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「少し歩こうか」と言うミシェル様と2人で執務室を出て、中庭に向かう。とにかく広い王宮の庭では、他の人に会うこともない。
「女性になってみて、どうかな? 私には安定したように見えるが」
ミシェル様から問いかけられて、考えてみる。
「そうですね……なんだろう、性別についての認識は落ち着いた感じがありますが、男だった17年の感覚も残っているというか」
「君、元々『女性らしさ』にこだわらない方だったんじゃないか?」
そうなのかな。感覚が混ざっているのかと思っていたけど、元々の性質なのかもしれない。
「だから、神もうっかりしたのかもな」
「……そこは慎重になってほしかったです」
ははは、とミシェル様が声をあげて笑う。僕からすると笑い事ではないのだが。
「だが、まあ、エドワードのようにどんな君でも良いと言ってくれる者がいて良かったじゃないか」
「それ、僕はエドから何も聞いてないんです」
僕が不満を隠さずにそう言うと、つと、ミシェル様は笑いを引っ込めて目を細め、優しい顔でこちらを見る。真面目にしてるとすごく綺麗な方なので、見つめられて少しどきどきする。
「それなら、是非彼から聞かせてもらうといい。君の言い分だってあるだろう。存分に言ってやれば良いさ。君たちはお互いに腹を割って話せる関係だろう?」
このちょっと無邪気な不思議な人でも、立派な大人みたいなことを言う時があるんだな、と思う。大神官という役職に就いてるだけのことはあるってことか。
「さて、エドワードもたっぷり叱られた事だろう。そろそろ戻ってやるか」
僕が返事に詰まっていると、ミシェル様はさっさと歩き出してしまうので慌てて追いかける。
「ええと、ありがとうございます。僕、エドと話してみます」
「礼など不要だよ。私は君が気に入ってる。懐いてくれるのが嬉しくて偉そうなことを言ってるだけだ」
ミシェル様はそう言って、にやっと笑った。
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「ルカ、ごめん」
エドワードはだいぶ叱られたようで、しょんぼりしながら僕の後ろをついてくる。
ミシェル様には「エドと話してみる」とは言ったものの、顔を見たら騙し討ちされたことを思い出してしまい腹立たしくなって、挨拶もせずに彼を置き去りにして王宮の出口まで歩いてきてしまったのだ。
足早に歩く僕を、エドワードが走って追いかけてきた。僕が振り返らないので、前に回り込んで通せんぼするように立ち塞がりながら顔を覗き込んでくる。
「説明せずに連れてきたのは悪かったよ。……嫌がられたら困ると思って……言えなかったんだ。もうこんなことしないから、こっち見てくれ。頼むよ」
弱りきった表情の綺麗な顔を見てしまうと絆されるから、なるべく見ないようにしていたのに無理矢理視界に入ってきた。
「……事前に言っておいてくれれば良かったんだ」
言葉を発すると、エドワードが少しほっとしたような顔をした。
「遅いかもしれないけど、ちゃんと話す。説明するから聞いてくれるか?」
顔を寄せて、こつんと額をくっつけてきた。子どもの頃から『お願い』してくる時はいつもこうだ。これをされると、僕が折れるのがお決まりだった。
「聞くけど、今日はダメ」
今回は簡単に折れてやる気はない。しっかり反省してもらわないと。
「今日はダメって……いつならいいんだよ」
エドワードがぐりぐり額を押し付けてくる。本当に悪いと思ってるのかな。絶対僕がすぐに許すと思ってるに違いない。
「聞く気になったら聞く。言っとくけど、僕は怒ってるんだからな」
額を押し返してエドワードを押し退け、そのまま進もうとしたが、
「ルカ!」
後ろから肩を掴まれて抱きすくめられてしまった。
「なんっ……だよ!?」
ぎゅうぎゅう締め上げられて苦しい。腕を外そうと踠いたけど、全然離してもらえない。本当にこの身体は力が弱いな。
「嫌だ、行かないで。怒ったまま帰っちゃ嫌だ」
「聞く気になったら聞くって言っただろ! 僕にだって落ち着く時間が必要なの!」
でっかい図体で子どもみたいに声を震わせながら縋りついてくるとは。こんなところ誰かに見られたら、何事かと思われてしまう。
「ここで落ち着いていけばいい……そうだ、今日は泊まっていけ。そしたらゆっくり話ができる」
「都合のいい事ばっかり言うなよ……って、わぁ!?」
言い合っている間にエドワードの腕が緩んだと思ったら、荷物みたいに肩の上に抱えられてしまった。
「離せよ!」
「そしたら帰っちゃうだろ」
「当たり前だ!」
じたばた暴れたけど脚を抑えられてしまって、何もできない。頭に血が昇ってふらふらしてきた。
「うう、頭が痛い……」
「横抱きにするか?」
それではお姫様抱っこになってしまう。冗談じゃない。
「……今日は、泊まる……から……おろしてほしい……」
くらくらする頭で何とかそう言うと、やっと降ろしてもらえた。
「歩けるか? 掴まってもいいぞ」
エドワードが腕を差し出してくる。誰のせいでこうなってると思ってるんだ。
「いい、大丈夫」
「でもふらふらしてる。支えてやるよ」
そう言うなり、腰をぐいと引き寄せられた。密着して少し恥ずかしいけど、確かにしっかり支えられて楽だ。
とりあえず客間の準備ができるまでの間に家に連絡を入れて、僕たちはエドワードの部屋で話すことにした。