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知らない世界の歩き方  作者: ハンスシュミット
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第01話 ???の場合

「目覚めよ」


頭の中に響くような声によって、俺の意識は闇から引きずり出された。


徐々に開けていく視界とぼやけた思考で辺りを確認する。


四方を岩壁に覆われているのが見える。ここは洞窟なのか。はるか高い天井を見るに、かなり広い空間のようだ。


「目覚めたようだな」


先ほどと同じ声が背後から響く。尊大で不躾でこちらを見下すような響きに心が騒つく。


声の主をキッと睨もうと振り返った時、その主が自分と同じ目の高さにいないことを知った。


ずっと、ずっと、ずっと上。首を90度に曲げるぐらい仰いでみると、ようやっとその声の主の顔を拝めた。


なんなんだこいつは?


そいつは異形の姿をしていた。


全身を燃えるような赤い鱗に覆われ、天を包み隠すかというような大きな両翼を背中に備える、捕食者と形容されるであろう獰猛な顎。


鳥類、中でも猛禽類を想起させる外見に、爬虫類の特徴を混合させた怪物だった。


「お前は何だ?」


相手の魁偉さにすっかり気後れし、声が上擦る。


こちらの矮小さを揶揄するように、その化け物は非常に人間らしい仕草で口角を吊り上げ冷笑する。


「我はこの世界に存在する6つの属性の一つ、炎を司るもの。貴様ら人間は我らの事を神や精霊と表現することもあるが、我はとりわけドラゴンという呼び方を気に入っている」


「ドラゴン、ねぇ」


目の前に鎮座するデカい鳥頭は世界を支配するドラゴンらしい。驕傲な態度を取るのも、その思い上がりから来ているのだと思えば納得もできる。


「で、ここはどこだ?」と、質問した時ふと、もっと大事な欠落した情報に気付き、それは考えもせず口から洩れた。「俺は…誰だ?」


記憶の回路を懸命に辿るが、何一つ見当たらなかった。自分の名前も、年齢も、家族の事も、昨日の事すら。


自分が何者なのか。それをよく分からない存在に質問することが滑稽に思える。


「俺は誰だ、なんでここにいる? お前は俺に何をした?」


「まずは我の話を聞け」


「んなこたどうでもいい! 俺の質問に答えろっ」


「埒が明かぬな。では…」


そう言うと、ドラゴンは力を込めて俺を睨む。すると。


ボトンッ


突然、俺の右腕が肘の辺りから剥がれるように落ちる。


右腕は地面に落ちると、たちまち炎を上げて燃え上がる。


「う、うわぁぁぁぁ」


あまりの事に素っ頓狂な悲鳴を上げる。


「どうだ、少しは冷静になれたか?」


ドラゴンは愉快なものでも見るかのように、目尻を吊り上げている。


「何しやがる!」


「貴様の身の程を教えただけだ。その体は、我の偉業により作り出されたものであり、我の管理下にあるのだぞ」


「なんだと?」


「千切れた腕を見よ。血が出ておらぬだろう。それは我が炎の神秘を以て作り出した仮初の肉体。


見てくれは人の体そのものでも、正体は炎の集合体だ。我の意思で炎同士の結合を解けば、そのように簡単に崩壊する」


ドラゴンの言う通り、腕からは一切の出血はなかった。俄かには信じられないが、この体が普通でないことは理解できた。


では、何故俺の体が普通じゃないのか。今度はその疑問が浮かぶ。


「これから我が説明することは貴様の疑問を解消する事にもなろう。静かに話を聴け」


その言葉に納得したわけではないが、目の前の珍事と有無を言わせぬ威圧感に閉口せざるを得なかった。


俺の態度に満足したのか、ドラゴンは居を直し、俺を正面から見据えた。


