だから、そう言う事だよ
近くにはお笑いや演劇の小劇場。商店街の路地を一つ曲がると見渡せる飲み屋街。活気がある風情からは外れた場所にその店はある。
『カランコロン』
店の扉が開き、一人の客が店に入って来てカウンター席に座った。同じカウンター席に座る高志とさくら。高志の視線からは対面である事から違和感に気づき、さくらに顔で『観てみろよ』と合図するように顔を横に振ってその客の方を指した。さくらは、その客を見てから直ぐに向き直り、高志に驚きの表情を見せた。二人は、俯き加減で視線だけはその客に焦点を合わせていた。
その客は、席につくなりビールを二つ注文すると、矢継ぎ早に喋っている。時折、視線が気になるのか、高志とさくらの方をチラッと見ては鬱陶しいそうな表情をしながらも再び喋っている。
いつの間にか顔を上げていた高志とさくら。その客の事を物珍しそうな顔で凝視するものだから、堪りかねたその客は高志とさくらに対し怒りを露わに怒鳴る。
『何だよ、さっきから私の方を見て』
すると、高志とさくらは顔を見合わせ『あっ、いやっ』と予想外の怒り露わな怒鳴り声にモジモジとするばかりで返答出来ず。
『何なんだよ、こいつら』
そう言うと、その客は『マスター、ツケで』と言い、高志とさくらの方を見て舌打ちしながらお店を後にした。
その客が出ていった後、二人は暫く顔を見合わせていた。あの客の怒鳴り声の名残が残り身体は強張っていた。残っていたグラスのお酒を一気に飲み干すと、落ち着いた所で高志が恐る恐るマスターに質問した。
『あのお客さん、誰と喋っていたんですかね?』
おかしな人が来店していたのかと思っていた高志とさくら。すると、マスターがひと言。
『さぁね』
高志とさくらは再び顔を見合わせた。ビールの残ったグラスを片付けながら、マスターが付け加えるようにひと言。
『ところで、君らはあの客が話しかけている方は見えなかったのかい?』
高志とさくらは、頭の上に『?』が浮かんでいた。
『話しかけている方?』
『見えなかった?』
高志とさくらはマスターの問いを理解出来ず、三度顔を見合わせた。
『だから、あの客が話しかけていた方だよ』
何を言っているのか益々理解出来ず、二人ともお酒の酔いも相俟ってか思考が停止したように黙り込む。
『だから、そう言う事だよ』。