第24話 アリスと……
◯ アリス視点
さて料理を始めましょう。
ルドに絶対に美味しいと言ってもらうのです。
「お嬢様、私も手伝います」
「あら、ヘレン。お手伝いですか? 私1人で作りたいのですが」
「それでは時間がかかり過ぎます。手伝いくらいいてもいいでしょう」
「そ、そうね。待たせすぎてもいけないですわ」
「しかし、いいのですか、お嬢様。私が教えた秘策を実行しなくても」
「いけません。あれは絶対にやりませんわ」
秘策。
ヘレンが提案した秘策ですが、倫理的な問題があったので、却下いたしました。
そう……あれは……
◯
「まず料理をお作りになるのです。男性の心を射止めるには胃袋を攻めるのが1番です」
私はヘレンから秘策を教えて貰っていました。
「料理ですか。お礼にもなりますし、いいですわね。流石ヘレンです。いい考えですわ」
「ちなみ秘策は料理ではございませんよ」
「え? 違うのですか?」
「少々お待ちください」
ヘレンはそう言って、近くにあった魔法具などが置いてある棚を探し始めました。
そして、透明な液体の入った瓶を取り出しました。
「何ですか、それは」
「惚れ薬でございます」
「ほ、惚れ薬!?」
惚れ薬とはあれですか、飲んだ者は最初に見た異性を好きになるという。
「な、何故そのようなものが」
「いざという時の為に作っていました」
「いざという時って……まさかそれをルドに飲ませろと?」
「ええ。こっそりアーネスト様が食べる料理に混ぜるのです」
「だ、駄目ですわ、そんな事! そんな事でルドに好きになって貰っても嬉しくありませんわ」
「しかしですねお嬢様。私はアーネスト様にお会いしたことは無いですが、お嬢様が好意を抱く相手となると、それは素敵な男性なのでしょう。ライバルも多いのでは?」
「う……」
私は教室での光景を思い出しました。
女生徒に手を引かれているルドの姿。
「いいですか? 恋愛は戦いです。別の女性にアーネスト様が取られるのは嫌ですよね?」
「それは……かなり嫌ですわ……」
ちょっと想像しただけで、泣きそうになりますわ。
「ならば使うべきでしょう」
「う……」
駄目ですそんな事……と思っていても、心の中の悪魔が私に囁きます。
これでルドが私を好いてくれるのなら……
そう考えてしまいましたが、私は踏み止まりましたわ。
これは、お礼です。
ルドにそのような薬を盛る事は、恩を仇で返すような行動ですわ。
私はそのような事のできる恥知らずでは、ございません。
「やめておきますわ。ルドはそのような薬を使わずとも、私に惚れさせて見せますわ」
「そうですか」
ヘレンは、惚れ薬を棚にしまいました。
「では、秘策では無いですが、いくつかアドバイスをしてあげましょう」
「は、はい」
◯
その後、笑顔を絶やさないようにするとか、手を繋いでみるとか、いくつかアドバイスを貰いましたが、実行には移せませんでしたわ。
どうも、ルドの隣にいると緊張してしまって。
料理だけでも絶対に成功させてみせますわ。
私はヘレンの力を借りながら、張り切って料理を作り、完成いたしました。
我ながらいい出来だと思います。
「出来ましたね。よくお出来になられたと思います」
「ヘレンがそう言うなら、安心できますわ」
ヘレンは料理がかなり得意ですわ。
そのヘレンが、よく出来たと言うのなら、うまくいったのでしょう。
後はルドのお口に合うかどうかですが……
やることはやりましたので、さっそく料理をルドの元に運びましょう。
「お待たせしましたわ。完成しました」
「おおー」
私はヘレンと一緒に料理を運びました。
料理を見たルドの反応は悪くないみたいです。
「そうだ。紹介しますわ。こちらメイドのヘレンです」
「あ、ヘレンさんにはさっき挨拶したっていうか」
「あら、そうでしたの?」
「ええ。アーネスト様がどのような方か気になったので」
「そうですか」
「では私はこれで、ごゆっくり」
ヘレンは気を利かせて、外に出ていきました。
私が気付かないうちに、挨拶をしていたみたいです。
私はテーブルの上に料理を並べていきます。
「何だか豪華な感じだな。俺、初めて食べるかもしれない」
「お口に合うといいのですが」
初めて食べるとルドが言ったので、若干不安になってまいりましたわ。
「でもおいしそうな匂いだな。全部アリスが作ったんだよね」
「そうですわ。所どころヘレンに手伝ってもらったり、アドバイスを貰ったりもしましたが、私が作りました」
料理を並べ終えます。
肉料理や魚料理、スープなどを作りました。
「料理の説明をいたしましょうか?」
「ん? いや、早く食べたい。おなか減ってるし。食べようよ」
「そうですわね。私もだいぶお腹が減ってまいりました」
「うん、食べよう。そう言えば、料理作ってもらうのも、もちろん初めてだけど、アリスと一緒にご飯食べるのも初めてだな」
「そ、そう言えばそうですわね」