「今この世界は危機に瀕している」


唐突な語り口に思わずはぁ?と声を出した。しかし、そのことなど意に介さず、ドラゴンは話を続ける。


「異世界から転生した存在、我らはとりあえず『異物』と呼称しておるが、その者がこの世界のバランスを崩しているのだ。


この世界は我が司る火と他の水、風、土、光、闇の6属性が互いに均衡を保つことで寧静を得られる。


しかし、異物は不可思議な力を使い、我らが制御下にある属性の神秘を無理やりに使用することができる。


我らが管理を超えて神秘を使えばどうなるか? 各属性のバランスが崩れ、この世界に様々な不具合を発生させる。天災、旱魃、モンスターの大量発生、出生率の低下、様々だ。


だから我々は異物を排除することを決めた。この世界を守るためにだ」


「その話と俺になんの関係がある?」


「貴様は戦場で斃れた兵士の魂だ。我はその魂をこの世界の輪廻から掬い出し、その仮初の器に入れた。貴様が異物を狩るのだ」


「俺は…死んだのか?」


「さよう。今生き長らえている事に感謝するのだな」


改めて自分の体を確認するように触る。手には体温の暖かさをはるかに超える熱さを感じる。炎の集合体だからか、まるで火傷するように熱い。


心臓は一切の鼓動を停止し、脈も打っていない。


偽物の肉体、既に死んだ魂、そして全くない記憶。絶望的状況を次々に押し付けられ、目の前が暗転する気分だ。


「なんで記憶がない?」


「その問いに答えるには、この世界の輪廻についてまずは説明しよう。


この世界で命を落とすと、その魂は大地に還り、世界の循環の輪に乗る。その際、生前の穢れである記憶は洗い流され、無垢な魂となった後、この世界の生物の何かに生まれ変わる。


貴様の記憶も幾分洗い流された後でな、会話などの体感記憶は残っていても自分の出生などに関する知識としての記憶は抜け落ちてしまったようだ」


「異物を殺せっつたよな。なんでお前がやらない? 世界を制御する神様なんだから、それくらい自分で出来るだろ?」


「我では異物は殺せない。いや、異物を殺すにはある方法をとらねばならぬのだ。それが我らドラゴンには出来ぬ」


「方法?」


「左手を見ろ」


左手? 言われるまま、左手に視線を落とす。


なんの変哲もない左手にしか見えなかった。もっとも、この左手も人の肉ではなく炎の集合体だろうが。


ふと、左手から奇妙な違和感を覚えた。なにか、体の内から放出されるような、圧迫感というかなんというか。


ゾンッ


突如、俺の左手から勢いよくなにかが飛び出した。そのなにかは俺の肉体を突き破り、激痛を伴いながら外界へと顔を出す。


あまりの痛みに絶叫しながらも、俺はその正体を視界に捉えた。薄暗い洞窟の中においても、眩き光を放つ鋭利な物、刃の一振りだった。


「な、なんだこれは…!」


「その剣の名は『覇剣』という。その剣はこの世の輪廻から対象を断つことのできる代物だ」


「は、けん…?」


「先程輪廻の話をしたろう。異物も死ねばこの世界の輪廻の輪に帰属してしまう。しかし、それはこの世界に不浄を混濁させることになる。だからその剣で殺し、異物をこの世界の輪廻の輪に混ぜるな。


異物をこの世界から完全に断絶するために」


「断絶された魂はどうなるんだ?」


「さあな、別の世界を巡ることになるか。もしくは魂そのものが消滅するか。どちらにしても、貴様は知らぬでも差し障りなかろう?」


あまりの事態に、俺の脳は理解するよりもこの状況そのものに憤懣を募らせる。


俺は死んだ人間で、このドラゴンに勝手に甦らされて、偽物の体に押し込められ、生前の記憶は名前すらも抜け落ちている。


おまけに左手には奇妙な剣を埋め込まれ、これを使って異物という訳の分からないものを殺せって?


