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6.情報収集をしているようです


 ルペリオ暦628年11月12日


「殿下、わたくしこの前ロゼリアにおすすめの本を紹介してもらったのですが、それがとても面白くて。ロマンス小説など殿下は嗜まれませんか?」

「うむ」

「あの子はロマンス小説のような恋模様に憧れがあるようで、好きなシーンを語るロゼリアの可愛いこと可愛いこと」

「そうか」

「それで、その小説には意地悪な姉が出てくるのですが、ロゼリアが『わたくしのお姉様は優しいお姉様でよかったです』と言ってくれたのですよ。わたくしの妹可愛すぎだと思いませんか」

「うむ」

「それから『いつかわたくしも赤いチューリップを殿方からいただいてみたいです』と言っていたのです。あの小説を読んでからロゼリアの一番好きな花は赤いチューリップになったのですって。可愛いですよね」

「そうか」


 音声だけ聞くと、コリンナの妹自慢マシンガントークに適当に相槌を打つ王太子――――に聞こえるかもしれないが、実は王太子の方は超真剣かつ嬉しそうにコリンナの話を聞いている。


(ロゼリアは赤いチューリップが好き⋯⋯と)


 時折メモをとるディートハルトは、コリンナから得られるロゼリア情報にホクホクとしているのだ。証拠に、金色の瞳が柔らかく細められている。


 最近、生徒会室ではこの二人が楽しそうに話す光景がよく見られるようになった。


 王太子と王太子妃に最も近いと言われている二人が仲睦まじくしている姿は、次第に周囲の勘違いを加速させていくのだが、ディートハルトはまだ知らない。


 ディートハルトの中でコリンナは『ロゼリア情報を教えてくれる良い奴』になりつつあった。


「⋯⋯殿下は、ロゼリアがお好みなのですか?」


 今までのロゼリア自慢とは少し違う、探るような声色。だが、ディートハルトは堂々と答えた。


「当然だ」


 あの美しい天使を好まない者などいたら見てみたい。ディートハルトが一目で心を持っていかれたのだ、きっと世の中の男が皆そうに違いない。


(いや、待てよ。世の中の男が皆彼女を好きでも困るな。しかし嫌いだと言われるのも腹が立つ⋯⋯複雑だな)


 眉根を寄せたディートハルトにコリンナは苦笑した。


「もたもたしていると、他の方に取られてしまいますよ」

「⋯⋯?」


 取られる?

 ディートハルトはロゼリアと仲良くしたいとは思っているが自分の物にしたいと思ったことはない。第一、ロゼリアは物ではない。


 コリンナは評判通り仕事ぶりは優秀だが、よく分からないことを言うと思った。




 ◇




 ルペリオ暦628年11月26日


 ロゼリアは努力家だ。

 勉強に関しても運動に関しても、多くの努力の上にあの好成績が成り立っているのだと、ディートハルトは知っている。


 その努力家のロゼリアは、今度は社交を頑張ろうとしているらしい。


「は、初めましてっ、ロゼリア・シュタッフェルと申します。よよよよろしくお願いいたします⋯⋯」


 残念ながらディートハルトが話しかけられた訳ではない。


 ディートハルトがロゼリアを初めて見つけた木 (ディートハルトは『聖なる木』と呼んでいる) に向けて挨拶の練習をしていたのだ。


 ロゼリアは内気な性格もあり、社交がかなり苦手らしい。緊張すると言葉が出てこなくなるようで、まずは木に向かってスムーズに言葉が出るように練習をしているのだろう。


(木め⋯⋯。ロゼリアにもたれかかられるだけでなく話しかけてもらえるなんて⋯⋯なんて羨ましいんだ)


 木に嫉妬する王太子は、現世で賢王と呼ばれるくらい徳を積んで、来世は木に生まれ変わらせてもらおう等と考える。


 そういえば、ロゼリアとコリンナは今週末二人で買い物に出かけるらしい。新しいドレスを買うのだとか。


(⋯⋯ロゼリアと買い物か。羨ましい。ロゼリアだったらどんなドレスでも似合ってしまうから、迷うだろうな)


 もし、自分とロゼリアが一緒に買い物に行けたら、ロゼリアに似合うドレスを一緒に悩んだり、休憩にと一緒にカフェでお茶をしたりできるのだろうか。


 コリンナが嬉しそうに話してくるように、買い物中のロゼリアの可愛さを目の前で見ることができるのだろうか。


 今は、コリンナの話を聞いて想像するしか出来ないが。




 ◇


 


 ルペリオ暦628年12月13日


 今日は朝からコリンナの様子がおかしい。

 いつも無駄に明るい彼女が、今日はずっと静かに微笑んでいるだけ。聞くまでもなくロゼリア情報を話してくれる彼女が、今日はロゼリアの「ロ」の字も出さない。


「どうした?」


 まだ誰も来ていない生徒会室に呼び出して話を聞いてみることにし、温かい紅茶を淹れた。


 カップを机に置いて目の前に腰掛ける。コリンナは静かに微笑んでいるだけだと思っていたが、彼女は僅かに震えていて、まるで泣き出しそうなのを堪えているように見えた。


「⋯⋯」


 コリンナは無言で紅茶を口にすると、目に涙を溜めて睨みつけるようにディートハルトを見た。


「⋯⋯わたくし、ロゼリアが羨ましいです。勉強も運動も社交も、全てにおいてわたくしの方が上なはずのに、わたくしの一番欲しいものはロゼリアに渡るのです。みんな、そんなにロゼリアが好きですか⋯⋯? どうして⋯⋯わたくしのことは見てくださらないのですか⋯⋯?」

「コリンナ⋯⋯?」


 言っていることが分からないディートハルトに、コリンナの笑顔が自嘲するようなものに変わった。


「⋯⋯昨日、ロゼリアに婚約話が上がり顔合わせが行われました。お相手は⋯⋯イシス・クレハラッド様」

「なっ⋯⋯?!」

「優しく紳士的なイシス様と、優しく穏やかなロゼリア。二人は手を取り庭園を散策しておりましたが、とてもお似合いでしたよ」

「⋯⋯」


(ロゼリアが婚約⋯⋯? イシスと⋯⋯?)


 いつでもどんなロゼリアでも見たいと思うディートハルトだが、何故かイシスに手を引かれるロゼリアは見たくないと思った。想像するだけで何故か胸が痛む。


「⋯⋯申し訳ありません。わたくし、今日は少し感情的になっているようです。今日の生徒会は休ませて頂いてもよろしいでしょうか」

「あ、ああ」


 俯くコリンナに返事をすると、彼女はすぐに立ち上がった。


 廊下に続く扉で入ってきたイシスとかち合っていたが、コリンナは無言で頭を下げるとそのまま去っていった。


「⋯⋯何かありましたか? 彼女、なんだか泣きそうな顔をしていましたが。⋯⋯殿下?」


 コリンナの去って行った方向を見て心配そうな顔をしたイシスに、ディートハルトは端的に「なんでもない」とだけ答えた。


 



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