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知らない世界の歩き方  作者: ハンスシュミット
11/14

第11話 源造の場合

「この世の穢れから無垢なる魂を開放し清廉なる来世へ旅立つため、我が愛しい信徒たちよ、杯を傾けよ」


 ワシは、いつも説法するときと同じように、荘厳に、かつ貫禄に満ちた重苦しい口調で、犇めくように集まった信徒たちに向けて訴えた。


 ここはワシが運営する教団の隠れ総本山。


 そこにワシたちは立て籠もり、集団自決を図ろうとしていた。そう、今信徒たちが嬉し涙を流しながら飲み干しているのは毒の入った酒だ。


 そもそも、何故集団自決するハメになったのか、まずはそこから話したほうがいいかな。


 とは言ってもだ。別に壮大な話があるわけでもない。


 親から継いだなんちゃら宗の貧しい寺を母体に新興宗教を立ち上げ、詐欺同然の手口で盛り立てていったら、警察に目を付けられてしまい、集団自決せにゃならんところまで追い詰められたって話だ。


 親と言っても法律上の血縁関係はない。いわゆる非嫡出子で、生臭坊主に騙されてワシを身ごもってしまったのだ。


 ワシが言うのもなんだが、この父親がとんでもないゲスでな。宗教にかこつけては金銭的或いは精神的に弱った女を食い物にし続けていたんだ。まぁ同じような手口でこの教団を大きくしたんだから、ワシが文句を言うのは筋違いだがよ。


 ワシは鹿爪らしく読経するフリを続けた。遅効性の毒だから、死に至るにはまだ時間がかかる。


 そんなワシの姿を見て、信徒たちが感極まって涙を流しているのが見えた。


「あぁ、源造様。源造さまぁ」


 酒を飲み干した信徒たちが、口々にワシの名を口にしながら、ワシがテキトーに考えたお経を追唱する。


 いい女だったなぁ、とワシは信徒たちを眺めながら残念に思った。あの女も、あの女も、抱き心地のいい女だった。おおっと、そんなことを考えていたら股間が熱り立ってくる。平常心平常心。


 どいつもこいつも若く美しく、そして良い身体をしている。だが運が悪いのか要領が悪いのか、はたまた頭が悪いのか、彼女らは各人各様の理由で人生に苦労していた。


 ワシはそんな彼女たちに甘い言葉を囁き、その苦労が無駄ではないことを懇切丁寧に説明する。すると、実に簡単に彼女らは堕ちてくれる。中には疑り深い女もいたが、そういう場合は探偵を雇って身辺を調べ上げ、さも霊験あらたかな物言いで彼女らのプライベートを暴露すれば、彼女らは勝手にワシの背中に後光を見るのだ。


 馬鹿馬鹿しい話だが、こういう手合は苦労すればするだけ報われると本気で信じている。まるでパンの代価が払われるのと同じように、苦労には相応の対価を得るべきだと身勝手にも考えている。


 ワシから言わせればチャンチャラおかしい話だよ。そもそも宗教にしたってそうだ。わざわざしなくてもいい苦行の対価に、悟りなんて報酬を求めている。口では無欲を説きながら、人一倍成果を求める卑しい考え方だ。


 苦労の先に報酬があるのなら、人はどれだけの不幸も背負い込める。だから、ワシのような小汚いジジイなんぞ鼻にもかけぬような美女たちが、来るべき来世の幸福のために平気で股ぐらを開くのだ。


「源造……さまぁ」


 次第に毒が回ってきたのか、信徒たちが眠るようにバタバタと倒れていく。その異常な光景の中、ワシは変わらず読経の真似事を続けた。そして、ついにワシ以外の全ての信徒が死んだ。


「へへ、せいぜい楽しい来世を夢見るんだな」


 ワシは立ち上がり、その場を後にする。


 集団自決を画策しておきながら、ワシはもとより死ぬつもりなどなかった。これから隠れ総本山を、遺体の照合が出来ないほど焼き払う。これだけの死体があれば、どれがワシの死体かなんて調べようもない。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 総本山が燃えているのを、ワシは遠くで見つめていた。空に昇る灰が、まるで哀れな信徒を天上の世界へと押し上げているように見えた。


 仏教を原点とした宗派を持ちながら、ワシは仏教に対して懐疑的だった。輪廻転生、極楽浄土、そんなものあるわけない。そんなものは、現世の苦労を誤魔化すための方便でしかない。だけどそこに救いを求める哀れな人間が、ワシのような悪人に食い物にされるんだ。


