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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無銘 ~影は蹂躙し、聖女は闇に堕ちる~

作者: 南部鞍人

実験的に書いてみた短編です。


いわゆる姫堕ちモノですが、R15で大丈夫です。

なぜ大丈夫かは読んでいただければわかります。



 天も地も、右も左もない空間……

 世界と世界の狭間、と呼べる場所に、その魂は漂っていた。


 いったい、いつから、そこにいるのか。

 なぜ、そこにいるのか。

 分からない。

 ただ、ひとつだけ、はっきりと分かっていることがあった。


 ──我は闇……


 時間という言葉すら忘れそうな長い眠りのなか、それは強い意志で、自らを認識しつづけていた。


 ──我は闇……

 ──我は暗黒……

 ──我は影……

 ──我は…………



 ──────────────────



 ──断罪の地。

 セリアム大陸の中央には、そう呼ばれる地域が存在する。


 地脈、風脈、水脈が複雑に絡み合うこの地では天地が異常化し、大気は常に、陽炎のようにゆらめく“赤きもや”で染まっている。

 天候も混沌としており、雪が降ったかと思えば日照りが続く。あらゆる生物が、赤き空気のなかでは長く生きられなかった。

 剣のごとき山々と、迷宮のように入り組んだ渓谷には、ひと摘まみの草花とてありはしない。

 こんな呪われた地を、あえて領有しようとする国も今はない。

 いくたびかの戦争のなかで、駐屯ちゅうとんや横断を試みた部隊はいたが、生きて祖国の土を踏めた者はごくわずかであり、そのわずかな者たちもまた、一年を経ずして命を落とした。


