第14話 殲滅者に憧れる少年の場合
異世界転生者を滅し尽くしてから、数百年の時が経過した。
殲滅者たちの戦いは英雄譚となり、時間の軋轢により虚実入り乱れた伝説として"今日"まで語り継がれている。
異世界転生者と呼ばれた敵たちは、口伝を繰り返すうちにいつしか災厄や病魔、人々の負の感情などに喩えられて伝わった。そして、それらを討つ殲滅者はドラゴンと混同され、炎の化神として言い伝えられた。ただ、災厄を使役し世界を征服しようとした魔女の名は、悪逆令嬢として実に鮮明に語り継がれていた。
そのことを聞いて苦笑いする者は、もやはドラゴンしかいない昨今である。
色褪せた伝説の中には、今も変わらず残っているものがいくつかある。今まさに開催されようとしているロケット祭もその一つだ。
その昔、人魔の長きに亘る戦争を終結させた魔術アイテムとして、今では平和と繁栄を祈願するために祭りと称して打ち上げられている。ロケットが本来どのような目的で打ち上げられるものなのか、それを知るものはもうこの世にはいない。
ロケット祭は9年に一度、開催地を人間界、魔界と交互に入れ替えて開催されている。今回は魔界での打ち上げだ。
ヴァルガナン平原に敷設された殲滅者記念公園には、祭りのために多くの人々が集まっていた。角のある者、ない者。肌が青色の者、肌色の者、さらには違う色の者。実に様々な人種が入り乱れていた。そんな多種多様な人々だが、皆がロケットの打ち上げを楽しみにしている点においては同じだった。
公園の中央には殲滅者を象った巨大な石像が、天に魔王剣を掲げて誇らしげに立っている。殲滅者の像の横には、寄り添うように聖母モルティナ像も立っている。
殲滅者の武勇伝の中には、献身的に尽くしたモルティナの逸話も数多く言い伝えられている。彼らの結婚式での誓いの言葉が、この世界ではポピュラーな告白の口上として伝えられているが、実際にあのようなこっ恥ずかしい台詞を英雄殲滅者が言ったかどうかは、歴史学者の中でも物議を醸している。
石像の前には豪奢な出で立ちをした魔族の男性が立っており、殲滅者像を眺めていた。男性の両脇には、同じように煌びやかな格好をした小さな男の子と女の子が付き添っており、男性が熱心に殲滅者の武勇伝を語るのを食い入るように聞いていた。二人の子供は共に魔族で、仲良く等分するように、少年は左側だけに角が、少女は右側だけに角が生えていた。
その三人に、これまた立派な格好をした人間の男性と、その後ろをくっついて歩く男の子が近づいてくる。
「おお、これは魔大臣ヴァルグラント殿。お久しく存じます。お加減のほどは如何でしょうか?」
「ドルバイル君王、お気にかけていただき大変恐縮でございます。そちらもご息災で何より」
両世界の首脳が、久々の再会を喜び合っていた。
お互い杓子定規な挨拶を一通り終えると、互いに傍にいる人物が気になり始めた。
ドルバイル君王の横には、小さな男の子が恥ずかしそうに俯いて立っている。ちょうどヴァルグラントの横にいる少年少女たちと同じくらいの年齢だ。
両首脳人は、いつしか為政者としてではなく人の親として顔を綻ばせていた。
「前回のロケット祭のときにはいらっしゃらなかったですね」
「お互い子宝に恵まれたようで。そちらは、もしや双子ですか?」
「ええ。さぁヴァロン、メルティナ。挨拶をしなさい」
ヴァルグラントに促され、少年と少女が緊張した面持ちで前へ出る。
「俺……私は魔大臣ヴァルグラントの嫡男ヴァロンです! 国王陛下、以後お見知りおきください!」
礼事は苦手なのか、やや覚束ない調子でヴァロンは自己紹介をする。
「お初にお目にかかります国王陛下。ヴァロンの双子の妹のメルティナです。お会いできて光栄でございます」
双子の兄に比べ、妹のメルティナは如才なくやってのける。それもこれもメルティナの不断の努力の賜物であることを知っているヴァルグラントは、親心に頬を緩ませる。
「気立ての良いお子さんたちだ。それにしても、片側だけに角が生えているのですね?」
「ええ。特に妹のメルティナは、聖母モルティナ様とお揃いだと大変気に入っております。尤もモルティナ様のように、殲滅者様に愛を誓うために自ら折ったわけではなく、生まれつきですが」