「ヒハハ、来世なんてあるわけねぇのにな」


 ワシは信徒たちを、そして居もしない神を嘲り笑った。もし本当に神がおわすなら、こんな物言いを許すはずがない。こうしてワシが健在であることが、宗教をそして神を否定する根拠になっていると思うと愉快で仕方ない。


 だからワシは、自分の言葉に反論する者などいないとタカを括っていた。


「いえ、そんな事はありませんよ」


 ワシは慌てて声の方を振り返った。


 するとそこに、やけにガタイのいい男を二人従えた優男が立っていた。年齢のほどは30代前半だろうか、柔和な笑みが余計に怪しさを醸し出す男だった。


「誰だ、テメェ!?」


 ワシは後退る。


 まさか警察か。しかしどうにも雰囲気が胡散臭い。


「輪廻転生。元はインド哲学から生まれた概念で、それを原点とする仏教やヒンドゥー教にはその思想が根強く残っていると聞きます」


「おいおい兄ちゃん、宗教屋に説教は間に合ってるぞ」


 男はこちらの文句に、愛嬌ある笑みを浮かべた。それがなおさら薄気味悪く見える。


「輪廻転生を思いついた人は、もしかしたら本当に転生したのかもしれませんね。そう思えるほど、実に考え方が正しい」


「はは、まるで自分も転生してきたみたいに言いやがる」


 そこで男は、自分の名前を告げた。その名前には覚えがある。例のチャットサークルの管理人だ。


「なんでお前さんがこんなところにいるんだよ?」


「貴方にも諦めてもらおうと思ってね」


「な、何を?」


 男が合図を送ると、横に控えていた屈強な男たちがこちらに襲いかかった。抵抗する間もなく、ワシは羽交い締めにされる。


「な、なにをするんだ!?」


 男は静かに笑いながら、胸のポケットからなにか銀色のものを取り出した。


 ナイフ!? とビビってしまったが、それはよく見ると試験管に入った薬だった。まるで刀剣のように冷め冷めと光る薬に、ワシは情けなくも足が竦んだ。


「輪廻転生の話の続きになりますが、生前の"(カルマ)"によって来世の姿は変わるそうですね。貴方の人並み外れた色欲の業、是非とも来世でも発揮していただきたい」


「お、お前……何言って……」


 ワシを羽交い締めにした男たちが、ワシの口を無理やり開かせる。試験管の口が、徐々にワシの口に近づく。


「や、やめ……!」


「来世を楽しみにしてくださいね」


 ゴクリ、と銀色の液体がワシの喉に落ちた。


 するとどうだ。


「が!? はっ!」


 急に身体が鉛のように重くなり、全身に悪寒が走る。


 まさか、さっき飲まされたのは毒か?


 恐怖が喉元までせり上がるが、悲鳴すらなにかに引きずり込まれるように、ワシの意識は深い穴へと埋没するように落ちていく。


 最後に男の声だけが聞こえた。「希望のない世界を諦めましょう」と。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



「ゲンゾー、母さんに別れの挨拶をするんだ」


 父親が、幼いワシの肩を叩いて言った。ワシの目の前には、若くして亡くなった母親が、眠ったように横たわっている。その周りには木彫りの人形が何体も置かれていた。この土地の風習なのか、こうやって死者に似せて彫った木彫りの人形を、故人の代わりに保管するのが習わしらしい。


 いつのまにかワシは、昔女をコマすために見たファンタジー映画のような世界に生まれ変わっていた。今は当年取って8歳になる。


 今日は、この世界のワシの母親の葬式の日。重い病気に罹り、まだまだ若い時分だというのに急逝しおった女だ。


「お母さん、今までありがとう。さようなら」


 ワシは年相応の、母親を失い悲嘆に暮れるガキンチョらしく、鎮痛な顔でそう言った。


 無論、心の中ではまるで悲しんでなどいなかった。いい女だったからせめて味見くらいはしとくんだった、そんな風に考えていた。


 死してなお張りと柔らかさを保ったおっぱいが、とても美味しそうに見えた。だからなのか、最後に思いっきり揉みしだきたいと、つい邪な考えが浮かんだ。


 そう考えたらもう止められなかった。幼くして母親を失った子供が少々取り乱したところで大事にはなるまい。ワシは思い切り母親の死体に抱きつき、泣き崩れる様を装いながら、むちゃくちゃにおっぱいを揉みしだいた。


「うわぁぁん、お母さん! お母さん!」


 ワシの演技に、参列者はおろか父親もすっかり騙されていた。中には感動的な場面だと勘違いし、もらい泣きをする奴までいる。


 ふへへ馬鹿め! ただおっぱいが揉みたいだけなのによぉ!


