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知らない世界の歩き方  作者: ハンスシュミット
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第02話 彰浩の場合

”世界”の広さとは。それは、”世界”をどう定義するかによって個人ごとに変わってくるだろう。"世界"を、自分の住んでいる国、日本とするなら378000キロ平方メートルであるし、地球を指すのなら510,100,000キロ平方メートルになる。地球を超え、はるか銀河、いや宇宙そのものを指すのであればその数値は飛躍的に上昇する。


けれど、アンドロメダの彼方まで”世界”と定義するには人間の行動範囲はあまりにも狭い。必然、”世界”は自分の与り知る範囲の事を指すことになる。その定義で言うのなら、僕の”世界”はこの6畳の部屋の事になる。


目が覚めた。起き抜け一番に視界に入るのは、見慣れた自室の天井だった。壁にかかった時計をみると、時刻は昼の2時を回っていた。


眠気眼を擦りながら自室のドアを開ける。すると、床には昼食の載ったトレイが置いてあった。それを拾い上げ、ドアを閉める。子供のころから使っている勉強机にトレイを置き、昼食を貪る。


僕の生活はもう何十年もこんな感じだ。”世界”の外の人たちが起き出す頃にベッドに潜り、彼らが学校や会社で精力的に活動している時間帯に起き出す。飯は既定の時間に母親が作っては僕の部屋の前に置いておく。食べた後はトレイを同じように置けば、また次の飯の時間に置いてもらえる。起きている間は主にネットサーフィンをして時間を潰し、お天道様が昇るころにまたベッドに潜る。


これが僕の世界、僕の活動はこの部屋だけで完結する。歩けば3,4歩で世界の端から端まで手が届く。部屋の外に出ることなど稀だ。最近はネット通販も便利になり、外に出る機会などほとんどない。


僕は、自分の背後にまるで垢のように堆積する部屋のガラクタたちをチラリと見る。漫画やラノベ、プラモやゲーム、それらが僕の活動圏をさらに狭めている。いつか、このうず高く積まれたガラクタたちに押しつぶされるかもしれない。そう思っていても、僕には危機感もなければ、外へ出なければという焦燥感もなかった。


こんな僕とて最初からこんな生活を送っていたわけではない。自分の手をいくら伸ばしても端になど届かないほど世界の広さを実感していた子供時代はあった。無限に続く青空は、まだ見ぬ将来への期待にどこまでも応えられるほどの広がりを見せていたことを覚えている。あの時、空へと伸ばした手は小さく、細かった。今では、ずんぐりと太い幹のような不格好な手となってしまったが。


全ての転機は中学校に入学してからだった。僕は、当時同じクラスメイトの不良グループにイジメられた。イジメられた原因は今でもよく分からない。顔が気に食わないだとか、アニメ見てるのがキモいだとか、鈍くさい喋り方がイラつくだとか、散々言われたが、結局のところ明確な理由なんてなかったのかもしれない。憂さ晴らしのターゲットにたまたま選ばれただけ。彼らにとってはただの賽の目の巡り合わせ程度のことだろうが、イジメられた本人にとっちゃ堪ったものではない。


結局、僕は中学校のほとんどを不登校で過ごし、イジメられたことがトラウマとなり高校に進学もできず、かといって就職もせずに今に至る。あれだけ広かった青空は、今では窓ほどの大きさに区切られてしまっている。僕は世界から拒絶され、この小さな世界へと押し込められてしまったのだ。


けど、僕は自分の境遇をそれほど悲観してはいなかった。責任も義務もなくただ漫然と時間を食いつぶす生活は、刺激こそ薄いが、落ち込むことも苦しむこともなく平穏でいられる。それに、たとえこの狭い部屋にいたって世界の広さを知る方法はある。インターネットである。


パソコンを点け、回線を繋げば、僕はたちまち全世界と繋がることができる。この部屋から一歩も外へ出ないのに、僕は外国で起きた凄惨なテロ事件の詳細を知ることもできるし、ペットの面白動画を見て腹を抱えて笑うこともできる、なんならどっかの掲示板に昨今の政治に関しての批評だって書けちゃう。そう、僕はなんら束縛なんてされてないのだ、電子の海の中を僕はどこへだって泳いでいける。