この逸話を聞いて苦い顔をする者は、この場にはいない。
「我が家系図の中には人間界の出身者もおります故、このような生え方をする魔族が生まれるとかなんとか」
「なるほど。さぁマルス。今度はお前の番だぞ」
今度はドルバイルの子供が、やや尻込みしながら前へ出た。
「ぼ、僕の名はマルス、です。よ、よろしくお願いし、ます」
先の二人に比べると、元気のない挨拶だった。
そんな子息の様子に苦笑しつつ、ドルバイルは一人の父親として膝を曲げ、ヴァロンとメルティナに視線を合わせて、こうお願いした。
「うちの息子はこのとおり引っ込み思案でな。君たちのような元気な子のお友達にして欲しいんだ。これは国王としての命令ではなく、一人の男としてのお願いだ。聞いてくれるかい?」
ドルバイルの言葉にヴァロンは、「うん、分かった! 俺、マルスと友達になる!」と、元気いっぱいに返してくれた。
「ヴァロン、言葉遣い……」
せっかく礼儀作法を叩きこんだのに、とヴァルグラントは窘めようとしたが、それをドルバイルが制した。
「いいじゃないですか、まだ子供なのですから。それに、この奔放さはうちの息子にぜひ見習わせたい」
ドルバイルの気遣いに、ヴァルグラントはつい苦笑してしまう。
「あ、あの。せっかくお近づきになれましたので、クッキーをお召し上がりになりませんか?」
マルスと友達になりたがっているのはヴァロンだけではない。メルティナは先ほどから後生大事に握っていた巾着袋の封を開け、中身をマルスに差し上げた。
それは、「クッキー?」
疑問形になるのは、マルスの知っているクッキーとは似ても似つかなかったからだ。
巾着袋の中に入っていたのは、戦火で焼け焦げたのかと疑うような黒ずんだナニカ。
メルティナの行動に、いち早く反応したのは兄ヴァロンだった。
「やめろメルティナ! 友達を殺す気か!?」
試食という名の被験者第一号は、それがどういう惨事を引き起こすか身を以て知っているため、猛烈に反対した。
「そ、そうだぞメルティナ。国際問題に発展しかねん」
被験者第二号ノヴァルグラントも、異口同音に苦言を呈す。
「ひどいお兄様、お父様まで! 今日のために一生懸命作ったのに!」
メルティナは努力家だが、それは生来の不器用さを克服するために与えられた代わりの才能と言える。そして料理の才能に関しては、まだ努力で埋められていない。
親類に非難されているメルティナを不憫に思ったのか、マルスが食い気味で言った。「僕食べるよ。いや、食べたい!」
「止めといた方がいいぞ。ユミコ級の味だぜ?」
この世界では不幸や災難を喩えるとき、しばしば『ユミコ』という言葉に置き換えることがある。世界を未曽有の恐怖に陥れた悪逆令嬢を由来とするのは、この世界では幼児ですら認識していることだ。
ヴァロンの脅し文句にも、マルスは怯まなかった。それどころか、さきほどまでの怯えた調子が払拭され、むしろ頼もしさすら感じるほどに堂々としていた。
「それでも、食べてみたい」
意を決し、マルスはクッキーを口の中に頬張った。
次の瞬間には、マルスの顔面は蒼白になっていた。それをヴァロンとヴァルグラントは気の毒そうに眺める。
「凄い苦みが……、口の中に充満する……」
「言わんこっちゃない。数日は口の中が痺れて何も感じなくなるぞ」
「お兄様のイジワルッ!」
「で、でも……っ!」マルスは苦みを噛み殺し瞳に涙を溜めながらも、懸命に笑って見せた。「友達と食べるクッキーは、美味しいよ」
「マルスさん……。あ、お兄様!?」
感じ入ったメルティナの隙を突き、ヴァロンがクッキーを引っ掴むと、躊躇いもせずに口の中に放った。
強烈な煤の苦みとエグみに顔を顰める。が、マルスがやってのけたようにヴァロンも我慢して飲み込んだ。同じように涙を浮かべながら、「ホントだな! 友達と食べるとウメーや!」
ヴァロンとマルスは笑い合った。まるで長年の知音同士のように何の衒いもなく楽しそうに。
触発されたメルティナもクッキーを一つ取って頬張った。そして「ごへぇっ!?」、盛大に吐いた。
「だから、試食しろって言っただろ?」
「こ、今度からは気を付けます。お兄様、マルス」
「僕も試食には付き合うから、頑張って上手になろ」