 腹の底で嘲りながら、心ゆくまで乳房の感触を堪能していた。


 心なしか、揉み続けているとおっぱいが段々と柔らかさを取り戻してきているような。あろうことか、乳を揉まれて感じているかのように死体が小さく跳ね出す。


「お、おい! 見ろ!」


 最初、ワシは異変に気づかなかった。気づかないほど胸を揉むことに集中してしまっていた。しかしさすがに、死んだはずの遺体が上半身を起こしたときは、気付くことになる。


「……ゲン、ゾー?」


 死んだはずの母が、蘇った。


 これが、ワシに備わったチート能力が開花した瞬間だった。そう、ワシは死者を蘇らせることができる。



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 母が蘇った直後は、そりゃもう大混乱だったよ。父はおろか村人たちまでてんやわんやで事態が収拾するにはそれなりの時間を要した。


 とはいえ、一瞥すれば奇跡でも見慣れれば日常と化すのか、マジュツノシンエンガーと騒いでいた連中も、いつしか蘇った母親と前と同じように接するようになっていた。


 母親が死ぬ前と同じ日常が返ってきた。


 いや、一つ変わったところがあった。


「ほらゲンゾー! あ~んってして。あ~ん」


 蘇った母親が、妙にワシに優しいんだ。元々厳しい性格ではなかったが、ここまで甘い態度を取るような女でもなかった。


「お、お母さん。大丈夫だよ、一人で食べれるから」


「そんなこと言わないでゲンゾー。母さん、貴方に尽くしてあげたくてあげたくてしょうがないの!」


「もう、いいって!」


 ホステスみたいに甲斐甲斐しく相手してくれるのは有り難いのだが、さすがに度が過ぎれば鬱陶しいだけだ。あまりにまとわりつくものだから、ワシは母親の手に持ったスプーンを乱暴に払ってしまった。


「あ」


 スプーンに乗せたオートミールがワシの股間、ちょこんと隆起した部分にかかってしまった。


 しまった、とワシは思ったね。あまりの過剰なスキンシップのせいで若い雌の体臭を嗅ぎすぎてしまい、ワシは興奮を抑えられなかった。


 きっと母親も気まずかろう。そう思っていたのだが、なんとこの女はワシの予期せぬ行動に出始めたのだ。


「あぁゲンゾー! オートミールがこぼれてしまったわ。さぁ脱ぎ脱ぎしましょ!」


「って、おいおいおいおい!? なにしとんじゃ!?」


 母親が、いきなりワシの服を脱がし始めおった。あまりの事態に、つい素の反応が出たほどだ。


 衣服を剥ぎ取られんように身構えるワシ。そんなことにも構わず脱がそうとする母親。


 生前のころから豹変したようにワシに尽くす態度を見て、ワシは自分の能力の詳細を理解し始める。


 もしかして、ワシが蘇らせた死者はワシに尽くすようになるのか?


「お、お母さん。なんだかオチンチンがムズムズするよぉ。もしかしてボク、病気なのかなぁ?」


 物は試しだ、とワシはあえて無茶な注文をしてみた。さすがに正気だったら、こんなお願い聞くはずがない。


 そして、事態はワシの予想通りに推移していった。母親が、突如蕩けたような雌の表情を浮かべた。何を言わんとしてるのか、すべて理解したうえで、母親はワシの服を脱がし、そして……、


 まぁここから先は語らずとも分かるだろう。


 さて、そんなこんなで順調に来世を謳歌していたのだが、あるとき問題が生じた。


「あ~ぁ、いいっ。なかなかうまいじゃねぇか、お母さんよぉ」


 今日も今日とて、ワシは股間のムズムズを母親に解消してもらっていた。


 ワシの股間に顔を埋める母親の頭を、ワシは撫でてやった。母親はそれで気をよくしたのか、さらに奉仕に熱が入る。


「くぅ、いいねぇ。ワシのイチモツの扱いにも慣れてきおったのぅ」


 手櫛で母親の頭頂部を梳いてやる。と、


「ん?」


 ズルリッ、と何かが母親の頭から剥がれ落ちた。ワシは自分の手の中に溜まったそれを見て、思わず悲鳴を上げる。


「か、かかかかか髪の毛ぇ!?」


 それは母親の髪の毛だった。手櫛で抜けたなんて量じゃない。ごっそり、毛髪が頭皮ごと剥がれ落ちたのだ。


「どうしたのぉ、ゲンゾー?」


 股間に跪く母親がワシの様子を伺おうと、顔を上げる。その顔を見てワシは、もう一度悲鳴を上げた。


 あの美しかった母親の顔が、無様な粘土細工のようにグズグズに崩れていたのだ。左目の眼球は垂れ落ち、落ちくぼんだ眼窩の奥には腐った緑色の肉が覗き見える。ワシのアレを咥えていた口からは小さな白いものがポロポロと零れ落ちていた。それが歯だと分かると、ワシは卒倒しそうになったよ。


