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1.プロローグ


 バルテッド王国王太子妃であるロゼリアは、望まれない妃だ。


 ロゼリアの夫である王太子のディートハルトは、ロゼリアの姉に心を寄せていた。


 姉のコリンナは美しく聡明で、煌々とした社交界の華だ。内向的で気弱なロゼリアはいつも姉の影に隠れているような子供時代を過ごしていた。


 明るく美しい姉は異性から想いを寄せられることが多く、それは王太子の心をも射抜いた。


 まだ学園に通っていた頃からディートハルトとコリンナは仲が良くて、基本的に無口無表情であるディートハルトだが、彼女の前では表情が緩んだ。


 コリンナは教養も立ち居振る舞いも王太子妃となるに相応しい人物だ。だから、王太子妃にはコリンナが選ばれるだろうと、皆も、そしてロゼリア自身も、そう思っていた。


 しかし、コリンナには想い人がいた。それを知ったディートハルトはコリンナを諦め、容姿の似ている妹のロゼリアを娶った。


 だから、ロゼリアはディートハルトに愛されない。姉の代わりを求められただけ。


 ロゼリアもそれを分かっていて、自分が代わりになるのならと求婚を受けた。しかし――――






「――――ロゼリア?」

「⋯⋯は、はいっ!」


 凛と通るような声に名前を呼ばれ、紅茶の水面をじっと眺めていたロゼリアは慌てて顔を上げた。


「⋯⋯」

「⋯⋯あ、あの⋯⋯どうかされましたか⋯⋯?」


 ロゼリアの名を呼んだ人物――――夫であるディートハルトは、何も言わずロゼリアを見つめている。


 首を傾げるも、端正な顔立ちの中の金色の瞳が僅かに細まっただけで何も返答はなく、気まずくなったロゼリアは再び視線を落とした。


(お姉様には、ディートハルト様が何をおっしゃりたいのか分かるのに⋯⋯。わたくしがお姉様だったなら⋯⋯)



 ――――いつからか、姉の代わりのこの結婚が嫌になった。



 無遠慮に浴びせられる周囲からの嘲笑。

 望まれないのに立ち続ける王太子妃の座。

 うじうじと一人で悩み続ける自分。


 どれも嫌だが、一番嫌なのが――――誰にも求められない、愛されないという事実。



「⋯⋯いや、なんでもない」

「⋯⋯そう、で、ございますか⋯⋯」

 


 結婚して半年が経った。

 姉のコリンナも想い人と結婚し、毎日幸せそうだ。


 自分も誰かに愛されたい。

 ディートハルトに愛されたい。

 コリンナの代わりじゃなく、ロゼリアとして。


 そう願うが、時間はただ過ぎていくばかりだ。







「殿下、トリスタ領の水害対策の過去資料はありますか?」

「⋯⋯あ、すまない、イシス。昨夜私室へ持って行ったから、そのまま置いてあるのかもしれん」


 春の陽気の麗らかな午後。

 執務室にいるディートハルトと側近のイシスに紅茶を淹れると、そんな会話がされていた。


「後で見せてもらってもいいですか?」

「ああ。⋯⋯悪いがベッテル――――」

「わ、わたくしが行きます!」


 侍従のベッテルに資料を取りに行くように頼もうとしたところで、ロゼリアが声を上げた。


「ロゼリア? いや、しかし⋯⋯」

「わ、わたくしが取りに行ってまいりますので! トリスタ領の水害対策過去資料ですよね。お任せ下さいませ」


 ロゼリアは、どうにかしてディートハルトに気に入ってもらいたかった。姉には及ばないかもしれないが、自分も役に立つのだと知って欲しかった。


 だから、ディートハルトの返事も聞かずに執務室を飛び出した。






「資料⋯⋯あ、あれかしら」


 ディートハルトの私室の机の上に、積まれた紙束を発見した。


 これを持って行けばディートハルトは喜んでくれるだろうか。少しはロゼリアを見てくれるだろうか。⋯⋯この程度では何も変わらないか。


 期待と不安が交錯しながら手にした資料の下に、豪奢な装丁の本があることに気づいた。


 長年使い込まれていると分かるその本の中身を僅かに覗く。


「これは⋯⋯日記?」


 ディートハルトの字で書かれたこれは、彼の私的な日記らしい。日付は学園に通っていた4年前から始まっている。


 そして――――『ロゼリア』という文字がいくつか見えた。


(⋯⋯! ディートハルト様が日記にわたくしのことを⋯⋯)


 人の日記を勝手に読んではいけないと思い、すぐに本を閉じた。が、視線は表紙に固定されている。


 ⋯⋯見たい。


 いつも無口で表情を変えないディートハルトが、自分のことをどう思っているのか知りたい。


 見たい。


(⋯⋯だめだめ。人の日記を勝手に見るなんて⋯⋯)


 夫婦であっても踏み込まれたくない部分もある。特に、ディートハルトとロゼリアは心を通わせている訳ではない。日記を見た事を知られたら不快に思われるかもしれない。


 そう思い、日記を置いて部屋を出ようとするが⋯⋯。


「⋯⋯」


 いつも何を考えているのか分からないディートハルト。その彼の本心が、この日記には書かれているのだろうか。


 それを知れば、自分は少しディートハルトに近づけるだろうか。



 罪悪感と好奇心が葛藤した末に、ロゼリアは日記を開いた。


(ごめんなさい、ディートハルト様。ちょっとだけ貴方の心を見せてください⋯⋯)



 そこに書かれていたディートハルトの真実とは――――





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