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第1話

 初春と言えど、砂漠の国アウレィリヤの日差しは厳しい。

 焼け付くような暑さにもかかわらず、王都アウラギフの大通りは行き交う人で溢れ返るようだった。通りの両端には、地面を深く掘り下げた石造りの水路があり、澄んだ水を並々と湛えている。女神アウラの加護により、アウレィリヤの街々は砂漠の只中に築かれてありながら、涸れることのない水源を有していた。

 活気ある喧騒の間を縫って、真っ直ぐに大通りの北へと歩みを進める。王都の中心には壮麗な白亜の王宮があり、今俺の向かっている場所こそ、その王のまします城だった。

 王宮をぐるりと囲う城壁は高く、唯一の出入り口として開かれた城門も、また巨大だ。出入りの商人やら警備の兵士やら、城門の周囲には多種多様な人々が集っている。しかし、その中でも一際異質な集団が、人ごみの外れにあった。

 集まっているのは、二十人ほどか。竪琴や横笛などの楽器を持つ者、煌びやかに着飾った者など、一目で芸人と分かる出で立ちばかり。そのような者らが、何故王宮の城門前に顔を並べているかと言えば、他でもない王の求めだからである。

 王宮では、先日から芸人を――それも物語を歌い聞かせるような楽師を求めていた。現在王宮で最も強い権力を握っていると、実しやかに噂される大臣ヴァファー。その雲上人が、直々に触書を出したのだ。王の無聊を慰める語り部を求む、と。

 それからというもの、近隣の国に滞在していた旅芸人だの吟遊詩人だのは、こぞってアウレィリヤを目指した。王に語って聞かせる機会を得られれば、それだけで名前に箔がつく。万が一にも気に入られれば、そのまま王宮に留まることさえ夢ではない。

 かくいう俺も、それを目論んで王都へやってきた一人である。準備も、念入りに整えてきた。

 華美ではないが趣があり、落ち着いた色合いでまとめられた旅人風の衣装は、王城の衣装方が念入りに検討を重ねて選び出した代物だ。携えた竪琴も、宮廷楽師に二月つきっきりで習い、お墨付きをもらった。楽を奏で、物語を歌うものとしての振る舞いも、存分に叩き込まれた。

 もっとも元からして無骨者であるゆえ、表情に朗らかさが欠けるとか、図体が威圧的に過ぎるなどと二月ではいかんとも変えがたい指摘も頂戴したこともあったが、ひとまず打てる手は全て打ってきたのだ。後は王宮の内部に潜入せしめ、目的を果たすのみである。

 軽く息を吐き、努めて表情をほぐしながら、人だかりを作る芸人たちの群れに混じる。今後の成り行きを問う声などで辺りは騒がしいことこの上なかったが、やがて担当者でも現れたらしい。一列に、と声が張り上げられたかと思うと、人垣が崩れ、次第に列を成して歩み始める。

 列の進みは遅くはあったが、着実に順番は巡っていた。俺の番が来るまでには半時ほどかかったが、なるほど、これでは時間がかかる訳だ。並んだ者たちは皆、一様に所持品や身の回りを念入りに検められた後、小さな硬貨を手渡されていく。周囲に倣い、大人しく探りを受けてから硬貨受け取ると、魔術が施されてあるらしく、手に取ると数字が浮かび上がった。

 よほど切実に楽師を求めているのか、王は訪ねてきたもの全ての芸を見るという。硬貨に浮かび上がった数字が、自分の番であるらしい。芸を披露する持ち時間は四半時。だが、王の判断によっては途中でも切り上げられる可能性も大いにあり、今までも時間内を演じきっても、二度目の声がかかった者は一人としていない――とは、硬貨を渡してきた官吏の言だ。

 予想はしていたが、やはりおそろしく厄介な任務のようだ。内心でひやりとしたものを覚えたが、今更退くこともできない。列の流れに引かれるまま、粛々と足を進めるほかなかった。



