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ちっぽけな隠れ家

 昼休み前最後の授業中、身が入らず昨日の出来事を思い出していた。

 放課後、誰もいない教室の中で交わした西園との会話。

 思い出してみても、現実味を感じられない。夢ではないかと錯覚しそうになる。

 それでも


『夕人君が必要だから、生きてて欲しいんだよ』


 あの言葉だけは、鮮明に記憶に刻まれている。


「はい。今日はここまで」


 先生の言葉とほぼ同時に、昼休みを伝えるチャイムが鳴った。

 教室内がガヤガヤと騒がしくなる。

 弁当と荷物を持ち、すぐさま教室を出た。


 ごく普通に学校生活を送る生徒の昼休みとは、憩いの一時だろう。

 僕にはそうでない。

 弁当を食べようにも、教室の中は重苦しい気分になる、空き教室はどれも他の生徒に占領されてる。

 平穏に昼食を取る、それだけの行為も、僕のような人間にとってはハードルの高い事だ。

 入学したての頃は難儀したが、今の僕にその心配はない。

 暗中模索の中、ついに辿り着いた〝穴場"があるのだ。


 一階東側の廊下を、奥へと進む。

 生徒や先生を含め、人間の気配は全く無い。

 ここら辺の教室は、昼休み中に利用するものは、殆ど無い上に入れない。

 暫くすると、ある部屋を前に足を止めた。

 周囲を見回す。誰も見ていないようだな。

 出来る限り俊敏に、かつ音を立てないように、その部屋に入った。


 部屋の中は、外の光を入れる窓が無いため真っ暗だ。

 電気を付ける。

 光によってあらわになった室内は、いくつもの絵や演劇に使う小物などが、整頓され棚に入っていた。

 ここは倉庫室。

 文化祭や学校行事に使う備品を収納する為に使われてる。

 普段は誰も近寄らず、それなりのスペースもあり、昼休みを過ごすには不便はない。


 勝手に昼食を取るのに利用していいのか?

 そう聞かれれば後ろめたい気持ちになって、俯いて黙ってしまうだろう。

 けど、こうした空間が、僕に僅かにでも心の安寧をくれる。

 勝手に空き教室に入って、戯れてる生徒なら他にもいる。

 世界が壊れるわけでもないんだ。

 僕にもこれくらいの我儘は許して欲しい。

 稚拙な主張だと理解してる、でも人の見てない所まで誠実さを貫けるほど、僕は綺麗にも、強くもなれない。

 本当に性根から弱い人間なんだ。

 適当なスペースを見つけ座り、弁当を開く。


(いただきます)

 

 心の中で唱え、さあ、待ちに待った昼食の始まりだ。


「あれ~? 何してるの?」


 全身が針を刺されたかのように硬直した。

 背後から、穏やかで透き通った、意地の悪い語調の声が聞こえた。

 この感覚、昨日と全く同じ……


「こんな所で何してるの? 夕人君」


 頭上から声がし、そっと頭を上げる。

 いつも間にか室内に入ってきた西園が、僕を見下ろしていた。


「……何でここに」


「夕人君と少し話したくて、声を掛けようとしたら大急ぎで教室出てくからさ、後をつけてみたの」


「……」


「ちゃんと、周りをよく確認しなきゃダメだよ」


 最悪の事態だ。 

 

「この倉庫使えたんだ。 友達にも教えようかな」


「はぁ!?」


 思わず声が上がった。

 ここが取られたるのはまずい。


「ふふっ。 冗談だよ、そんなに焦らないで」


 そう言って僕を眺める彼女の眼差しは、獲物を眺める獣、とでも言うべきだろうか。

 慄く弱者の見てその無様な姿を楽しんでる、そんな印象だった。


「多分、昼休みにいつも使ってるんでしょ?」   


「……うん」


 彼女に嘘が通じる気がしないので、正直に答えた。


「大切な場所なんでしょ、ここ。 それを奪うのは可愛そうだからね」


 彼女が一旦言葉を区切った。 不穏な間が場に降る。


「例えば……先生に言って使用禁止になるとか」


 僅かにだが、動揺してしまった。

 使用禁止の言葉にじゃない、先生に言うという部分だ。

 教師にここを勝手に使ったのがバレるのは、退学まではないだろうけど、変に目を付けられかねないだろう。

 もしかすると今僕は、彼女に大きな弱みを握られてるんじゃないか。

 普段の彼女を見ていれば、そんな非道な真似はしないと思えた。

 だが、昨日今日の、彼女の新たな一面を知ってからは、否定も出来ない。


「くすっ。 顔真っ青だね」


 無邪気な声で彼女が笑った。

 その声調から、この状況を楽しんでるという心境が伺える。 


「夕人君て案外表情豊かだよね。 昨日はりんごみたく真っ赤になったと思ったら、今日は真っ青になって」


 楽しげに語る彼女の言葉に、揺さぶられてる自分が、憎くて堪らなかった。

 

「そうだ。 夕人君にちょっとお願いがあるなぁ」


 全身に悪寒が走る。

 『お願い』、その一言だけで脳が恐怖と不安に支配された。

 一体何をさせられるというんだ。 金を渡せとか? まさか万引きの強制……。

 恐ろしい予想は湧き溢れてくる。


「私と、昼ごはん食べてくれる?」


「……へ?」


 その『お願い』は、どの予想にも当てはまらない、絣すらない内容だった。

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