最近、ネットサーフィンをして見つけたものの中で特にハマっている物が二つある。それは、グループチャットとネット小説だ。


ある日、まるで導かれるように入室したチャットルーム、そこで僕は彼らと運命的な出会いを遂げた。『Haec Incarnatus』と名付けられたチャットルームには、広い世界を感じさせる優秀な人たちが集っていた。某有名国立大学の在校生や、弁護士など眩しくなるような経歴の面々である。


かくいう僕も、そのチャットルームの中では相応の肩書を使っている。だって、40手前の引きこもり無職だなんて、その場で言えるわけがないじゃないか。だから僕は新進気鋭のIT会社社長と名付けられた虚飾の仮面を被って、今日もチャットルームにやってきた。


このチャットルームでは日々多種多様な話題が取り沙汰されている。政治、経済はもちろん芸能や下世話な噂話まで枚挙に暇がない。アニメやゲームに関する話題が上げられる時は、しばし僕の弁舌は熱くなる。今日は、異世界転生について話し合っていた。昨今、そのネタを用いた小説が非常に注目されている。流行に敏な僕らも、話題にせずにはいられなかった。


チャットルームの主が、「異世界転生したらどうなりたい?」と話題を振ったので、みな思い思いに語っていた。


「デュフフ、某はキャワイイ女の子侍らせて、剣に魔法に大活躍する勇者になりたいでふ」


そう僕は書き込む。あえてキモオタっぽく書くことで、自分の機知を知らしめる。


異世界転生してなりたい姿、それについて僕は具体的なイメージを持っていた。それが、もう一つハマっているものであるネット小説に関係している。


ネット上に小説を投稿したり閲覧したりできるサイト『異世界へ行こう』という小説サイトに掲載されている小説、タイトルは『僕みたいなキモオタが異世界に転生してチート魔術を手に入れて女の子とウハウハしちゃってイイんですかぁ!?』という。


その小説の主人公は、まるで僕を生き写ししたかのような境遇と性格だった。そんな主人公がある日交通事故に遭い、異世界で転生するという話。しかも、転生した際にチート魔術を手に入れて、モンスターや悪漢相手に無双し、女の子にモテまくるというご都合かつ爽快なストーリーが僕を釘付けにした。


「『くらえ、復讐の業火、ブレイズストーム!』 俺が唱えると、手からボボボボボと火が出て、モンスターを焼いて、女の子は無事だった。『勇者様かっこいい! 抱いて!』年頃の女の子が抱いてということは、それは抱擁ではないはず。抱擁でないはずならつまりは性交渉の了承と受け取るぼが必然だと年頃の男子は思うわけで。『デュフフ、こんな僕でいいなら喜んで!』」


更新された『僕みたいなキモオタが異世界に転生してチート魔術を手に入れて女の子とウハウハしちゃってイイんですかぁ!?』の最新話を読みながら、小説の中の主人公と自分を重ね合わせる。僕だってこんな人生を送りたかった。僕の憧れを一身に受ける主人公は、なんの苦労もなく女の子にモテまくって、いい気になって。


そんな益体のない日々を送っていたある日、僕に荷物が届いた。いつものように昼食を取ろうとした時、トレイの横に小包が置かれているのに気付いた。


ネット予約したラノベの発売日はまだ先だし、この小包はなんなんだろうと首を傾げる僕は、差出人の名前を見てハッとした。『Haec Incarnatus』、そう書かれていた。


昼食のトレイを置き去りに、荷物だけ取って僕は慌ててドアを閉めた。僕は混乱していた。なぜ『Haec Incarnatus』から荷物が届いたのだ。僕の虚飾で固めた仮面が看破されている、そう察した。


高鳴る鼓動を抑えつつ、僕はとりあえず荷物の中身を確認した。


中には、ガラス製の小瓶に入った薬品?と手紙が入っていた。先に薬品の方を調べてみる。手のひらに収まるくらいの小さなガラスの小瓶に、銀色の液体が詰まっていた。銀色の液体は冷たく輝いていて、まるで抜き放たれた刀剣を思わせた。その不気味さに、僕は戦慄く。中学すらまともに卒業していない僕では、その薬が何であるのか見ているだけでは分かるはずもなかった。


次に、手紙を読み上げた。僕は、この荷物の送り主があのチャットルームの誰なのか、なぜこのようなものを送ってきたのかの理由が書いてあると期待していた。しかし、僕の予想に反してその手紙は簡潔に以下の内容しか書かれていなかった。


"これを飲めば、あなたは自分が望むあなたに生まれ変わることができる。希望のない世界を諦めますか?"