いつもルドは誰かに誘われて、私はタイミングを逃していました。
「じゃあ、いただきまーす」
ルドが料理を食べました。
私は緊張して、その様子を見ます。
ルドはもぐもぐと咀嚼して、ごくりと飲み込み、
「おいしいよこれ!」
と言いました。
「ほ、本当ですの?」
「うん。いやー今まで食べた事ある料理の中で1番おいしいかもなー」
そう言いながら、ルドは勢いよく私が作った料理を食べ始めました。
よかったですわ……
でもルドにおいしいと言ってもらえて、嬉しいですわ。
好きな人に自分の作った料理で喜んでもらうのがこんなに嬉しいことだったとは、自然とほほが緩んでしまいます。
「アリスも食べなよ」
「あ、はい。食べますわ」
2人で料理を食べました。
ルドはほかの料理も気に入ったみたいでしたわ。
完食した後、
「いやー本当おいしかったよ。ありがとうアリス」
「こ、これはこの前のお礼ですので。その……喜んでもらって何よりですわ」
ルドが満足したみたいで、私はほっと一安心しました。
「失礼します」
ちょうど食べ終わった後、ヘレンが入ってまいりました。
食後のデザートとしてケーキを作っておいていたので、それを持ってきたんだと思いますわ。
「食後のデザートです」
「ありがとう、ヘレン」
「ケーキだ。これもアリスが作ったの?」
「ええ。そうですわ」
「凄いなぁ、じゃあ、いただきまーす」
私は甘いものに目がなくて、ほぼ強制的に習わされていた料理の中でも、お菓子作りは好きでしたの。
好きだったので、だいぶ練習したから、おいしくできていると思いますわ。
私は1口食べてみました。
うん。いい出来ですわ。
と私が食べた瞬間、
「ふふ」
とヘレン何やら小さく笑いました。
何がおかしいのでしょうか? ちらりとヘレンの方を見ます。
……何でしょう。小さな頃からずっと一緒にいたので、分かるのですが、何かを企んでいるような表情を……
っは……!
私は気付きました。
もしやヘレンは、ルドに惚れ薬を盛ろうとしている!?
やめろと言いましたが、ヘレンはたまに暴走することがございます。
私のためを思っての事でしょうが、惚れ薬を入れてしまい……
い、いけません。
ルドがケーキを口に入れようとしています。
「ル、ルド、ちょ……!?」
私がルドを止めようと、ルドを見た瞬間。
ドキンと私の胸が大きく跳ね上がりました。
ドキドキドキドキと、鼓動がかなり早くなっています。
普段ルドと一緒にいると緊張して心臓の鼓動が早くなるのですが、それとは非じゃないくらいの早さです。
それと同時にルドに対する、愛おしさが、数千倍にも膨れ上がっています。
今すぐにでも抱きしめたいという欲求が、胸の奥から湧き上がってきて止まりません。
何ですかこれ、何があったのですか!?
「どうしたの?」
ルドが聞いてきます。わ、分かりませんわ、私にも。
も、もしかして、ヘレンは
惚れ薬を私に盛ったのですか?
ちらりとヘレンの方を見ましたが、いません。いつの間に部屋の外へ?
すでにルドに惚れている私に惚れ薬を盛ってどうするのですか、間違いですか?
分かりませんが、すでに惚れている私に惚れ薬を盛られた結果。
どうやら、理性が飛んでしまうほど、ルドの事を好きになってしまったようですわ。
「顔赤いね。どうしたの?」
ルドが心配して、私に近づいてきます。
だ、駄目です。
今私に近づいたら!
我慢しきれませんわ……!
○ ルド視点
何かケーキを食べようとしたら、いきなりアリスの様子がおかしくなった。
顔が赤いみたいなので、熱でもあるのかと思って、近づいて熱を測ろうとした。
まさにその時。
アリスが立ち上がり、俺に抱きついてきた。
「うわ」
「ルド、ルド、ルド!」
アリスは俺の名を何度も呼びながら、勢いよく俺に抱きついてきた。
俺はバランスを崩し倒れ、アリスが上からのしかかるような体勢になる。
「ア、アリス?」
俺はどうしたのか、戸惑ってアリスの名を呼んだ。
「好きですわ」
「は?」
「ルドの事が好きで好きで仕方ないですわ! 大好きですわ!」
「ええ?」
好き、好き!? 好きってあの好きだよね?
「え? そ、それって、男として俺が好きってこと?」
「はい……ルド、大好きですわ」
「付き合いたいって事?」
「そうですわ……」
顔を赤らめ、少し目を潤ませながらアリスはそう言った。
正直めちゃくちゃかわいいっていうか。いやそれより、どうすればいいんだこの状況。
女の子にこ、こ、告白された……初めてすぎる状況に戸惑ってしまい。俺は何と言ったらいいのか分からない。
「え、と。いきなりすぎて、何というか……」
「ルドは……私の事好きですの? それとも嫌いですの?」
「え? そ、それは」
嫌いなわけない。
当たり前だ。
好きなんだろうか俺はアリスの事を。
問われて少し冷静になった。
アリスは助けてあげたいと思った。その考えは好きだったからなのか?