 ワシは悟った。ワシの能力は魂を呼び戻すことができても、肉体を蘇らせることはできないと。母親の肉体はもう、死んだあのときから腐敗が始まっていたのだ。


「どうした、ゲンゾー!?」


 間の悪いことに、ワシの悲鳴を聞きつけた父親が部屋に駆け込んでくる。


 さぞ驚いたことだろう。最愛の妻の腐った姿と、無様に股間を露出させている息子の姿を同時に見たのだから。


「コイツを殺してくれ!」


 ワシは考える暇を与えぬため、早口に父に命令した。


「で、でも……、それはお母さんだろう?」当然、困惑して直ぐには行動しない父。


「気の滞留が母を化け物に変えた! いいから殺せ! どうせ蘇らせることはできるんだ!」


「だ、だが……」


「ゲンゾォォ……、ムズムズはまだなおらないのぉ」


 歯茎をボトボトと口から滴らせながら、母親だったものが迫りくる。


「いいからやれ!」


「く、くそぉ!」


 ついに父は決心した。近くに置いてあった木彫りの人形、母親の葬式で並べられた母に似せて彫られた人形を掴み、悍ましい肉塊を殴りつけた。


 しかし一撃ではダメだった。なおも肉塊はこちらに向かってくる。そりゃそうだ、すでに死んで魂だけで動いているんだ。ホラー映画のゾンビと一緒だ。


 ゴツンッ、ゴツンッ、肉を打ち付ける不快な音が何度も続いた。そしてようやく、母親だったものは元の場所へと還っていった。


「お、俺が妻を殺したのか? おれ、が?」


 ミンチになった肉の塊の前で、父は力なく項垂れていた。


「そう気を落としなさんな、お父さん。元から死んでたんだし」


 慰めのつもりで声をかけたのだが、妻を殺した罪悪感からか父親はすでに正気を失っていた。ワシの前に跪くとワンワンと泣き、こう訴えた。


「お願いだぁゲンゾー! 母さんをまた蘇らせてくれぇ!」


 その姿には既視感を覚えた。生前教祖をやっていたとき、幾人もの信徒たちが同じようにワシに跪き、許しを乞うていた姿とそっくりだった。


 この男もあの信徒たちと同じように、救われたがっているのだ。辛い苦難を味わった見返りに、幸せを貪欲に欲しがる。苦難が大きければ大きいほど、その希求は強く浅ましくなる。


 もはやこの男はワシの体のいい操り人形だった。この男だけじゃない。みな人は弱く欲深い。この男のように他の者たちの弱みに付け込み篭絡できれば、前世のように教団を立ち上げることができる。そうなれば、ワシは以前のように好きに女を食う生活を得られるというわけだ。


 このときワシは、後にアミダ教団と名乗る宗教団体の青写真を見通していた。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 こうしてワシは方々に奇跡の子として喧伝するよう父を、そして篭絡した村人たちを使い、アミダ教団の勢力を伸ばしていった。