この手紙が何を言いたいのか理解できない。これでは送り主の真意がまるで読み取れない。ただ…。


この手紙の言葉が、妙に自分の頭の中で響く。『望むあなたに生まれ変わることができる』、そのフレーズは僕を妖術のように魅了する。


僕が望む僕、それは『僕みたいなキモオタが異世界に転生してチート魔術を手に入れて女の子とウハウハしちゃってイイんですかぁ!?』の主人公のようになること。異世界で女の子にモテモテになること。この両手が届かないくらい広い世界を自由に駆け回ること。


ふと、自分の左手が何かに縋るように窓の外へ向けて伸びていることに気が付く。今の生活に悲観していない? そんなの嘘じゃないか。他者を騙すために被っていたペルソナが、いつしか肥大した肉に埋まり、自分自身の本心すら隠していた。僕はこんな狭い世界で、見飽きた天井を見続ける人生なんてコリゴリだ。いつか見たあの広い青空の下にまた戻りたい。


伸びていた左手を、鬱屈と一緒に机に叩きつける。僕は泣いていた。惨めな自分を憐れんで。左手を叩きつけた衝撃で、ガラス瓶の薬品が大きく波打つ。刀剣を思わせる冷たい液体が、今度は魅惑的な銀細工を思わせるように艶やかに光る。波打つ液面は、まるで僕に飲んでほしそうに誘っている。


希望のない世界を諦めますか? 手紙のフレーズが頭の中で木霊する。


「希望のない世界を…僕は…」


頭の中にいろいろな情景が思い浮かぶ。まだ見ぬ将来に期待していた子供時代、不良共に暇つぶしで滅茶苦茶にされた僕の青春時代、そしてそれがトラウマで外に出ることもできず、ただ毎日漫然と過ごし、小さな子供部屋のガラクタと体重だけを貯め続ける悲惨な青年時代。こんな希望のない人生、固執する意味などあるか?


左手に握られた小瓶が、冷ややかな感触を僕に返す。そして決心がついた。


「こんな世界、諦めてやるっ」そう言い、ガラス瓶の中の液体を一気に飲み干した。


途端に、僕の視界はあの見飽きた天井を写す。自分が仰向けに倒れたということに、一瞬気付かなかった。急速に、自分の体から力が抜けるのを感じる。冷たい、寂しい、もしかしてこれが死ぬって感覚? 恐怖する暇もなく、僕の意識は遠い遠いどこかへと連れていかれていくようだった。



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次に目を覚ました僕が見たのは、今まで見たこともない天井だった。木目の天井、キャンプ場のロッジのような作りの家だった。思わず、その馴染みのない天井に触ろうと手を伸ばすが、そこで違和感に気付く。僕の手が、短い。いや、短いというよりこれは…まるで赤ちゃんの手じゃないか。


思わず驚きの声を上げる。その声もまた赤ん坊のそれだった。僕の上げた声に反応したのか、パタパタパタと誰かが近づく足事が聞こえる。そして、その近づいてきた人物は僕を抱え上げてしまった。一気に高くなる視点、僕の小さな足は床を、ベッドを、はるかに越えて高い位置まで来てしまう。


「おー、よちよち。イイ子ですよぉ、私のカワイイ赤ちゃん」


僕を抱き上げた女性は、優しそうな笑みを浮かべながら僕をあやす。その女性は僕よりずっと若かった。もしかして、この人は。


「赤ちゃん、起きちゃったのかい?」


男性が、抱え上げられた僕の顔を覗きながら言った。この人も僕より若い。


「ええ、あなた。せっかく寝付いたと思ったのに、悪い夢でも見たのでしょうか?」


女性が、僕の頭をなでながら言う。そうか、この女性は僕のお母さんなのか。そして、そっちの男性はお父さん。そして、僕は…赤ちゃんに生まれ変わったのか。いや、もしかしたらこの母親が言ったように、子供部屋に籠城していた無職の引きこもりの人生そのものが、ただの悪い夢だったのかもしれない。