 やがて各国の間で暗黙のうちに不干渉地帯となったその地には、憲兵に追われる咎人とがにんや、自らの死に場所を求める者たちが、逃げ込んでゆくようになった。


 かの地に足を踏み入れし者を追うべからず。罪は地が裁かん。

 それが世界共通の認識となって久しい。


 それゆえに、断罪の地から挙兵する者が現れようなどと、いったい誰が予想しただろう。

 それも、明らかに異質の兵たちが……


 ときに新暦四二八年、かの地を覆っていた、赤き大気が晴れた。


 そして、魔王ボルドクスを名乗る男が、断罪の地より、大陸諸国に戦線を布告した。


 ──死の地より魔王()ずる。


 諸国はこの事態を重く受け止めた。

 というのも、これは古来より大陸に伝わりし《災いの預言》が的中したことを意味したからである。

 そして、預言は次に、こう告げている。


 ──魔王、死の地より歩み出て、絶対の闇、来たれり。


 これを阻止せんとして、諸国は即座に軍事連合を結成。交戦中の国家も次々に停戦条約を締結し、連合に加わった。

 各国から魔王討伐の精鋭が派遣され、断罪の地は未曾有の軍勢に包囲された。

 魔王の軍勢がいかほどのものであろうとも、地平を埋めるほどの連合軍の圧倒的兵数が、これを討ち破ると思われた。


 だが戦端が開かれるや、人々は魔の力と、己の無力さを知ることとなった。

 兵たちが手に入れたものは名誉でも平和でもなく、死と絶望だった。


 断罪の地より湧き出てきた魔王の兵たちは寡兵かへいでありながら、あたかもなたで草を切り払うかのごとく、連合を殲滅していった。


 魔兵と呼ばれたその者たちは、赤き気を身体にまとい、それは剣、槍、火、水、そして魔法、ありとあらゆる攻撃を跳ね返した。

 手にした武器のひと振りは、鋼の盾すら容易に砕いた。


 さらに恐ろしいことには、魔兵たちは女戦士と見るや生かして捕らえ、連合を蹴散らす合間に、見せつけるように乱暴を加えた。

 彼女らを助けられる者はついに現れず、開戦から一日で連合軍は壊滅。大陸全土が事実上、魔王の手に落ちた瞬間だった。


 そして残された人々の絶望をすするように、魔王ボルドクスは本格的な征服を開始したのだった。



   ※※※



 緑の国、デル・メア──


 森林を天然の防壁に守られ、肥沃な土地から産まれる作物で栄えた、エルフ族の国である。


 平素は行き交う人々や商人で賑わうその町並みは、いまや死んだように静まりかえっていた。

 人の姿はある。ただし、死人だ。


 職務をまっとうした守備兵……

 祖国を守ろうとした自警……

 無謀にも戦いを挑んだ猛者……

 その死者の列は、王宮にまで、点々と続いている。


 断罪の地に面していたことが、この地にとっての最大の不幸だった。

 魔王ボルドクスによる最初の侵攻を受けたのだ。


 否、たとえデル・メアが遠地であったとしても、魔王の軍勢はまずこの国を目指しただろう。

 そのことを、女王ラピュスは、ほどなくして思い知るのだった。


「もはや、私たちに抵抗するすべはありません。お殺しなさい」


 本来なら自分が座るべき玉座に向かってひざまづき、ラピュスは苦々しげに言った。


 女王という称号には不釣り合いな、乙女のごとき女性だった。元来、長命で晩熟のエルフ族にあってなお、ラピュスのそれは抜きん出ていた。

 加えて、月と美の神マルシラにもなぞらえられる美貌の持ち主であった。


 デル・メアの男はみな、女王のサファイアのような瞳を見つめ、薄桃色の唇を奪い、その身体と交わる夢を見る。

 市井しせいでまことしやかにそう囁かれるのも、無理からぬことだった。


 その美しい姿は今、戦闘の名残で汚れていた。

 典雅なローブにも、大小の亀裂が走り、その下から白い肌が覗く。

 その両腕と両肩は、背後に立つ二人の魔兵に堅く掴まれている。


 玉座へと続く緑の絨毯の周囲には他の魔兵たちが整然と立ち並び、それらの背後の壁際には、最後まで女王とともに戦った戦士たちの死骸が、ぞんざいに打ち棄てられていた。


 そのような惨状をすでに生み出しながら、玉座に掛けた男は、嘲笑するかのように告げる。


「殺しはしませんよ。少なくとも女王、あなたはね」


 顔面を隠す異様の仮面と、肌に浮かぶ禍々しい紋様。全身から発せられる赤い気……

 それが、魔王ボルドクスだった。


「国民を隣国へ避難させ、御自身は踏みとどまって徹底抗戦。まったく、あいも変わらず、高潔なことです」


「私を知っている……? あなたは……」


「ふむ、仮面があっては判りませぬか。背格好も、いくぶん変わりましたからね」


 そう言うと、魔王はやおら仮面を外した。

 冷然とした眼と、土気色の顔が現れた。


 ハッとなって、ラピュスは目を見開いた。


「あなたは……クリム!」


「顔だけでも覚えていただけでいて光栄ですよ」


「デル・メア第一の戦士と謳われながら、私の寝屋に忍び込み狼藉を働こうとした下劣な男……どれだけ忘れたかったか……!」


「そうでしたなぁ」


 ふっふ、と鼻で笑って、かつての臣下は仮面を被り、魔王へと戻った。


「あなたの御力で未遂に終わらされ、衛兵に追われるまま断罪の地へ逃げ込んだのが昨日のことのようです」


「一体、なぜあなたが、魔王に……」


「知りたいですか。いいでしょう。断罪の地に眠っていた封印です。私は、その謎を解いたのですよ」


「断罪の地に、封印が……!」


「そう、今まで誰一人として気付かなかった発見でした。かの地を彷徨ううちに、どこをどう歩いたか、地の底深くに入り込みましてね。そこで私は、封印されていた力を見つけた……そう、強大な闇の力を。そして、闇に選ばれた」


「そんなことが……! いえ、その力で、あなたはなにを成そうというのです」


「世界征服、それも悪くはありません。この力をもってすれば容易たやすいでしょう。しかし、まず私にはやりたいことがあるのです」


 そう言うや、ボルドクスは立ち上がる。

 それに呼応して、魔兵の手がラピュスを立たせた。


「美しい女王。あなたに拒まれたあの日から、私の時間は止まったままなのです」


 魔王の足が壇から降りて、ラピュスへと近づいてくる。

 そして、その指が、白い月のような顎を撫でた。


「いかがですかな? 私と、あの夜の続きをする気は?」


「けだもの!」


 女王の返答は早かった。


「あなたに犯されるくらいなら、自分に魔法を放って死にます!」


 だが、魔王の対応はもっと早かった。


「そうくると思っていました。では慰安の相手は、捕らえたこの国の女たちにお願いするとしましょう」


「そんな……!?」


 ラピュスは耳を疑った。魔王軍の到来の前に、市民はみな逃がしたはずだ。


「あなたは相変わらず高潔だと、最初に言いましたね。私が動いたとみるや民衆を逃がすのはお見通し。エルフとて、大勢が逃げられる道は限られています。先んじて少数の手勢を潜り込ませれば……」


