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一週間もすると、学園のみんなは僕が女になったことに慣れてきたみたいで、ぎこちなかった態度もだいぶ和んできた。
特に女子たちは馴染むのが早くて、色々慣れていない僕に親切にしてくれるし、よく話しかけてくる。話の内容は僕が知らなかった女子社会のことだったり、学園内の施設のことだったりを教えてくれる。他に最も興味があるのは、エドワードと僕の関係のことらしい。
「ルカ様はエドワード様とタイの交換をされてますのね」
今も数人の女子に囲まれて、その話題になった。
「ああ、これ。絡まれたりしないようにって心配してくれたんだ」
タイを摘んで見せる。黒いサテンに紫のピンが輝いていて綺麗だ。
「まあ、ルカ様。そんな言い訳を信じたのですか? わかりやすい目印でしてよ」
「目印?」
「エドワード様の色を身につけているルカ様はご自分のものだ、と主張なさってるのですわ」
勿論ルカ様のタイをつけている意味もまた然りですのよ、と続ける。周りの女子が黄色い声をあげた。
「僕はそんなつもりじゃなかったんだけど……」
「ルカ様のおつもりがどうでも、皆さんそう思ってますわ」
やっぱりあからさまだったよな、と思う。あの時止めておけばよかった。
「でも、本当にそういうのじゃないんだ」
「照れなくても大丈夫。エドワード様とルカ様でしたら大変お似合いですから、誰も文句のつけようがございませんもの」
「本当に! 以前も並んでいると目の保養……いえ、お側にあることがぴったりでしたけれど、今は更にしっくりくるというか」
「エドワード様がルカ様に向ける視線が愛情に満ちてらして、こちらまで胸が熱くなるようですわね」
次々と言葉による既成事実を作られているようで焦る。元々女だった時の記憶を思い起こせば、女子たちの想像力ってすごいんだった。
「ちょっと待って、みんな落ち着いて……」
盛り上がる女子に声をかけるが、聞こえない様子だ。嬌声の中で大人しくしているしかないのか、と思った時、エドワードがやってきた。きゃー!と一層声が上がる。
「ルカ、そろそろ帰ろう」
「エド、タイミングが最悪だけどいいところに来た」
僕の言い回しに不思議そうな顔をするエドワードを引っ張って、「それじゃ、また明日ね」と女子たちに別れを告げる。帰る僕たちを見つめる視線の意味は気にしないことにしよう。
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家に帰るはずだったのに、なぜかあのまま王宮に連れてこられた。
「父上が会いたいから連れて来いって」
「陛下が? これから? 僕、制服のままだけど?」
「いいんじゃないか、別に。今までだって学園の帰りに会った時は制服のままだっただろ」
何となくそれなりの格好をした方がいいのかと思ったけど、そういえばそうだった。執務室で少しお話しするだけだということなので、公的な謁見という訳ではないのだろう。
陛下の執務室に入ると、ほかに二人ほどの姿があった。宰相様と、大神官様だ。
「やあ、ルカ君。知らせがあった通り奇跡が起きたようだな」
太陽のような眩しい笑顔で大神官様がこちらに向いた。
「大神官様! お久しぶりです」
「その呼び方は堅苦しいな。ミシェルでいいぞ」
名前を呼んで良いということのようだ。普通の偉い人とはやっぱり違った感じの人だと思う。
「本当にルカ・メルシエなのか」
陛下から声をかけられたので「はい」と返事をする。それにミシェル様の声が重なった。
「さっきも言っただろう。この子の魂は元々女の子だ。手違いだったんだよ」
「ミシェル様、ややこしくなるので少し黙っててください。ルカ君、その話はまた後で」
宰相様が自由なミシェル様を制して、話の流れを戻した。ミシェル様は口を尖らせている。なんか、エドワードにちょっと似てるなこの人。
「なるほど。元々が秀麗であったからか、女性化したといっても特に違和感は無いな」
……なんだか陛下にものすごく観察されている。そわそわしていると、エドワードがそっと手を重ねてきた。その温かさに、少し安心する。
「ふむ……悪くはない、か。エドワード、お前の希望を認めよう。あとは本人の気持ち次第だ。それが無ければ進める事は叶わん」
何事か納得したように呟いた陛下が、エドワードに声をかけた。僕には意味が全然わからないけど、繋いだ手にぎゅっと力がこめられた。
「ありがとうございます、叶いますように努力いたします」
堅い口調でエドワードが返事をする。もしかして、これって重要な話だったんじゃないだろうか。
「何の話かわからないって顔だな?」
ミシェル様が僕に話しかけてきた。こくりと頷く。
「知らずに来たのか? 今のはエドワード殿下と君の婚約の話だが……」
宰相様が告げた事実に驚いて、「はぃ!?」と、変な声が出てしまった。エドワードを見るが、しれっとした顔で目を合わせない。
「あの、僕何も知らなくて……どうしてそんな話になったのでしょうか」
仕方ないので、宰相様に質問する。宰相様は困惑した様子で陛下に許可を求めた。
「陛下、よろしいですか」
「当然だ。まさか何も話していないとは思わなかった」
陛下が呆れたようにエドワードをちらっと見やり、宰相様に手を振る。宰相様が小さく咳払いをして、説明してくれる。
「先日エドワード殿下から、君を婚約者にしたいと申し出があった。殿下の婚約者については、年齢的にそろそろ決めなくてはならない時期だ。そこで本人からの希望であれば積極的にこちらも検討すべきという観点から、今日の面談となった。君の母上やミシェル様から、女性になったという報告は既にあがっていたので、それを確認するという意味もある。人柄も家柄も問題はないし、君が嫌でなければ進めるつもりだったのだが……」
そこで言葉に詰まってしまう。
「婚約とか、何も聞いてないです。エド、どういうことだよ」
エドワードに詰め寄ると、繋がれたままの手をぐっと引かれて正面から見つめられる。
「怒ってる? ルカは嫌か?」
「嫌とかじゃなくて、なんで何も教えてくれなかったんだ」
そう言うと、エドワードは少し困ったような顔をした。
「もし、断られたらと思ったら言えなかった。先に根回しして、逃げられないようにしてから説明するつもりだったんだ」
何言ってるんだ。これ、僕は怒ってもいい案件じゃないだろうか。
「逃げたりしないし、こんな、騙し討ちみたいなのは嫌いだ。僕を何だと思ってるんだ」
「ごめん、ルカ。でもーー」
「君たち。少し落ち着き給えよ」
言い争う僕たちに、ミシェル様の声が割って入る。その声に、陛下の前だったことを思い出した。
「ルカ君、君は少し私と話そうか」
ミシェル様が僕に言う。
「エドワード、お前は私と話す必要がありそうだな」
続けて陛下がエドワードにそう言った。