分からないけど、今の状況。
アリスに好きと言われて。正直嬉しい。
飛び上がりたいくらい嬉しい。
やっぱり俺は、アリスの事が好きだったのかな。
きっとそうだ。
ミナの事を完全に忘れたわけではないけれど、俺はアリスの事がやはり好きなんだ。
「好きだよ」
「……へ?」
「俺もアリスの事が好きだよ」
「ほ、本当ですの?」
「うん、付き合おうか」
俺がそう言ったら、アリスは急に涙をぽろぽろと流し始めた。
「ええ? どうしたの?」
「ごめんなさい。嬉しすぎてつい……」
そ、そうなんだ。そこまで俺の事を。
何だか俺も嬉しくなるな。
「あの、もっとぎゅっとしていいですか?」
「ぎゅっと?」
「はい」
「い、いいよ」
俺がそう言うと、上に乗っていたアリスがぎゅっと力強く俺を抱きしめてきた。
女の子の柔らかい感触が一段と強くなり、理性が飛びそうになる。
そして、アリスが目をつぶりながら、俺の顔に自らの顔を近づけていて、
そのままゆっくりと、俺たちはキスをした。
永遠にも感じるくらいの長い時間キスをしていた気がする。
アリスの柔らかい唇の感触を味わう。俺とアリスは呼吸が荒くなり、アリスの匂い感触が俺の理性を徐々に崩壊に向かわせる。
このまま、最後まで……
そう思った瞬間。
「っは!」
そう言いながら、不意にアリスが、顔を離して上体を起こした。
「ア、アリス?」
「わ、私……」
アリスはキョロキョロと周りを見回す。
その後、ポッ! と顔を真っ赤に染め上げ、立ち上がり、ベットに走りながら飛び込んだ後、布団に包まった。
「ど、どうしたの?」
「ち、ちちち違いますの! さっきのは忘れてほしいのですわ!」
「え!? 忘れていって……」
も、もしかして、一瞬で心変わりでもしたのか?
そうだったらショックすぎるが……
「あ、忘れって、ていうのは違いますわ。その、好きと言ったことと、付き合ってっていたことは忘れないでほしいのです! でも自分からあんな迫って行ったのは、忘れて欲しいのです! 私、そんなはしたない子じゃございませんの!」
よく分からないけど、好きだったという事と付き合ってほしいという事は忘れなくていいらしい。
しかし、何があったのか、事情が呑み込めない。
「その、今は恥ずかしくて顔を出せないので! できれば今は帰って欲しいのです! 事情は後に話しますわ!」
「え……うん分かった」
何だかよくわからないままだったが、俺は言われるがまま部屋を後にした。
俺はアリスと付き合うことになったって事でいいんだよな?
いいはずだ。だってキスしたし……
そう言えばアリスの唇、柔らかかったなぁ。
俺は唇の感触を思い出しながら家に帰った。
後日、事情を聞かされた後、俺たちは、改めて告白しあい。俺とアリスは付き合うことになった。
○ アリス視点
「ヘレン。どういうことか説明してくれますか?」
私はルドが帰った後、ヘレンを問い詰めていました。
「どういう事とは、お嬢様の食べるケーキに惚れ薬を仕込んだ事でしょうか?」
「やっぱり惚れ薬を仕込んでいたのね! どういう事か説明しなさい!」
「簡単に説明すると、お嬢様がアーネスト様に告白するように、仕込んだのでございます」
「こ、告白するため?」
「ええ。アーネスト様は私に惚れてないと、お嬢様はおっしゃていましたね。私、後日いろいろ調査をした所、ほぼ100%の確率で、アーネスト様がお嬢様に惚れていると、確信いたしました」
「100%って何の根拠があって……」
「話によると、アーネスト様はお嬢様の為に決闘を挑まれたとか。これは惚れている証拠です。さらに言えば町での様子や実際に挨拶してみて、ああ、これは惚れてます、と感じました」
「そ、そうですか……それで私に惚れ薬を盛ったのは……」
「お嬢様はアーネスト様に好かれてないと、お思いのようでしたので。中々自分から言い出せないのではないかと思ったので、手助けをしたのです。駄目でしたか?」
「駄目でしたかって……だ、駄目に決まってますわ! あ、あんなはしたない所をルドに見られて! そして、ルドとあ、あんなに……」
へ、部屋での事を思い出したら、顔が熱くなってまいりました。
「申し訳ありませんお嬢様。出過ぎた真似をしたようです」
「も、もういいですわ!」
怒ってみせていますが、実はそれほど怒っておりません。
いや、ルドにはしたない所を見られたのは、恥ずかしすぎて顔が赤くなるのですが、それよりもルドに好きって言ってもらえたことが、ルドとお付き合いできる事が嬉しくて。
怒りや恥ずかしさはすぐに無くなってしまいました。
私はルドと好き合っているという、事実に頬を緩ませながら、1日を過ごしました。
一章終了です。
次の更新は、書き溜めをしたいのと、別作品の書籍化作業で忙しかったりするので、だいぶ遅れると思います。