 愛した者との死別は誰にとっても耐え難く、ほんの少し奇跡を見せるだけで誰もがワシを神のように崇め、疑うことをしなかった。


 そして母親のように、蘇らせた者はワシに従順な僕となる。ケツを舐めろと命令すれば、喜んで舐めだすほどにな。


 教団の設立と運営に障害はなかった。だとすれば後の問題は、アレだろう。魂を呼び戻すことはできても、肉体を蘇らせることができないという点だ。


 これじゃ若い女を蘇らせて手籠めにしても、すぐに肉体が腐って全然楽しめない。この問題はワシにとっては由々しき事態だった。


『ゲンゾー、おちんちんはムズムズしていない?』


 思案に耽っていると木彫りの人形、今は母の魂を憑依させた、が余計なことを喋りだす。


 こうして無機物に憑依させる分には、肉体の劣化はない。とはいえ人形じゃ相手にならない。


「なんとか生身の肉体を手に入れる方法はないのかねぇ」


 そんな折、ある男がワシに会いに来た。


 年はワシと同じくらいの、軽薄そうな笑みが特徴的な魔術師だった。その笑いには薄ら寒い恐怖を感じるとともに、どこか見覚えがあった。


 それもそのはずだろう。男の名乗った本名に、ワシは思わず激高した。


「テメェ、ワシを殺したあの男か!?」


 前世、ワシにあの銀色の薬を飲ませた男だった。


 今は"扇動者(アジテーター)"と名乗る男は、ワシの憤慨に些かも動じてないのか、例のヘラヘラした笑いを浮かべていた。


「僕の見立て通り、君はこっちの世界でも楽しくやってるようだね」


「何が楽しくだ。せっかく女を蘇らせて意のままに抱く能力を手に入れたっていうのに、肝心な肉体が手に入らないんじゃ宝の持ち腐れじゃろうが!」


「ならば異世界転生のお詫びとして、僕に協力させてくれないかな?」


「な、なに?」


 突然の提案に、ワシは面食らう。


「んな簡単に女の肉体が手に入るのかよ?」


「簡単ではないけど、僕なら可能だよ」


「ほぉ。で、見返りは?」


「さっきも言ったじゃないか。お詫びのしるしだよ」


 ニタニタと笑みを浮かべる"扇動者(アジテーター)"。


 無論、ワシはその言葉をハナから信用しちゃいない。無償の愛がないように、見返りを求めない献身などない。それにこの男がお詫びをするようなタマか?


「あんまりワシを舐めるなよ若造。んな言葉を信じるわけないだろうが。言え、目的を」


 "扇動者(アジテーター)"の瞳に、剣呑な光が宿るのが見えた。やっぱり、この男は油断ならない。


「君が人生を謳歌することが、すなわち僕の悲願成就に繋がるとだけ言っておこうか。これだけは信じてほしいけど、僕は君の敵じゃない。君の敵は別にいる」


「敵、だと?」


「それも踏まえて色々話し合おう。あ、そうだ」


 ポンッ、と軽い調子で"扇動者(アジテーター)"が手を叩く。


「悲願成就の前に、まずはやってほしいことがあった。どうだろうか、僕の願いを聞き入れてくれるのなら、君の願いを段階的に叶えてあげよう」


「やってほしいこととは?」


「脱獄させてほしいんだ」


「はぁ?」


 これがワシと"扇動者(アジテーター)"の、この世界での最初の接触だ。第一印象は、とにかく胡乱で意味不明な奴だったよ。


 だけど奴は魔術の力で、人の女に似せた精巧な人形を作り上げた。段階的に願いを叶えるという言葉通りにな。そしてワシは約束通り、アロンデールに投獄された"扇動者(アジテーター)"を助け出し、アミダ教団の総本山に匿っている。


 この男が信用ならないのは今も同じだが、少なくとも使える奴だということは分かった。若い女の肉体、それを手に入れることも不可能ではないと悟ったね。


 だからワシはこいつと協力することにしたよ。利用価値がなくなるその時までは、な。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 王都の方でドデカい爆発音がしてから、どうにも"扇動者(アジテーター)"の様子がおかしくなった。普段の余裕ぶった雰囲気が剥がれ落ち、神経質そうに黙りこくるようになった。


 そんな奴の雰囲気が、さらに一変する出来事が目の前で起こった。


『よく撮れていますか、マリア?』


 アミダ教団の隠し総本山、元は旧王都の礼拝堂を改造した建物の近くにはアウターネットの放送を受信する装置があった。大きな滝をスクリーンに、アウターネットから流れる映像が映し出されていた。


 そこにはワシと同じ異世界転生者であるタカオと、魔族のモルティナと呼ばれる女が映っていた。


 放送の内容は何だったかな。どうも異世界転生者が世界を滅ぼそうとしているだとかなんとか、どうでもいい話だった。隣で見ていた"扇動者(アジテーター)"の顔が青ざめていたことの方が印象的だったよ。


 ワシにとってその放送で意味があったのは、放送の内容でも、同じ異世界転生者であるタカオでもなかった。


 そうモルティナだ。魔族らしく頭に角を生やしてはいるが、整った顔立ちとむしゃぶりつきたくなるような豊満な肉体がそそる、いい女だった。気の強そうな双眸が、よりワシの好みだった。屈服させたときののことを考えると、股間がイキリ立つのを止められない。


 もっとあの女を眺めていたかったが、ほどなくアウターネットの放送は中断されてしまった。


 放送前と同じようにザアザアと流れる滝を眺めながら、ワシは思わず舌なめずりをした。


「あの女ぁ、絶対にワシが手に入れてやる」

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