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「俺さ、ルカ以外に友だちっていないんだよ」
「そんなことないだろ」
「話したり付き合ったり、表向きの知り合いはいるけど素でいられるのはルカといる時だけ」
静かにそう言うエドワードはこちらを見ないので、表情がよくわからない。
「子どもの頃からずっと、ルカだけだ。大人になってお互いの立場がそれぞれできても、それでも一緒にいたいと思ってた」
それは、無理じゃないだろうか。
エドワードは第三とは言っても王子で、僕は一介の貴族だ。立場と責任が違いすぎる。そう思っていると、エドワードが続けた。
「だから、婚約者なんかいらなかったんだ。ルカだけいれば良かった。子どもを作るのは王族の責務だけど、兄様達にはもう子どもがいるし、俺が妻を持たなくてもいいんじゃないかって」
遊ぶだけなら相手は誰でもいいし、と不埒なことをボソッと呟いたけど、今は咎める気にもならない。
それよりも、男だった自分に向けられていた気持ちが、案外重たいことに内心動揺する。性的な意味は無いと思うけど、単なる友人への想いにしては大袈裟な気がする。
僕は何も言えずに黙ってしまう。
「ルカが女だったら結婚して一緒にいられるのになって、冗談だったけど半分本気だったんだ。馬鹿みたいだけどさ……そしたら、」
言葉を切ってこちらを向き、真摯な眼差しで見つめてくる。視線の強さに、背筋がぞくっとする。
「あり得ないことが現実になって、夢かと思ったよ」
「……僕だって驚いたよ」
見つめられて気まずい。それを誤魔化すように、僕は視線を逸らす。
「ルカ」
するっと手を重ねられる。
「俺じゃダメ?」
僕の手の甲を指でゆっくりなぞりながら、エドワードが静かな声で問いかけてくる。その艶かしい触り方に、さっきからのぞわぞわした感覚が全身に広がるようだ。
すぐに返事ができない僕を待つように、エドワードも黙っている。しばらく沈黙が続いた。
「エドは……大事な友だちだよ。……でも、結婚したいとか好きかどうかとか、そういうのは正直よくわからない」
エドワードが真剣に言っていると思ったので、僕も有耶無耶にするのではなく、きちんと返事をすることにした。それが、はっきりした答えでなくとも良いじゃないか。
「だけど、エドじゃない他の人と……その、恋愛とか結婚ができるのかって言われると、考えたこともないし考えられない」
これは本当だ。何の根拠もなく、自分の隣には当たり前にエドワードがいると思っていた。エドワードほどの想いは無いけれど、無意識にそう思うくらいには大事な相手なのだと、やり取りの中で自覚した。
「……あのさ! 女になったからって結婚……しないと、一緒にいられないものかな」
「……どういう意味だ?」
「僕、エドのことが嫌だとか思ってない。でも、僕が女になったからって、いつもみたいに接してくれないのは嫌だ。僕は僕だ。僕は何も変わってないのに、どうしてエドは変わっちゃうんだよ」
堰を切ったように、言葉が溢れてくる。感情が昂って涙が出そうだ。溢れそうな雫を袖で拭う。今泣いたらだめだ。ちゃんと最後まで言わなきゃ。
「友だちのままでもいいじゃないか。僕はエドが一番大事だよ。それじゃダメ?」
言い切ったところで、限界が来て涙がこぼれた。鼻がツンとして喉が震える。たったこれだけのことを言うのに、すごく頑張った気分だ。
「ルカ」
重ねたままだった手を、優しい力でぎゅっと握られた。
「俺は……お前のこと友だち以上に好きだし、お前にも俺のこと友だち以上に思って欲しい」
やっぱりだめなのか。友だちのまま、隣にいる事はできないのかな。残念な気持ちになりかけたところで、エドワードが続けた。
「だから、これからお前に意識してもらえるように頑張る。……けど、ルカが俺のこと好きになるまでは、友だちで我慢する」
「えっ……」
僕の心がエドワードに追いついていないのを、我慢するって言ってくれた。僕の気持ちが変わるかどうかなんてわからないのに、僕の意見をただ拒否せず歩み寄ってくれたことが嬉しい。苦しかった胸に、じわりと熱が戻ってくる。
「それでいいか?」
「……うん、ありがとうエド」
涙で汚れた顔を拭いて、笑顔を作る。我ながら今は酷い顔をしていると思うけど、そんな僕を見るエドワードは口元を手で覆って、なぜか少し顔を赤くした。
「そうやって無防備に可愛い顔をされると、ちょっと……試されてる気になる」
「へ……っんなこと言うな! 試したりしてない!」
つられてこっちまで赤面する。
「我慢はするけど、嫌がられない程度に手は出すからな。そうしないと、いつまでも意識してもらえなさそうだ」
そう言って繋いだ手をぐいっと引くので、僕はバランスを崩してエドワードの胸の中におさまってしまう。
もう片方の手で、優しく髪を梳かれる。
「目標は子作りだから、早めに好きになってもらわないと」
「直球すぎるよ!」
エドワードと、僕が、子作り。すごいパワーワードだ。少し想像してしまい、顔が真っ赤になってくらくらしてきた。
「このぐらい言わないと通じないだろ。……絶対逃がさないから覚悟して、ルカ」
くっついている広い胸からエドワードの鼓動が伝わってきた。声は落ち着いてるけど、心臓が暴れてるみたいな音がしている。
僕だけじゃなくてエドワードも緊張してるんだ、と思ったら、なんだか少し可笑しくなってしまった。
「……笑うなよ、真面目に口説いてるんだぞ」
エドワードが口を尖らせる。いつもの、僕の前では子どもっぽいエドワードだ。
「ふふ、ごめん。なんか可愛くて」
笑いながらそう言うと、両手で顔を挟まれる。
「そんな余裕があるなら、文句はないよな?」
えっ、と思った途端、素早く唇にキスをされた。
「っ……我慢は!?」
「言っただろ、無防備に可愛い顔するのが悪い」
しれっと悪びれずに言うのが憎たらしい。
「エドの嘘吐き!」
「言っておくが今のは友だちのキスだからな? 恋人になったらこんなもんじゃない」
「友だちは口にキスしないだろ!」
でも、嫌ではないのだ。なぜだかエドワードの綺麗な顔を見ながら、むず痒い気持ちになる。
今はどうしたらいいのかわからないけど、どんな形でもエドワードの隣に居られたらいい。
結論は急がないと決めた。それまでエドワードには頑張って我慢してもらおう。
大事な友だちと新しい関係を始めることができるかもしれないなら、神様の手違いも悪くはなかったんじゃないかな。
不思議と晴れやかな心持ちで、そう思った。