「前に村長さんが言ってました。魔王が討伐されて数十年、そろそろ次の魔王が生まれるんじゃないかって。もしかして、うちのアキヒロはその嫌な予感を感じ取ったんじゃ…」


「魔王が生まれたとて、恐れることはないよ。魔王あるところに勇者あり。案外、うちのアキヒロがその勇者かもしれないぞ?」


お母さんとお父さんは僕を見ながら何かを話す。魔王? 勇者? いい大人がゲームの世界の単語を至極真面目に語るなんておかしいぞ。そこで僕はもしや、と思い至る。


ここは異世界なのか? これは、最近流行りの異世界転生というものではないのか。あの銀色の液体は、僕が望んで止まなかった世界を与えてくれたのではないのか。


事態を把握した僕はあまりの嬉しさに快哉を上げる。といっても、子供の未発達な口から出るのは、不明瞭な鳴き声のようなものだったが。


「アキヒロがなにか喜んでいるようだな?」


「ふふ、もしかして本当にアキヒロは勇者なのかもしれませんね」


「ところで、疑問に思っていたのだが。なぜアキヒロ、などという名前を付けたんだい。そんな名前聞いたこともなければ、まるで考え付くこともないのだが」


「そう言われればなぜでしょう? この子を最初に見た時、なぜかその名前が浮かんだのです」



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それから僕はすくすくと成長した。その過程で、この世界の情勢というのも少なからず学習できた。まず、この世界には呪文や魔方陣を使うことで魔術と呼ばれる超常現象を発生させられること。大陸を隔てる大山の向こう側には、人間を捕って食う魔族と呼ばれる悪いやつらがいること。その魔族の中で非常に強い個体、『魔王』と呼ばれる存在がおよそ100年周期で誕生すること。そして、その魔王の誕生に前後し、『勇者』と呼ばれる魔王を討ち滅ぼす存在が生まれることを知った。


この世界の事を知るたび、僕は感動に身体が震えた。まさに、僕が夢見た『僕みたいなキモオタが異世界に転生してチート魔術を手に入れて女の子とウハウハしちゃってイイんですかぁ!?』の世界そのものじゃないか。あの怪しい銀色の薬は完璧なまでに僕の願望を叶えてくれた。そして、何より僕が切望していたものまで手に入れさせてくれた。それは…。


「アキヒロ、さっさと来なしゃいっ!」


僕の前を歩く小さな女の子が、僕を睨みながら言った。


この女の子の名前はミレニア。僕の家の隣に住んでいる、いわゆる幼馴染だ。僕らは今年で5歳になり、好奇心旺盛なミレニアはよく近所の山に探検に行く。僕を従えて。


やっぱり、人生には可愛い女の子が必要だよね。今はまだ幼すぎて手を出す気にはなれないが、クリクリと大きい瞳と整った顔立ちを見れば、彼女が年を重ねれば見目麗しい乙女に育つことは疑いようがなかった。思わず、顔がにやけてしまう。


「変な顔してどうしたの、アキヒロ?」


「う、ううん、何でもないよ。それより、これ以上山の奥に行くのは危ないよ」


気付いた時には、僕らはかなり山を登ってしまっていたようだ。ミレニアの有望な将来に心ときめかせているうちに、例の鉄の板、お父さん曰くモンスター除けの魔方陣が描かれた罠だそうな、を通り過ぎていた。ここから先は、いつモンスターに遭遇してもおかしくない危険地帯だ。僕は、ミレニアに引き返すよう進言するが、彼女はまるで聞こうとしない。


「いや! ミレニアもう大人だから、モンスターなんて平気だもんっ」


「でも危ないよ、モンスターに出くわしたらどうするの」


「ミレニアがやっつけるもんっ」


そう言ってミレニアは、勇ましく木の棒を振るう。その勇壮さにモンスターが怯えて退いてくれるのなら、どれだけ頼もしいか。


突如、獣の咆哮が辺りの空気を震わせる。モンスターだ。かなり近い。僕はミレニアに再度帰るよう説得する。きっと彼女もモンスターの気配を感じて怖気るはずだ。しかし、僕の予想は外れた。