 玉座の間の扉が開いた。

 振り向いたラピュスの目に、鎖で繋がれた何人もの女たちが映る。年端も行かぬ少女の姿もあった。

 みな酷く疲れ、怯えていた。だが、まだ乱暴はされていないようだ。


「我が軍の兵たちはみな、私の力を分け与えることで死地より甦った忠実な猛者たちです。ですが、ここに至るまで、たいしたねぎらいも出来なくて困っていたのですよ。先の戦いでも女は何人か捕らえたものの、数が不足していまして」


「この……下劣な……!」


「こういうのはいかがです? あなたが我々一人の相手をするごとに、捕虜を一人解放するというのは……」


「そんな……く……!」


 ラピュスの唇が噛み締められる。

 完全な敗北だった。

 残された道は、ただひとつ。

 自分一人の屈服で、国民が守れるなら……


 だが……最後に、チャンスがあるなら……


 今、魔王は何と言った。

 魔兵たちは、自分の力を分け与えて甦っていると。

 なら、魔王一人を倒すことが出来れば、全軍が総崩れとなるのではないか。


 ──魔王、死の地より歩み出て、絶対の闇、来たれり。

 あの預言を現実にさせるわけにはいかない。

 たとえ、なにを犠牲にしたとしても……!


「わかりました。私の身を、あなた方の自由になさい。その代わり、他の者たちへは一切、危害を加えぬように」


 背後で女たちの嘆きが聞こえた。


「殊勝でありますな。では……」


 女王をいましめていた魔兵の手が離れた。


 代わりに、ボルドクスの手が、ラピュスのローブを掴んだ。

 その絹が引き裂かれんとした瞬間──


星辰せいしん、六方のいただきつどい、万物のことわりを清流へとさん!」


 詠唱とともに、ラピュスの両手がボルドクスの胸に突き出された。


「ブラフネリアー!!」


 掌からまばゆい光がほとばしった。


「ぐッ!?」


 突然のことに、ボルドクスも驚く。

 だが──


「つぁッ!」


 全身の赤き気が胸に集中し、魔方陣を成した。

 やがて、血の色は光を包み込み…………


「ふん!」


 魔王の気合いとともに、上空へと飛んで、炸裂した。


「あ……ああ……」


 ラピュスは絶望に膝をついた。

 自決のために取っておいた最後の力だった。

 最強の光魔法……しかし、魔王にはそれすら通じなかった。


 そう、知っていたはずなのに。

 宮中に乗り込んできたこの男に一度放ち、今のように弾き返されたのを、あの赤き気の前では何もかもが通用しないことを、この目で見たのに。


 軽はずみに思い付いた希望に賭けてしまった。

 これで、自分は、捕らわれた民衆は、どうなるだろう。すべて自分の責任だ。

 償うことなど、もはやできない。


「やってくれますね。やはり、あなたといえどご自分の身はいちばん可愛いとみえる」


「ちが……私は……!」


「捕虜の女たちを全員つれてこい。勝利の宴だ」


 魔兵たちの間から「おおー」っと歓声が上がる。


「待って! おねがい! おねがいします……!  民衆には手を出さないでください! 私は、どうなってもいいですから!」


 必死に魔王の足に取り縋るラピュス。

 そこに、女王の威厳はもはや、ない。


「失望しましたよ」


 足が振られ、ラピュスは絨毯の上に倒れた。


「もう、あなたは女王でも聖女でもない。自分自身の思い上がりで国民がどうなるか、たっぷりと思い知るがいい!」


 ボルドクスが覆い被さり、今度こそローブを引きちぎった。


「いやぁぁー!」


 あらゆる男を惹きつけ、女神と称された肉体が露わになる。


(だれか! だれか、助けて!)


