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旧世界バ美肉おじさん

作者: よしだおじさん

「暑い日が続くがこれは着ていかなきゃならない、じゃなけりゃあっという間に病気で死んじまうぞ。」

30を数年ほど前に過ぎたであろう男は若者にそんな事を言っている。

「暑がる気持ちは分かるがな。」

男は苦笑しながらもかなり厚みのある作業着を着こんでいく。


男は埼玉区画Aと高地の者たちが呼ぶ水浸地帯の作業区画の責任者である。

責任者といっても上から落とされるのは日々を過ごすに漸く足りる程でしかないのだが。


直下の部下を数人従え、男はもう何年も担当した区画に行く。

やることは水浚いでしかない。ただし、熱暑のなか湖の様な場所をひたすら水を吐かせていく作業というのは度々、死の危険に晒されるというものだと男は理解していた。


部下に指示を出し他の大勢の統制を取らせ、自らもその部下と同じように行動していく。


そんな変わらない日々の中、珍しくある報告を男は受けていた。

謎の扉がある、というものだ。


このご時世に閉じている扉を開くというのは危険な行為だ。男は指示を飛ばして大量の水が飛び出てくる事態に備え、扉を自ら開けた。


覚悟していたものはやってこなかった。男は気概を却って削がれていた。

「ほら、散れ散れ!作業に戻れ!中は見ておく!」


気概を削がれていた男は一方で興味を抱いてもいた。

"中に何があるのか?"

男は不思議で堪らなかった。


大変暗く静謐さを感じさせる空間だった。

ひんやりとしており、自分の心音や呼吸の音がまざまざと聞こえる。そんな空間。


ヘッドライトを点灯させた男は見たことの無いものを見る。

男に判別できる知識は無かったがそこには大量のケーブル類が転がり、吸音材が壁の大部分を占めており、部屋の奥のデスクの上にはモニターとパソコン一式とマイクが置かれていた。


明らかに旧世界の遺物だ。

男は可能な限り水気を払う、幸いな事に汗はこの空間の静謐さの影響か引いていた。

旧世界の遺物が弱いらしいことを男は上の者の言動で知っていた。


デスクを調べるべく男は足を進める。

棚を開くと"トラッカー"の姿が見えていた。


「なんだこいつは?」

そんなぼやきが出る。明らかに何かに巻く構造になっていることは見て取れた。

見ても見ても正体が分からずにデスクの上に置いた男はカチッと何かを押してしまったことを悟った。


瞬く間に隣の箱から音が聞こえ目の前のモニタに光が付く。

あまり気にはしていなかったが複数枚のモニターがあったようだ。


一枚のモニタには酷くデフォルメされたかわいらしい女が動いていた。

それどころか自分の頭の動きに合わせて動いていることに気付いた。

他のモニタにはよくわからないステータスがびらびらと並んでいる。


男は自分の動きに従うこの女の絵を一目で気に入ってしまった。

こんな絵は見たこともなく、しかし愛らしく自らの動きに合わせて動いている。

まるで従えた犬のようだと男は思った。



後日、男は上には報告しないまま改めて訪れた。

ここに置かれているものの研究をするためであった。

男はこの女を独り占めにしたいと考えていた。

そんな日々数度ほど繰り返した頃、男はマイクの存在理由に気付き、他の画面に映っているステータスの存在理由にも気付いた。


男は自らが勘違いしていたことに気付いた。これは、この女は独り占めできる存在ではなく、寧ろ自分がその存在になり替わるためのアバターだということに。


男は悩んだ。別に女に産まれたいと思ったことはなかった。そんなことを考えたことすらなかった。この女を独り占め出来ないなら、この作業に意味はないのではないか。


考えた末に男は、もう一枚のモニターを見る。コイツに描かれているステータスを男は未だに理解できていなかった。これを理解してからでもよいだろうと。それから考えても良いだろうと、楽観的に考える。


数日後に男は誤操作で最終手段だと踏んでいた赤いステータスを押した。

すると"配信"が始まった。


男は知らぬことだが、今の世界は旧世界のマニュアルだけが残り、おおよその意味も分からないまま、旧世界のシステムをキープしようと躍起になっている世界だ。

つまり、上の者もよく分かっていないままシステムを使っていた。


自分が画面に映り良く分からないまま女性の声で喋る。赤いステータスの写っていた画面に変化が訪れる。

「可愛いですね」

そんなコメントが流れていく。

その数が少しずつ増えていく。

このコメントは可愛いと言ってくれている。男は夢を壊してはいけないと思い必死に女の子の振りをする。

コメントの量が増えていく。

スパチャと呼ばれるものも流れ出した。

男はこの時は気付かなかったが確実に快楽を覚えていた。

おじさんがちやほやされる。そんな快楽。


それから時間を経て、

バ美肉おじさんと自称しだした男は配信活動によって収入を確保できることに気付いていたし、そのクオリティを上げるべく、色々な数値を自由自在にいじれるようになっていた。


十数年後、水の捌けたその土地にはちいさな村が出来た、どうもその村の村長にはおじさんと呼ばれる役職が与えられるようになりましたとさ。めでたしめでたし。

どうやって中に水が入ってる扉が開くんだよとか海抜が読めないのに可愛いが読めるのかとか収入ってどうなってんねんとか世界観どうなってんのとかそんなことはすべて細かい事なので気にしてはいけないという暴論を提唱します。

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