必要な理由
食事の風景、と聞いて思い浮かべる形は十人十色だろう。
家族と囲む暖かい食卓、仲の良い友人と一緒に寄ったファミレス、親友と、同僚と、恋人と。
僕の食事とは、孤独なものだ。
家でも、学校でも、一人で食べて、味の感想も何も言わず、食べ終えたら食器を片付ける。
それだけの行為だ。 問題なんて無い。
だが、悩みはある。
食後には妙な感覚に襲われるのだ。
腹は満たされてるのに、何かが足りない、埋められない穴が胸に開いたような感覚。
これをどう言えばいいのかも僕には分からない。
何に使うのか分からない備品が棚に並ぶ倉庫の中、僕は弁当を開いていた。
だが、一向に口に運ぼうとはしない。理由は簡単だ。
「夕人君てさ、好き嫌いとかある?」
隣に座っている西園が、問いかけてきた。
嬉々として見つけた穴場を彼女にバレて、なりゆきで昼食を一緒にとることになった。
緊張と不安で食欲すら湧いてこない。
「……辛いのは嫌いかな、好きな物は……特に無い」
「へー。 辛いもの好きそうなイメージだけどなぁ」
「あのさ」
またとない機会だ。昨日からずっと抱いてたある疑問を、彼女に訊いてみるとしよう。
「ん? 何かな?」
不思議そうに、それでも楽しそうな、好奇心を擽られた子供のような幼い表情で、彼女が僕を見る。
「教えてくれない……昨日の放課後に言ったことの意味」
「言ったことて? 何かな?」
「だから……」
気恥ずかしくなって、言葉を詰まった。
「『生きてて欲しい』……てやつ」
「……何だ。 そんなことか」
彼女が、退屈そうにため息をついた。
「生きてて欲しいから、生きてて欲しいんだよ」
平坦な調子で言ったそれは、僕が納得いく答えでは無かった。
これで納得のいく人間がいるのだろうか。
「そんなの……理由にならない」
「そうかな」
「そうだよ」
苛立ちからか、刺々しい口調になっていく気がした。
いけない、感情を表に出しては。
普段のように、自分を押し殺せ。
「僕が生きてて、何のメリットがある訳……僕なんか、いようがいないが、何も変らない」
常々に思ってた事だけど、言葉にしたら空しさが胸に残った。
俯きそうになったが、昨日の彼女の言葉が耳に蘇った。
『目を見て話そうよ』
真剣に、逸することなく彼女の水色の双眸を見つめる。
「……」
西園は何も答えない。
何も言わず、僕を見つめる。
「似ているから、かな」
ゆっくりと、確かめるように彼女は言った。
僕といえば首を傾げた。
『似ているから』、主語も抜けたその文だけでは、彼女の意図も何も理解は出来ない。
彼女が続ける。
「夕人君と私が……似た者同士、だったから」
自分の耳を激しく疑った。
僕と彼女が似ている? 才色兼備の人気者で、皆から愛されている彼女と、何も持ってない空っぽな、誰にも必要とされない僕、雲泥万里の差がそこにはある。
「似てるて、どこが?」
彼女に問いかける。
今度の返事は早かった。
「世界が嫌いなところ、だよ」
それを言う彼女は、笑っていた。
昨日見た冷たい嘲笑でも、いつもクラスの中で振り撒いている華やかな笑顔でもない。
儚げで、淡くも暗い影を落とした微笑みだった。
「教室で退屈そうにしてる夕人君の顔見て思ってたんだ、『世界なんて終わってしまえ』て考えてるんだろうなぁって」
幾つもの感情が湧き上がり、氾濫した。
彼女に表情を観察されていた事に羞恥を覚えた。
自分が退屈を顔に出していた驚き。
『世界なんて終わってしまえ』、そんなことを願っているのか、という自身への疑念。
「ははは。 難しい顔してる」
軽い調子で彼女が笑う
「意味を教えて欲しい言葉なら、私にもあるよ」
困惑している僕を置いてけぼりにして、次は自分の番だというような口ぶりで彼女は言った。
「夕人君、ずっと前に言ったよね、」
彼女が話し始めると同時に
キーンコーンカーンコーン
昼休みの終わりを告げる鐘が、彼女の言葉を遮るように鳴った。
「ヤバッ、じゃあね。 先教室戻ってる」
駆け足で彼女は倉庫を出て行った。
出る時はゆっくりと、辺りに注意しながら。
僕も急いで教室に向かおうと昼食の片付けた瞬間、
「あ」
重大な事実に気が付く。
「……弁当食べれなかった」
空腹に耐えながらも、僕は午後の授業を乗り切り、無事に放課後を迎え真っ直ぐ帰路を歩んだ。
その間、西園と一度も会話はしなかった。
「ただいま」
家のドアを開けると同時に言った。
返事は無く、虚しく挨拶が廊下に響くだけだった。
部屋に荷物を置き、リビングへ向かう。
テーブルには夕飯が置いてあった。
一緒に食べるために持ってきた、今日食べ損ねた弁当をその隣に置く。
少しばかり豪勢な気がした。ちっぽけな人間だと、自分が笑える。
「ご馳走様」
食器をシンクへと持っていき、洗う。
キッチンには、水道の流れる音、スポンジの擦る音、食器が水を受ける音と、様々な音が響く。
人の話し声はしない。
全て洗い終え、乾燥機にかける。
この後をどう過ごそうかとぼんやり考え始めた時、あれが襲ってきた。
何かが足りない、埋められない穴が胸に開いたような感覚。
食後に起こる、不穏な胸の空白。
原因は分からない。時間が経てば勝手に治まる。
早く、消え去ってくれ。
そう思っていると、勝手に今日の昼休みを思い出した
西園に見つかり怯え、なりゆきで昼食を一緒に食べるも緊張して食欲も湧かなかった。
疑問を解消しようと質問をするも、理解出来る答えは出ず、疑問が増えただけ。
そして、昼休みは終わり、弁当は一つも口に出来なかった。
踏んだり蹴ったりで、散々な昼休みだった。
でも、嫌じゃなかった。
「そうか……」
やっと、この何かが足りない、胸の空白の原因が分かった。
分かってたんだ。 気づいてたんだ、心のどこかで。
僕は
「寂しいんだ」