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短めに完結する予定です
物心つく頃には、おかしいと思っていた。女だった記憶があるのに、今の自分はれっきとした男だからだ。
僕はひとりで悶々としている事に我慢できず、まず、幼馴染のエドワードに違和感のことを話してみた。
「どう見てもルカは男だけど、大きくなったら女になるのか? そしたら俺の嫁になるといい。お前なら気を使わなくて楽だ」
エドワードは勉強はできるが、根本的には天然で阿呆な奴だったことを失念していた。甚だ役に立たない発言をするので、次に真面目に聞いてくれそうな両親にも話してみた。
「記憶があるっていうのは、以前そうだったという感覚なのか? ……所謂、転生者というやつなのかもしれないな」
両親は可愛い愛息子の悩みを真剣にとりあってくれたので、少し安心する。
転生者というのが、なんらかの事故みたいに何十年か周期で出現するものだとは知っていた。転生者は特に何かの能力を持つわけではなく、この世界に暮らす至って普通の人間なのだが、存在そのものが世界の特異点であり、その時代では何か歴史的に大きな出来事が発生する。自分自身では何かを起こしたり防いだりする事はできないという存在だ。
自分が転生者である、というなら別に構わないのだが、性別自認に違和感があるのは困る。身体と精神がちぐはぐで、時々、今の自分がどっちなのかわからなくなるのだ。
可愛い女の子は好きだが、恋愛対象かと言われたら違う気がする。かと言って、幼馴染のエドワードのような整った美形の男子を見ても、胸が高鳴るような感じはない。まあそれは、中身を知っているからというのも理由かもしれないが。
自分自身は、美少年と言って差し支えない容姿をしていると思う。金茶の髪に空色の大きな瞳をした可愛い顔立ちは男女問わず褒めてもらえるし、見た目には我ながら文句が無い。ただ、どう振る舞えばいいのか時々迷ってしまうだけだ。
もやもやとしている僕に、エドワードは変わらず接してくれていた。違和感を打ち明けた時の発言は阿呆なものだったが、あれはもしかしたら彼なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
「で、そろそろ女になりそうなのか」
後ろから肩を組んでくるエドワードが真面目な顔で、冗談なのかどうかわからないことを今日も言う。
「ならない。エドは仮にも第三王子なんだから、嫁選びを真面目に考えた方がいいと思う」
時々思い出したようにこんなことを尋ねてくるので、やり取りも慣れたものだ。横目で見ながら返事をする。
「そうなんだよな。もう17歳だから、婚約者を早く決めろって周りがうるさくてさ……試しに、俺はルカがいいって言ってみようか」
綺麗な形の唇をにやりと歪めて戯言を言う。阿呆な面はうまく隠して真面目な王子として暮らしているので、エドワードのことをよく知らない人が発言の内容を聞いたら、驚くことだろう。
「とんだ騒ぎになるからやめとけ」
軽く窘める。公爵家次男の僕が第三王子にこんな口をきくのは本来なら不敬だが、乳兄弟の関係なのでプライベートでは軽口を叩いてもとやかく言われる事はない。
「冗談抜きで、ルカが女だったらなあって思うことあるぞ。なんか、他の女性達ってぎらぎらした目で見てきて怖いんだよな。俺は、追われるより追いたい方なんだが」
何か語り始めたので、放っておくことにする。
「そう言えば、明日だっけ? 神殿で見てもらうんだろ?」
置いていったはずなのに、長い脚であっという間に追いつかれてしまう。エドワードは背が高い。昔は大して変わらない大きさだったのに、今や大分差がついてしまった。
「そう、大神官様とようやく会えるんだ」
「お偉方と会うなんて肩が凝りそうだ。まあ、頑張ってこいよ」
エドワードが無責任な励ましをしてきた。
こっちは肩が凝るどころじゃない。転生者との面談をするという名目で大神官様と謁見するのだ。緊張して、本番は明日だというのに今からしんどい。
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「なるほど、性別に違和感が」
大神官とか言うのですごく年配の人を想像していたけれど、謁見の場に現れたのは、自分より少し歳上ぐらいに見える美女だった。その美人がまた、男らしい言葉遣いだったので、驚きのあまりしばし口が塞がらなかった。
「私の見立てでは、君は本来女性として転生するはずだったのではないだろうか」
言われた言葉を反芻する。『本来』、それってどういう事だろう。まさか、と思いつつ浮かんだ疑問を投げかけてみる。
「あの、失礼なことを言うようですが『本来』というのは、今の状態が間違っているという意味でしょうか」
「はっきり言うとそうだな。実のところ、最初に会った時から私には君が女性に見えている。握手した時に、手が男性のようで驚いたぐらいだ」
いくら僕の見た目が可愛らしい美少年だと言っても、身体はしっかり男性のものだ。それが女性に見えているとはどういうことだ。
「僕、どう見ても男だと思いますが」
「君、身体は精神の器に過ぎないのだよ。私には精神の形が見えているということだな。転生者でなくてもたまにいるんだ、そういう人間が」
さらっと驚くことを言う。
「君のその違和感は転生による弊害というところかな。そんな状態では辛かろう」
「……ええまあ。時々自分がどっちなのか混乱するので困ってます」
ざっくばらんに話をされるので、こちらも自然に話せるのはありがたい。
「神殿に来たついでだ、帰る前に祈りを捧げていくといい。ちょうど私もいる事だし、神が奇跡を起こすかもしれないぞ」
大神官さまが、やけに自信あり気に言う。
「大神官様が居ると神様に祈りが届きやすいとか、そういうことですか?」
「これでも、只人よりは神に近い存在なんでな」
そういうものなのか。確かにこの世の人ではないような、不思議な存在感の方ではあると思う。
「君のような転生者も、世界の特異点であるという意味では神に近い存在だと言える。だから、2人で祈れば更に効果があるかもな」
大神官様はそう言ってちょっと悪戯っぽく笑った。
勧めに従って大神官様と神殿で祈りを捧げる。なんとなく雰囲気に押され、いつになく真剣に祈った。
……どうか、僕の身体と精神の不具合が治りますように。
帰り際に、大神官様が「私からもよく言っておいたからな」と見送ってくださった。ありがたいことだ。
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大神官様との面談から家に帰った後、緊張から解放された反動なのか、急に熱を出して3日も寝込む羽目になった。熱なんて子どもの時以来だったので、だるいし寒気はするし頭痛がする上に、全身筋肉痛みたいになってぐったり寝ていた。
4日目の朝、やっと起き上がれるようになった。やれやれ、と思いながらお手洗いに入って目を疑う。
……何かの見間違いかもしれない、と、もう一度ゆっくりそこを見る。あるはずのものがない。
しばし凝視した後、紛れもない事実だと確認する。その途端、僕の悲鳴が屋敷中に響き渡り、朝っぱらから色んな意味でみんなを驚かせたのであった。