「アキヒロ、こっち! こっちにモンスターが!」


ミレニアはモンスターの雄たけびのした方向へ走っていく。ああ、なんてことだ、まったく。僕も慌てて彼女の後を追う。木々を抜け、草を突っ切り、枝に顔を打ち付けながら走った。


そして、ようやく彼女に追いついた。だが、それは最悪の事態の一歩手前だった。


彼女は尻もちをついていた。その彼女の目と鼻の先に、モンスターがいた。三つ首を持つ巨大な犬…ファンタジー世界で広く知れ渡っているモンスター、ケルベロスだ。三つの首は、今しがた飛び込んできた柔らかそうな肉に興味津々だった。鋭く生えた牙の間から、赤々とした舌が踊るように滑る。


「ミレニア!」


僕の叫びに、ミレニアが振り返る。恐怖と絶望に染まった顔だった。ケルベロスが弾かれたように動き出す。彼女の頭に、その三つの首が齧りつこうとしていた。ああ、そんな。僕のハーレム計画が。チート魔術で女の子にモテモテになるはずじゃなかったのか。目の前で幼馴染が死ぬなんて、こんな鬱ストーリーとか勘弁してくれよ。


ふと、思い至る。この世界が、僕が望んだ『僕みたいなキモオタが異世界に転生してチート魔術を手に入れて女の子とウハウハしちゃってイイんですかぁ!?』の世界なら、僕にはチート魔術が備わっているのではないか。根拠なんて何もないが、なぜかその時の僕はできる、と確信していた。魔術を使って女の子を助ける。それこそ、僕があの希望のない世界で夢想し続けたシチュエーションじゃないか。


ミレニアに伸ばした手を、ケルベロスに向ける。あの小説で主人公がやったことをやればいいんだ。たしか小説では、炎を召還していた。復讐の業火とか、なんかそんな感じの。強くイメージする。


「復讐の業火、ブレイズストーム!」


力強い言葉に呼応し、右手に不思議な力が宿るのを感じた。そして、その力は一気に放出される。


ゴオゥ!


僕の右手とモンスターの間の空気が爆ぜ、業火がケルベロスを飲み込んだ。瞬く間に、炎に飲まれたケルベロスは黒き灰となり、消滅した。


「ア、アキヒロ…魔術が使えるの?」


涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭いつつミレニアが聞く。


「う、うん…。なんか使えちゃったみたい」


炎を吐き出した右手を眺めつつ、漠然と答えた。魔術が使えたことに、なにより自分が驚いている。そして、自分がこの世界の、形容するなら神と呼ばれるような存在に愛されていることを確信した。希望のない世界を捨て、こちらの世界に蘇った僕は歓迎されているのだと。


「でも、アキヒロ呪文唱えなかったよね?」


「そ、そうだね」


「呪文も詠唱せずに魔術が使えるなんて…もしかしてアキヒロって勇者なの!?」


ミレニアが興奮しながら聞いてくる。勇者、そうなのかもしれない。いや、そう願えば現実になることを僕は今の経験で学んだんだ。僕は勇者、そして世界中の女の子を侍らせてハーレムを作るために生まれ変わったんだ。


「うん、僕は勇者だよ!」


ミレニアを抱え起こしながら僕は自信満々に告げた。それを聞いた彼女は陶然となり、まさに恋する乙女と言った感じだ。そうさ、この力があれば世界中の女の子はミレニアみたいになる。僕はこの世界で幸せになれるんだ。


こうして、僕は女の子にモテモテになる…もとい世界を救うため、17歳の誕生日を機に村を出た。もちろん、僕の見立て通り可愛らしい少女に成長した嫁第1号のミレニアを伴って。


ミレニアが、まずは仲間を集めたほうがいいのではないかと助言する。アキヒロの呪文詠唱なしで行使する魔術を見せつければ、きっと強い仲間が見つかるはず、と。


あの世界で広げられなかったこの両手をどこまででも広げられる舞台に立ち、僕は高揚していた。そして、まだ見ぬ世界中のカワイイ女の子たちとあれやこれやのムフフなイベントが待っていることに胸を膨らませていた。


「やぁ少年少女、ちょっといいかい?」


そう、あの男、ハンスと名乗る冒険者と出会うまでは。

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