

「ありがとう」

 僕が受け取ると、香奈もよっこらしょと、隣に座った。

「何見てたの?」

「いや、特に何も」

「ふーん」

 不思議そうに香奈は僕の隣でもしゃもしゃ食べ始めた。正直、なんでここで食べるんだろうと思ったが、言うのも面倒だったのでほっておいた。

 そんな感じで、香奈は僕の隣にいるようになった。

 学食でも、講義でも、香奈は僕の隣にいた。いつの間にか、周りから付き合っているんだと思われるようになった。いつの間にか、香奈の家に行くようになった。いつの間にか、香奈を抱いていた。

 亜美と初めてそうなったときのような、感動も愛しさも、香奈にはまったく湧いてこなかった。

 ただの、行為でしかなかった。

 どれだけ亜美を想っても、亜美は戻ってこないことは分かっていた。

 香奈を抱くとき、これが亜美だったらと何度も思った。

 亜美との思い出を引き出しにしまっていく作業をする中、香奈の引き出しは作らないようにしていた。

 香奈と過ごす年月が増えて、香奈との思い出が亜美との思い出を上回るのが怖かった。

 クリスマスやバレンタイン、誕生日。一般の彼氏と比べて最低ランクの僕は、何一つプレゼントらしいものを香奈に送った事がない。

 香奈は僕のために毎回送ってくれたにも関わらず。そしてそれに文句ひとつ言わなかった。

 大学三年のクリスマスに、通りかかったデパートで手袋を買った事がある。それが、香奈に送った唯一のプレゼントだった。なにかの拍子に、香奈が手袋欲しいと言っていたのを思い出したのだ。

 香奈に渡した時、心底驚いた顔をして、香奈は今までみた事もないほど嬉しそうな笑顔で言った。

「ありがとう。大事にするね」

 その笑顔をみたとき、僕はなんともいえない気分に襲われた。

 うれしいような、辛いような。苛立つような、むず痒いような。

 一瞬だけど、このままこうしてずっと香奈と一緒にいるのかもしれないと思った。

 一瞬だけど。

 翌年のバレンタインデーに香奈は手作りのチョコレートをくれた。だけど僕がその年のホワイトデーにお返しを返す事はなかった。

 

 亜美が、ただ一度くれたチョコも手作りだった。


 そして、ホワイトデーのお返しも、返す事はできなかった。

 


 一瞬だけ視線を捕らえられていると思っていた広告から目を離すと、すでに次の駅が香奈の家の最寄り駅だった。

 改札を出て、香奈の家に向かって歩き始める。家路に着く人たちが、同じ方向へ向かって何人も歩いていた。

 前に歩くサラリーマンを見て、直樹は家族が待っている家に帰る人の気持ちはどんなんだろうと考えていた。

 自分にはもう、手に入れることがないだろうから。

 妻や、子供が待つ家を。

 亜美といた頃は、何度も想像した。何度も二人で話していた。将来住む家や、犬や、未来を。

 海が見える家。広い庭に秘密の花園を作ると彼女は言った。どんな金持ちだよと僕が言ったら、がんばって稼いでねと当たり前のように僕のいる未来を示した彼女。

 そんな、眩しすぎる未来。


 目眩を感じながら、香奈の家のインターホンを押した。このドアから出てくるのは、絶対に彼女ではないと知りつつも、それを望む自分がいた。

「早かったね」

 笑顔で出てきた香奈に苛立ちを感じるのを押し殺した。自分勝手な感情すぎる。

「どうする?寄って行く?」

 香奈の誘いに首を振った。本当はそのつもりだったが、まるでそんな気がなくなってしまった。

 あまりにも突然、悲しみに襲われすぎた。

「明日早いから」

 香奈は少し落胆した顔をしながら、慌てて部屋の中へ消え、マフラーとチョコらしきものを持って戻ってきた。

「このまえ、起きたらいないんだもん。渡すの忘れたから」

「…香奈」

「義理だから!じゃあ気をつけてね」

 追い出されるように無理矢理渡されてドアが閉まった。

 さっきの会社での出来事が頭をかすめる。

 もう会わないほうがいい。と思う。

 香奈に義理のつもりは無いことはわかりきっている。綺麗に包装されたチョコの中身はおそらく手作りだろう。この楽な関係が崩れる日が近い事に気づき始めていた。それならば自分で断ち切るまでだ。                 

 受け取ったばかりのマフラーを首に巻く。暖かい部屋に置いてあったであろうぬくもりを感じた。


 一体どこまでひどい男になるんだろう。

 香奈に対して。…亜美に対しても。

 

 一体どれだけ、悲しみは押し寄せ続けるのだろう。誰かは時間が解決してくれると言った。しかし、直樹は時間に解決してほしくはないのだ。

 終わりがない波の様に、悲しみは押し寄せ続けるがいい。

 

 死ぬまで、この悲しみの中にいればいい。自分など。

 

 悲しみを終わらせないでくれ。亜美。

 

 

 この悲しみで、俺を殺してくれ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