「そのクッキーを食べたのか。命知らずな小童どもだな」
突如、大地を震わすほどの大きな声が空から降ってきた。かと思うと、今度は急に夜になったかのように辺りが暗くなった。先ほどの声の主が落とす巨大な影が、ヴァロンたちを覆ったせいだ。
メルティナが、空を見上げて嬉しそうに破顔した。
「サンタマリア様!」
炎を司る神、サンタマリアがロケットの打ち上げを見に下界まで降りて来てくれた。炎に似た朱色の羽は、陽光を浴びて燦燦と燃えるように輝いている。
「久しいな、メルティナ。魔術の儀以来か」
魔術の儀とは、新人の魔術師が受ける通過儀礼であるが、ロケット際には関係ないためここでは割愛する。
「それはそうと、我のことはマリアと呼べと言ったではないか。様も不要だ」
「で、でも……」
「我は神だが、同時にこの世界を共に生きる友人でもある」
「じゃ、じゃあマリアっ」
「うむ、今後ともよろしくな。メルティナ」
「お、おいメルティナ! お前、神様と知り合いなのか!?」
神と妹のやり取りを傍観していたヴァロンが、素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「そちらの少年は?」
「俺はヴァロンだ! よろしくな、神サマ!」
ヴァロンの自己紹介を聞き、サンタマリアは目を細めた。
「うむ、約束通り元気な自己紹介だ」
「ん? どういう意味だ?」
ヴァロンの疑問が聞こえなかったのか、サンタマリアは答えなかった。
「は、はじめまして神様。僕はマルスと言います」
「ああ、初めましてだ」
「サンタマリア様。今年はロケット祭に参加されるのですね」
「我の他に、もう一人参加する予定なのだがな」
マリアの言葉に応えるように、長い尾のような影が空から降って来る。
「わははははは、我もいるぞぉ!」
風を司る神カトリーヌだった。蛇のように胴が長く、蛙のようにのっぺりした顔を持つドラゴンが、いつもの調子で高笑いを上げながら空から舞い降りる。
「他のドラゴン様は?」
「今回は我ら二人だけだ」
「そうでございますか……」
ヴァルグラントの言葉が尻すぼみする。
「残念がることはない。ここに居ずとも他のドラゴンもきっと見ておるさ。何せ世界を繋ぐロケットなのだからな」
「さすがは神様であらせられる。とても素晴らしいお言葉です」
「はは、世辞はいい。それより、ロケットの打ち上げはまだなのか?」
その時、若い人間の魔方陣技師が準備が整ったことを知らせにやってきた。
どこまでも続く蒼穹の下、世界中の誰もが待ち望んだ瞬間がやってくる。
「打ち上げ五秒前……」
「4っ!」
「3♪」
「2、だな!」
「1……っ!」
爆炎を巻き上げ、ロケットは力強く宙に向けて打ち出される。地上と空を繋ぐ太い絆のように立ち込める噴射煙を見て、人々はこのロケットが最初に打ち上げ下られた瞬間に想いを馳せていた。
今では伝説となった戦い。しかし確実にこの世に存在していた争乱の過去を、徐々に小さくなるロケットに委ねているようにも見える。
"今日"の平和は先人たちの献身があってこそ為し得ている。だがこれからの平和は、自分の手に委ねられている。言葉にはしないが、誰もが同じ思いを抱いていた。
「綺麗ですね、お兄様。マルス」メルティナは、聖母モルティナ様を目指し、魔術の勉強に励もうと誓った。
「うん、本当にすごいね」マルスは、またロケットの打ち上げを友人たちと一緒に見たいと願った。美味しいクッキーがあれば、なお良いとも思っていた。
「殲滅者も、同じように空を見上げていたのかな?」
この世の災厄であるイセカイテンセイシャと勇敢に戦った殲滅者の物語は、少年の心に強い憧れを抱かせるには十分だった。いつか自分も、人々のために戦う英雄になりたい。
「オレもいつか殲滅者みたいに、この世の悲しみや苦しみを滅し尽くしてやるぜーー!」
かつて世界を巻き込んだ大きな戦いは叙事詩と成り果て、壮大な時間の変遷の中で形を変えていった。しかしそれでも、彼らが命を賭して守ろうとしたものは変わらずに今も受け継がれている。
それを示すように、今日も世界は同じ速度で廻り続ける。その上に立つ人々の願いを乗せて、この空と大地はどこまでも続いていく。