 心の中で、ラピュスは救いを請うた。

 それは彼女にとって、女王として一国を率いることになって以来、初めてのことだった。


 だが、その願いはどこにも届かない…………


 ……ということもなかった。


 実はこのとき、女王にも魔王にも、まったく予想外の現象が起こっていた。


 さきほど空中で炸裂した二つの魔法のエネルギーが、空間に〝裂け目〟を作っていたのだ。

 それは誰一人気付かぬ間に、徐々に広がっていた。

 そして、裂け目は異界へと繋がるトンネルとなり、未知の色が渦巻くその奥から今、一陣の“黒い稲妻”が走り出て、玉座の間に並ぶ魔兵の一人を直撃した。


「ギョォオオオオアアアア────!」


 まさに雷が落ちたような轟音と、凄まじい悲鳴。その場にいた全員が動きを止めて、視線を集中させた。


「な、なん……!」


 ボルドクスにも、何が起こっているかわからない。


 稲妻に撃たれた魔兵は“輝ける闇”に包まれていた。

 全身から色が失われ、光が失われ、ひとつの〝影〟と化した。

 すると今度は、まるで皮が剥がれてゆくかのように、魔兵のシルエットが削れてゆく。


 やがて細身の男を形作ったとき、闇は一文字に裂け、爆ぜた。


「オオッ!?」


 衝撃で、近くにいた魔兵たちが一斉に薙ぎ倒される。


 焼け場の灰の如く、闇の粒子が舞い踊る。


 その真っ只中に立っていたのは、異様な風体の男だった。


 全身黒ずくめ。鎧と思えるものは上腕と脛、そして額に当てられた鉄板のみという軽装。

 容姿は……黒い覆面に隠されている。


「お、お前……一体……」


 隣にいた魔兵が立ち上がり、歩み寄った。

 その首に、光の一閃が走る。

 数瞬の遅れで、魔兵の首が床に落ちた。


 ざわ……魔王軍に動揺が走った。

 赤き気が破られたのだ。

 しかも、黒き男の握る剣は、一メートルにも満たない細身の片刃。


「なにものだ!」


 ボルドクスの叫びが部屋の中に木霊する。

 さっきまでそこにいた己の兵でないことは明白だ。

 魔兵たちも一斉に得物を構える。


「我は闇……」


 夜の底から響いてくるような冷たい声で、男は答えた。


「我は暗黒……我は影……。闇に、影に名は無し。ゆえに、ごく閻魔えんまに問われれば、答えるがいい」


 そう、突然現れたその男は……


「ただ、しのびに討たれて来たと」


 忍者であった!



挿絵(By みてみん)



「ええい! ゴクだかエンマだかシノビだか、なにを言っているか分からんが、邪魔者は殺せ!」


 魔王の号令に兵たちが奮い立つ。

 だが、その気勢は瞬時に“死”へと転じた。


焼滅しょうめつ


 忍者がバンッと床を手で打った。


 その瞬間、ゴウッと何本もの火柱が立ち昇り、周囲の魔兵たちを飲み込んだ。


「アアアアアア────!」


 魔兵の身が、みるみる焼かれてゆく。

 これぞ謎の忍者の必殺忍法“業火の陣”!

 原理は不明だが、大地から炎の渦を発する凄い術だ!


 さらに、紅蓮の壁を裂いて影が飛び出し、乱舞した。


 ザッ──ザッ──ザッ──


 宙に舞う頭、頭、頭…………


 忍者が部屋のなかを飛び回り、魔兵たちの首を次々にねてゆく。

 まさに一撃必殺!


 影が魔王軍を蹂躙していた。

 誰一人として止めることの出来ないその死の旋風は、もはや戦闘ではなく虐殺。まるで先の戦いの再現だった。


 しかも、こんどはたった一人の忍者に──


 ──否、どう見ても二人以上いる!

 少なくとも……五人はいる!

 地の文だから明かせるが、じつは十二人いる!

 忍者おなじみ分身殺法! しかもこの忍者が繰り出しているのは“一人を除いてあとは幻影”などというものではなく、“全部実体”!

 つまり、必殺力も十二倍!!


 強い! 強い!

 あまりにも強いぞ忍者!

 しかし、彼は一体何者なのか!?


「愚問、得体が知れぬことこそ、真の忍なり」


 なんと、この忍者、地の文を読むことが出来るようだ!

 さすが、恐るべき忍者的察知力!


 しかし、キャラには名前が必要だ。

 ここはひとつ、名無しという意味で、この忍者を“無銘むめい"と呼ぶことにしよう!


