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「ルカ様、エドワード様がいらしてます」
メイドが来客を告げにくるが、会いたくない。
「帰ってもらう……ってわけにはいかなそうなんだね」
みんなを驚かせた朝から、一ヶ月。ずっと学園を休んでいる僕を心配してエドワードが何回かお見舞いに来てくれていた。とても会えるような状況ではないのでその都度断っていたのだけど、メイドの困り果てた顔を見るとそろそろ限界のようだ。
「じゃあ、支度するからちょっと待っててもらって」
「それが、その」
メイドが何か言いかけたところで、ドアが勢い良く開く。
「ルカ! ずいぶん長く休んでるから心配したんだぞ!」
エドワードがずかずかと部屋に入ってきた。メイドが王子を制するわけにもいかずおろおろしている。……僕のせいで気苦労かけるなあ……後で謝っておこう。
「連絡もしないで悪かったよ、エド。でも、案内もなしに部屋に来たらだめだろ」
「なんだよ、冷たいな。友だちの見舞いに来ただけなんだし堅苦しい事言わなくても良いじゃないか」
口を尖らせて文句を言う。エドワードは外面は立派な王子を演じられるのに、どうしてか僕相手だと子どもっぽい。
「思ったより元気そうじゃないか」
そう言って、ずいっとこちらにやって来るので、慌てて押し留める。
「ちょっと待った、こっち来るな。僕まだ着替えてないんだから」
休みだからいいかと思ってダラダラしていたので、僕はまだパジャマのままだ。助けを求めてメイドを探したが、いつの間にか退出したようだ。
「今更気にしないさ」
そこは気にして欲しかった。そんな僕の気も知らず、エドワードは、少し目を細めてこちらを見る。
「……少し痩せたか? 細くなったような……」
内心、気づかれたかと、ぎくりとする。動揺を押さえようと手近なクッションを抱え、エドワードから遠ざかろうとしたが、手首を掴まれた。
「やっぱり、小さくなったよな? 顔も印象が違うし、声も高くなった気がする」
「気のせいだって! 寝込んでたからやつれたんだよ」
声のことまで気が回らなかった。元々男にしては少し高めだったから、自分ではわからなかったのだ。
まずい、近づきすぎだ。引っ張られている手首を振り払おうとするが、全然びくともしない。力が弱すきないか、この身体は。
「……なんかおかしいな。何を隠してる?」
「何も隠してない。離せよ……っひゃ!?」
突然エドワードが空いている方の手で、僕の脇腹をくすぐってきた。
「っちょ、やめ、ははは、エド、あははは、やめろって」
「言うまでくすぐるぞ」
悪い顔をしながら、僕の弱いところをこちょこちょと責めてくる。笑いすぎてお腹が痛くなってきた。体に力が入らず、よろけてしまう。
「おっと」
倒れそうになった僕をエドワードが受け止めてくれた……が、信じられないものを見るような顔でこちらを見て固まっている。
「……お前、ルカだよな?」
沈黙の後、恐る恐るという感じでエドワードが問いかけてきた。あ、これは完全に気づかれた。僕は黙ったまま、そろそろと身体を起こそうとする。
「なんで、胸があるんだ」
起き上がったところで、エドワードにぐわっとパジャマの襟を開かれた。ボタンが1つ2つ外れて、胸元が見えてしまう。
「何するんだ!」
胸元を隠しながら文句を言う。相手が僕じゃなかったら、訴えられるところだぞ。
「えっ、これ本物なのか? こっちは?」
そう言って、脚の間に手を伸ばしてくるのでぴしゃりと叩き落とす。
「落ち着け、エド! 男同士だったとしても、そこはダメだ」
すると、エドワードがはっとした顔をして「……すまん」と謝ってきた。
「こんな状況だから、会いたくなかったんだよ」
すっ飛ばされたボタンを探しながら、そう言う。ボタンを見つけて拾おうと屈み込んだところで、背後にエドワードが近寄ってきた。
