その後の2人
「なあ、その『僕』って言うの続けるのか?」
エドワードが突然そんなことを尋ねてきた。
「……やっぱり変かな。『私』? なんか慣れないなあ」
なんとなく癖で『僕』って使ってしまうんだよね。確かにすっかり女の子になってもうしばらく経つので、『僕』はちょっとおかしいかもしれない。
「今日一日、試してみたら?」
「効果あるかなあ。すぐ忘れそうだけど」
難色を示すと、エドワードがちょっと考える素振りをした後、にんまり微笑んだ。
「そうだな、ペナルティがある方がいいか。『僕』って言ったらキス1回でどうだ」
「それ、エドだけ得する話じゃないか?」
胡乱な目でエドワードを見るけど、さらっとかわされる。
「いいからやってみよう。じゃあ、今からな」
そうして気を使う一日が始まってしまったのだった。
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「こっちは僕がやるから……あっ」
「はい3回目」
長年の習性ってなかなか抜けないもので、あれからたった2時間で3回目の失敗だ。
「わざと間違えてる?」
にやにやしながらエドワードが近づいてくる。
「違うから! つい言っちゃうんだよ。もーぼ……いや、私のばか……」
「いまのは0.5カウントってとこかなあ」
「判定が厳しい!」
失敗続きの自分の不甲斐なさに頭を抱えていたら、エドワードが項垂れてしまった僕……じゃない、私の顎に手を添えて軽くキスをした。
「いまのは0.5の分な」
えっ、と思う間にもう一度、今度は深く唇を塞がれる。顎に添えていた手はいつの間にか耳辺りに移動していて、骨張った指で両耳の穴を塞がれてしまった。外の音は遮断されて、聞こえるのは口中の音だけだ。それが妙に艶めかしい。
力が入らず、のしかかってくるエドワードを押し返すこともできなくてソファに押し付けられてしまう。
「んぅ……ん……むぅ……はぁ……はぁ……」
長々と口付けられてようやく解放されたけど、ぐったり力が抜けてしまって起き上がれない。
エドワードを見ると、紅潮した顔でこちらを見つめている。
「ルカ」
寄せてきた顔を両手で押しとどめる。
「だめだってば!」
「そんな顔して誘うのが悪い」
誰が、どんな顔で誘ったって!? 言いがかりだ。
しかし私の憤慨をよそに抵抗虚しく、顔を抑えていた腕を掴まれて剥がされてしまった。
首筋にチュッと音を立てながら唇を落とされる。
「ちょっ……やっ……」
あまり人に触られない部分に柔らかい感触が這って、むずむずする。
口付けが段々下に移動して、胸元を鼻先でくすぐり始めたので身を捩る。
「やめっ……こっの……目を覚ませ馬鹿!」
前にも似たようなことがあったけど、今回は手が使えないのでエドワードを止められない。
どうしよう、どうすれば。
考えた末に、『手が使えないなら脚だ!』と、立てた両脚を踏ん張り、力一杯勢いをつけてソファを蹴る。その勢いで身体をぐるりと回転させてエドワードごと床に落っこちた。
さっきとは逆に私がエドワードを押し倒している格好だ。あまり見ない角度で見るエドワードは呆気に取られているけど、そんな顔でも綺麗だなあ、と変な感心をしている場合ではない。
ぐっと近寄って、耳元で囁く。
「今は仕事中だからダメだよ」
すると、くすっと笑う声がして
「後でならいいってことだな」
予想外に低い囁きが返ってきた。
「なっ……」
反射的に身を起こそうとしたけれど、腕を回されてがっちり抱え込まれてしまった。
「いつもは恥ずかしがってなかなかキスさせてくれないから……楽しみにしてるね」
続けられる笑いを含んだ艶っぽい囁きに、全身が一気に熱くなる。
「ぜったい、絶対、もう『僕』って言わないから!」
「ムキになるのかわいい」
甘い囁きにあわせて、耳元にふっと息を吹きかけられた。……なんかエドワードのやらしさがレベルアップしてる気がするんだよなあ。
「そういうの、どこで覚えてくるんだ」
「ルカのかわいいとこが見たくて、色々研究してる成果だよ。……具体的に聞きたい?」
エドワードが艶然と微笑みながら、囁いてくる。
「! ……いい! 聞かない!」
「残念、それじゃあ実践で反応を見ようかな」
完全に揶揄われている。悔しいので、何か意趣返しをしてやろうと思ってがばっと覆いかぶさる。そのまま不意打ちで固まるエドワードの耳に、ぱくり、と齧り付いてやった。ついでに、口に含んだ耳たぶをぺろりと舐め上げてやる。
「うわっ」
跳ね起きたエドワードが、頭から湯気が出そうなくらい真っ赤になっている。
「僕だってやるときはやるんだからね」
してやった。にやっと笑ってエドワードの顔を覗き込むが、すぐに失言に気付く。
「4回目だな」
あっと思ったけど、遅かった。またキスされる、と思ってぎゅっと目を瞑ったけど、頬に軽く唇が触れるだけで済んだ。
「……今これ以上は、俺の自制心がもたない」
不思議そうにしていたら、真っ赤なエドワードが言いづらそうに呟いた。
結婚するまで、あと半年。先はまだまだ長いみたいだ。