 燦々とした日差しを受け、白亜の王城は直視も躊躇われるほどに眩い。女神の恩寵が濃い証なのか、庭園は鮮やかな緑に色付いていた。城門を抜け、庭園を過ぎ、楽師たちは王宮の一隅へと導かれる。

 そこは王宮とは名ばかりの、まかり間違っても王が足を運ぶこともないような、外縁部の広間だ。おそらく賓客としてではなく、謁見を求めて訪ねてきたものを一時的に留め置くことを目的とした場所なのだろう。どこか雑然とした佇まいである。

 ここで己の番が来るまで待機するように、と告げて官吏が去ると、途端に細波のような話し声が広がった。

「アウレィリヤの今の王と言えば、あれだろう? 三月前に父王を廃して成り代わった」

「噂じゃ、随分な乱暴者だったって言うじゃないか」

「ああ、私も聞いたことがあるよ。父親と随分仲が悪かったって。ねえ?」

「らしいなあ」

「自分の息子に寝首をかかれるなんて、可哀想なこと」

「いや、父王の方もまずかったらしい」

「ええ? そっちも?」

「そうだ。噂だがな」

 そう前置きした声が、周りを憚るように囁く。

「……狂ってたらしい」

 嘘、と悲鳴にも似た甲高い女の声が上がり、慌てて嗜める声が続く。

 しかし、一連の会話自体を咎める言葉は、どこからも上がらなかった。案内役の官吏は既に去り、監視の目もない。噂話を咎めるどころか、皆が皆話したくてたまらないのだ。

 この国では三月前に政変が起こり、王位が先王から息子の王子へと移譲されている。軍が動くこともなく、ただただ王宮の中でだけ完結した一大事は、あまりにも異質だ。だからこそ、余所者は好奇心でもって話したがる。

「ねえ、それ、本当? 本当に先王は狂っていたの?」

「噂じゃあな。どうも、女神にも見放されてたって話だ。だから、一時は随分と水にも困る有様だとか。――なあ、兄さん。あんた、その(なり)なら、隣のセルギリドの生まれだろう? 詳しいんじゃないか?」

 王の狂気を語っていたのは、大振りの竪琴を抱えた壮年の男だ。さほど距離が離れていなかったのが災いしたか、俺に話を振ってきた。

 先の王が狂っていたか否か、か……。あまり話したい話題ではないな。

「何故、俺がセルギリド人だと?」

 敢えて問われたことではない内容を問い返すと、男はきょとんとした様子で、俺が肩に羽織っている日除けの外套を指差した。正しくは、その布地の縁に施された、深緑色の蔦の刺繍か。

「その蔦模様は、セルギリド人が好んで刺す奴だろう。――しかし、兄さん、えらく体格がいいな。本当に楽師かい、軍の百騎長だって言われた方がよっぽど頷けるぜ」

「よく言われる」

 肩をすくめてみせ、それだけを答えた。その肩書きでこそないが、似たようなものだ。

「――で、どうなんだ? 何か知らないのか?」

 再び、男が水を向けてくる。適当なことを答えているうちにはぐらかされてくれればと目論んでいたのだが、さすがにそこまで易くはなかったか。

「生まれはセルギリドだが、流浪の身だ。あんた方と同じ程度の情報しか持っていないさ」

 頭を振ってみせれば、男は「そういうもんかね」と答えて、それきり俺に関心を失ったらしい。先刻まで噂話をしていた女に向き直る。

「ともかく、この国の先王は狂ってたって噂だ。元々、王子とも折り合いがよくなかったらしいからな」

「それはどうして?」

「王子には、下に妹姫が一人いてな。その姫君ってのが、絹のような黒髪に黄金の目の、えらく美人だって話だ。しかも、お妃に瓜二つ。でもって、お妃は五年前だったかに亡くなっちまってるらしい」

「まさか、王が狂ってたって……」

「いやあ、さすがに嫁と娘を一緒くたにはしなかったろうがな。目に入れても痛くないほど可愛がってたってのは、確からしい。逆に王子には、そりゃあ素っ気無かったそうだ」

「ああ、それで不仲だったのね。でも、それが何で狂ってるなんて話になったの?」

「分からんが、どうも遡ればお妃が死んだ時分からおかしくなっちゃいたらしいな。塞ぎ込むことが増えて、ここ一年くらいは訳の分からんことを口走ることも少なくなかったとか」