「エド、上から覗くんじゃない」
胸元にものすごい視線を感じる。
「いや、見ちゃうだろそりゃ。いいな、この角度からの眺め」
思春期男子め。元男の僕なら、遠慮なく眺められると思ってるに違いない。正確に言えば、元々女で元男なのだが。
しばらく無言で悩ましげに眉を顰めていたエドワードが、ぽつりと言った。
「……なあ、ちょっと触ってもいいか」
真面目な顔した美形が言うセリフではない。
「ダメに決まってるだろ……」
今現在の僕はパジャマに上着を羽織っているだけ。そんな状態で触られるなど、とんでもない。
「本当にちょっとだけだから」
「それ、絶対ちょっとで済まないやつだよな」
食い下がってくるのが不思議でしょうがない。エドワードが頼めばなんでもしてくれる女性なんて、たくさんいるだろうに。
「ルカもわかるだろ、好みの胸がそこにあったら触りたい気持ち」
……元男として、実はちょっとわかってしまう。だからと言って、自分を差し出す気はないのだが。
「顔が僕なのに、よくその気になるな」
「元々可愛いし、顔付きが一層女の子みたいな感じになってるから全然気にならないね」
そう言うと、腕を掴んで抱き寄せてきた。
「なあ、どうしてもダメ? ……俺、ルカに触りたい」
エドワードが僕の耳元に顔を寄せて、聞いたことのないような低く艶っぽい声でゆっくりと囁く。内容は「胸を触らせてくれ」というひどいものだが、声の威力が凄まじく、全身が粟立つ。
「やっ……もう、気持ち悪い声出すな! わかった! ちょっとだけだからな!」
妙な感覚に耐えられず最低ラインを承諾してしまう。友だちに、こんな風に口説かれるのは勘弁してほしい。エドワードの知らない一面を見てしまった。
「やった、ありがとう。それじゃ早速」
「待て! せめて後ろから、見えないように頼む」
そのままの体勢で触ろうとするので要求をすると、エドワードは大人しく後ろに回り、僕のお腹に手を回して身体を密着させた。そんなにくっつく必要はないんじゃないか。
大きな身体で僕の肩にのしかかり、両手でそっと下から持ち上げるように触ってきた。ぽよん、ぽよんと遊んでいる。
「うわ、柔らか……ふにふにでふわふわだ」
変な言い方だが、思ったよりも丁寧な触り方に安心した。なにしろ今は何の支えもない状態なので、雑に扱われたら痛くなってしまう。
「気が済んだら離せよ」
「……やっぱり前からも触りたい」
「! 話が違う! ちょっとだけって……!」
抗議しかけたが、身体をぐるっと180度回された。回転の勢いでふらついたところを難なく腕の中に捕まえられる。僕の胸の辺りに、狙ったようにエドワードの顔がおさまっている。
「エドの嘘つき! どこにくっついてるんだ!」
「可愛いものに欲情するのは健康な証拠だ」
ひとの胸元に顔を擦り付けながら、もごもご屁理屈を言っている。
「ひぁ!?」
胸にすりすりと頬を寄せるので、エドワードのサラサラした黒髪が触れてくすぐったい。身を捩って抜けだそうともがいていたら、唐突に温かいぬるっとした感触が胸の上あたりを這う。エドワードが舐めたのだ。
「ひっ……」
エドワードの頭を掴んで離そうとするが、動かない。首の力が強いのか、僕の力が弱いのか。そのうち、ちゅっちゅっと音を立てて吸い付いてきたので堪らなくなり、何とか掴んでいる頭を持ち上げる。
「このっ……! 調子に乗りすぎ!」
顔を睨むと目が合う。
「ルカ……」
なんだか目つきがおかしい。物凄い色気を湛えてこっちを見つめてくる紫の瞳に慄いていると、ついにパジャマの残っているボタンに手をかけようとしてきたので、
「目を覚ませバカ王子!」
渾身の力を振り絞って頭突きをした。頭がぐわんぐわんと揺れる。
「……痛……、すまん、あまりに感触が良かったので我を忘れた……」
額を抑えながらエドワードが謝ってきたが、当分許さないことにした。貞操の危機を感じて怖かったよ……。