「じゃあもう一つ質問」


俺はドラゴンを睨め据えながら、歩幅を広く構える。右足に力を込め、爆発させるタイミングを計る。


「この剣でテメェを殺したらどうなる!?」


そう言って俺は跳躍した。目の前にいるデカい鶏モドキを叩っ斬るために。


よくよく考えれば、このドラゴンを殺したところで俺は自分の正常な肉体も記憶も失った状態で途方にくれることになるというのに。


この時の俺には、そんな冷静な論理よりも激情と化した怒りに身を任せることしか考えてなかった。


しかし、冷静な論理で導き出した懸念は、後の展開としては杞憂に終わることとなる。


死ね! 俺は覇剣を振りかざして炎のドラゴンを斬っ……あれ?


俺の振り回した剣は一切の手応えもなく、やつの体を通り過ぎる。二度、三度同じように斬りかかるが当たらない。


まるで空気で出来た棒を振り回しているようだ。なんの手応えもなく、なんの効果もない。あまりの無為さに、先程まで抱いていた怒りの炎は、穂先を窄めていってしまった。


「無駄だ。その剣は我らドラゴンには触れられない」


侮蔑と呆れを混ぜたような視線でドラゴンは俺を見下した。それは、知能の低い動物に愛想を尽かしているようでもあった。


「その剣を我らが触れぬからこそ、人間である貴様に任が下ったのだ。察してくれると期待したが、我の見立てのはるか下を行く知性だな」


「うるせぇ!」


「そこまで我を殺したいか?」


「ああ、そうだね。なんでも自分の思い通りになると思ってるその態度、心底気に入らねぇ」


「ならば一ついいことを教えてやろう。我らも不老不死というわけではない。貴様ら人間よりはるかに寿命は長いが、いずれ老いるし、致命傷を負えば死ぬ。


しかし、世界に融け込み幾年月も転生に時間をかける他の生物と違い、我らは死んだその瞬間に幼体となり生まれ変わる。死ぬ以前の記憶を継承しながら、な。


つまりは貴様が首尾よく我を殺せたところで、我はすぐに生まれ変わる。徒労だと言うことだ」


俺は腹いせに、せいいっぱい炎のドラゴンを睨みつける。


しかし、そんな抵抗など業火に対してのそよ風の如く、奴は意に介さなかった。


「下らない話が長引いた。覇剣を体内に収めよ。その剣は大気に触れるだけで崩壊する特異な素材でできているのだ」


「なんだと?」


見ると、剣の輪郭が微小な粒子に浸食されるようにボソボソと砕けていっている。


「体内に収めよってどうすりゃいいんだよ?」


「引っ込めとでも念じればよかろう」


んな適当な。ひっこめ。


「んぐぅ!?」


激痛を伴いながら、覇剣が体内に潜り込む。肉を引き裂き体外へ出た代物が、今度は肉を掻き分け埋没する。気絶するほど痛い。


「貴様は我を邪険に扱うが、我とて貴様を厚遇するつもりはない。しかし、我の使命を全うすることができたのなら、その時は貴様の欲しいものを与えよう」


「欲しいもの?」


「炎でできた模造品ではなく、本物の人間の肉体と、貴様の生前の記憶だ」


「その話、本当だろうな?」


「他者を謀るのは卑小な存在だけだ。我の威厳に懸けて、約束は果たそうぞ」


いちいち人間を矮小だのちっぽけだの枕詞を使わないと自分の優位性を説明できないのかこいつは。


「ふん、気に入らねぇ。けど、断りゃ俺はこの場で消滅させられるんだろ。じゃあ引き受けるしかないじゃねーか」


「物分かりがよくて助かる」


まるで人間のように満足気に笑う。その仕草が腹立つって言ってるだろうが。


「さて。貴様が使命を全うするまで貴様の記憶はなく、また名前も思い出せないのだろう。『貴様』や『矮小なる人間』と呼んでもいいが、いささか不便だな」


そう言って、ドラゴンは思案するそぶりを見せる。少し考えた後、勿体付けたように口を開く。


「『殲滅者』というのはどうか。異物を滅ぼすために蘇った者よ」


ネーミングセンスは属性を司る神秘を以てしても体得できないものなのだな。

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