「好きにせよ」


 好きにしよう。

 かくして謎の忍者無銘により、魔王の兵は全滅した。

 最初に炎を繰り出してから、この間、わずか五秒!


「どういう……ことだ……なにが……!」


 目の前の惨状に狼狽する魔王ボルドクス。

 その背後に、殺気が立った。


 反射的に、ボルドクスは振り向きながら、赤き魔方陣を張り巡らせる。


「がぁ……ッ!」


 小さな悲鳴にも似た呻きが上がる。

 魔王の声だった。


 聖女の光魔法すら跳ね返した陣をアッサリ突破して、刃がボルドクスの腹を貫いていた。

 背後を取った意味がないぞ!


「ばか……な……!」


 細い片刃剣(つまり忍者刀)。それが兵たちを皆殺しにし、自分を串刺しにしたなどと、ボルドクスには信じられるはずもなかった。


 説明しよう!

 魔王が頼みにしていた赤き気は、強い闇属性のバリアである。これは光属性の攻撃すべてを弾くことが出来るのだ。

 そして、闇の力が封印されたこの世界において、住民たちはすべからく光属性をもって生まれ育っていた。

 だからこそ魔王軍との戦いでは、いくら連合兵が攻撃しようとも、赤き気の強大な反発作用を前に一矢報いることすら叶わなかったのである。

 しかし無銘の力は、魔王と同じ闇属性。

 ゆえに、バリアは働かなかったのだ!


「お前……本当に、なにも……のッ!?」


 そんなこと知るよしもない魔王。

 問いを絞り出すその喉から、血が溢れた。


「くどい」


 ザザッ、と刃が左右に払われ、魔王の胴体が真っ二つになった。無愛想にもほどがある。


 と思ったら、さらに縦切りで四つになった。

 

 からの連続斬りで、八つになった。


 それが十六に、三十二に、六十四に……倍々ゲームの勢いでどんどん細切れになってゆく。


「滅!」


 一,〇二四ピースになったところで、無銘は両手でいんを結んだ。


 ごうっ、と魔王の切り身がまとめて火だるまになる。

 魔王のたたき、一丁あがり!


「否」


 ……というわけではないらしく、「滅」と言ったとおり、千の肉片は本当に塵も残さず、消え去ってしまった。


 魔王の消滅に呼応して、魔兵の死体も塵になってゆく。ここからでは分からないが、大陸全土で同じことが起こっていた。

 世界は忍者に救われたのである。


「あの……」


 途中から完全に放っておかれていたラピュスが、ようやく立ち上がって無銘に声を掛けた。

 美しい肢体を、ぼろ切れでなんとか隠している。


「あなた様はもしや、預言書に説かれた“絶対の闇”なのでは?」


なんじらが卜占ぼくせんは知らぬ」


 そういうと、無銘は首に巻いていたマフラーを解き、軽く振った。

 すると、バムッ、と小気味よい音がして、マフラーは一枚の大きな布に変じた。


「なれど、我は忍なれば闇、暗黒、そして影……」


 その布で、無銘は女王の身体を包む。

 なんともジェントルなニンジャだ(無愛想過ぎるのが玉にきずだが)。


「ありがとうございます……あの、せめてお名前を──」


「さらば」


 そう言うと、無銘はどこへともなく消え去った。

 あとに残されたのは、惨状の跡を残す静まりかえった玉座の間と……


「……素敵なお方」


 謎の忍者にコロッと陥落された聖女であった。



  『異世界サプライズ忍者烈伝 必殺忍者 無銘

       ~影は蹂躙し、聖女は闇に堕ちる~』 完

 お読みいただきありがとうございました!


 軽く解説しておくと、本作は【サプライズニンジャ】理論をあえて用いつつ、一定の伏線や、忍者登場の理由づけを加え、あくまで小説の体裁を維持することに努めながら執筆した習作です。

 目標としては確固たる世界設定を考えつつ、それを忍者の登場によって【自然な流れで台無しにする】ことでした。


 以前ネット上で開催されていた【サプライズニンジャ・コン】とは無関係です。


 トンデモナイ話だったでしょうが、感想、評価、どうぞよろしく!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 中盤にあるあのタイトルはズルい 改めて読むと絶対の闇が何なのか説明が無い以上確かに忍者でも何の問題もない 突発ネタとしては面白くても何回も繰り返せるネタではなく、本当にシリーズ化しようとし…
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