「ふうん……。お妃様が亡くなったのが、よっぽど堪えたのかしらねえ……」

「――で、歳経るごとに王の狂気は深まって、いよいよ女神にも見放されたのか、あっちこっちで水不足まで起こり始めた。砂漠の国で、水は黄金にも等しい。民の心も離れるってもんだろ。だから、王子が譲位を迫って事が成っても、民はそれほど反発しなかったって寸法さ」

「なるほどねえ。それにしても、随分と詳しいじゃない」

「ここに来る前、南のターヘルの街の領主の宴に招かれたのさ。あの御仁、酒が入ると何でもかんでも喋ってくれちまう。お陰で、すっかり事情通だ」

 俺の記憶が確かならば、ターヘルはこの王都からもさほど遠くない街だ。女神を称える大神殿あるとか。それなりに大きな街だったかと思うが、その領主がこの口の軽さでは先が思いやられることだな……。

 何食わぬ顔をして話を聞きながら、何とも言えない気分になる。すると、今度はまた別口から声が上がった。

「しかし、今は水不足になんて見えないぞ」

「だから、誰も騒がねえのさ。王子が王位について、一月くらいか。それからまた、水が戻ってきたらしい。王子が心を入れ替えたのを、女神が祝福してるとか何とかって噂だ」

「また噂か」

「そりゃあな」

 それから、周囲の会話は他愛ない雑談へと変わっていった。時折、先ほどのような話題に戻ることがないではないものの、取り立てて意識を向けるほどのものもない。

 それにしても、ターヘルの領主は迂闊すぎるだろう。流れ者の楽師などに口を滑らせたこともだが、その情報の誤りのなさがより問題だ。セルギリド王国騎士団(俺たち)でさえ、掴んでいる情報は今し方噂話と聞かされた内容と大差ない。

「でも、よくもまあ息子が父親を追い落としたってのに、皆大人しくしてるね」

「誰だって渇き死にたかぁない。国を枯れさせる王より、水を恵んでくれる簒奪者を選ぶんだろ。まあ、簒奪者ったって、ちゃんと王族で息子なんだしな」

「そういうものかねえ……。でも、乱暴者がそんな簡単に心を入れ替えるもんかね? 猫を被ってるんじゃないのかい?」

「さてなあ。でも、新王の傍には、先王の代から仕えてる切れ者の大臣がついてるって話だ。元は巡回神官だったとか何とか」

「巡回神官って?」

「よくは知らんが、国中を回って女神の恩寵()の巡りを確かめるとか何とかって仕事らしいぞ。女神についても、色々詳しいんじゃないか。だから(・・・)、新王は水を呼べたんじゃないかって、ターヘルの領主も言ってたぜ」

「大臣が何かしてるってこと? でも、そんなことができるなら、どうして先王の時にしなかったのさ」

「そりゃあ、邪魔だったんだろう」

「何が」

「王が、だよ。新王は心を入れ替えてからは、ずっと王宮の奥に引きこもってるらしい。それでも、表向きはちゃんと国は動いてる。……切れ者の大臣がいるからな」

「じゃあ、新王なんてまるで人形じゃない。それに、楽師を募ってるのは、その大臣でしょう?」

「王を傀儡に使っているからこその、ご機嫌取りなんじゃねえか? ま、あくまで聞いた話だよ。全部噂だ、噂」

 噂、とは言うが。あまりにも真に迫った語り口は、それもまたターヘルの領主が口を滑らせたことなのであろうと想像するに難くなかった。

 吐きそうになった嘆息を飲み込む。この国の官吏に誰か気のつく者があり、この部屋で交わされている会話に聞き耳を立てるくらいのことをしてくれているといいのだが。

本作を書き始めるにあたり、友人(と勝手に呼ばせて頂く)平晶さんに原案のご協力をいただきました。

いつもお世話になっております、誠にありがとうございました!

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