第17話 決闘を申し込む
俺はミローネの話を聞いて、すぐ教室を飛び出し学院長室に向かった。
ミローネの止める声が聞こえたが、俺は構わず向かった。
学院を辞めるってどういう事だよ!
賢者の夢を諦めるって事か? それとも別の学院に行くのか?
後者ならまだいい、前者なら、あんなに必死に努力してたのに何でなんだ。
とにかく俺は今すぐにでも、事情が聞きたいと思い。
学院長室に向かって全力で走っていた。
学院長室は編入試験を受けた時に、1度行ったので場所は知っていた。
そして、学院長室の扉の前に着く。
扉の前には、ちょうど部屋から出て来た所のアリスと、長身で金髪、年齢は40くらいの髭の生えた見知らぬ男がいた。
「アリス!」
俺は大声でそう言う。
アリスと男の2人が俺の方を向く。
アリスは何だか諦めたような、虚ろな表情をしながら俺を見ていた。
「……ルド」
「誰だ、貴様」
アリスはかすれるような小さい声で俺の名を呼び、男は、威圧的な態度でそう言ってきた。
アリスの兄が来たという話だが、かなり年配に見える。この男がアリスの兄なのか?
「ふん、黒髪か」
その男の目つきは、俺にとって見慣れている目つきだった。
黒髪だと言う事を馬鹿にし、見下している者の目つきだ。
少なくともこいつが、アリスやクルツ達とは違い、黒髪だと言うだけで、人を見下してくるような人種だと言う事は、判明した。
「アリス。何で退学するんだ。わけを話してくれないか」
「……それは……」
「待て。貴様は何なんだ?」
アリスの兄と思われる男が、前に出てきてそう言った。
「俺は、ルド・アーネストです。あなたは?」
「私は、ハロルド・ル・ベリルフォーランだ。アリスの兄で公爵家ベリルフォーラン家の長男で、ベリルフォーラン家の当主である。それにしても、ルド・アーネスト? 聞かない名だな」
やはりこの男がアリスの兄で間違いようだ。歳の離れた兄妹だが、貴族ならよくあることか。
しかも当主なのか。この男ハロルドは、かなり権力を持つ人物であるみたいだ。
「平民なので、聞いたこと無いのは当然でしょう」
「ふん。平民ね。平民の黒髪なんて存在が魔法学院にいるとはな。所でその黒髪平民君は、私の妹とどういう関係で、何のようがあってここにきたのかね」
「俺はアリスの友達です。退学するという話を聞いて、理由を聞きにきました」
「友達? アリス、それは本当か?」
ハロルドは後ろを見て、アリスに問いかけた。
アリスは小さくコクリと頷いた。
「ふん、本当なのか。まあ、この学院で誰と友人になろうと、どうでもいい話だ。何故アリスが退学になるか聞きに来たと言ったな。簡単な話だ。アリスに縁談が来た。中々の良縁で、この出来損ないの相手には申し分ない相手だったので、二つ返事で了承した。婚姻するのならこの学院にはいられるなくなるから、すぐ退学させた。ちょうど学院の近くを通る予定があったから、私自ら伝えに来たと言うわけだ。分かったかね」
「こ、婚約って……じゃあアリスの賢者になるって夢はどうなるんですか」
「賢者? ははは、面白い冗談だ。この出来損ないになれるなんてありえんよ。この学院はレベルが低いから、その程度の事も分からん奴がいるみたいだな」
ハロルドは笑いながらそう言った。
アリスが悲しそうな顔をして目を伏せている。
こいつ……アリスの事を出来損ないと何度も言いやがって……
「アリスは、出来損ないじゃありませんよ」
「魔力量が低いものは出来損ないだ」
「アリスは誰よりも魔法を上手く使えます。それに魔力量だって最近上がって来ています!」
「それはアリスからも聞いたさ。増えたと言ってもギリギリ中級魔法が、使えるくらいの量だがな。たいして変わらんよその程度増えただけでは。魔力量が上がる事は奇跡と言われている。これ以上、上がることもあるまい」
「それは違います。魔力量は上げるほ……」
「ルド!」
俺が思わず魔力量を上げる方法があると言おうとしたら、アリスに遮られた。
そうか、アリスは魔力量が上がったという事は言ったが、上げる方法があるという事は、俺との約束を守って言わなかったのか。
「……私の事はもういいのです。全て了承済みですわ。ルドが心配する必要はございません」
そんな事、言われても心配するに決まってるじゃないか。
「じゃあ、そういうことだ。もう会う事はないだろう、黒髪平民君」
そう言って、ハロルドはアリスと共に立ち去ろうとする、アリスがちょうど俺の前を通り過ぎようとした時、俺はアリスに向かって、
「アリス! 君は賢者になるって言っただろ! 本当にこれでいいのか!」
と言った。
アリスは小さな声で、
「いいんですの……ごめんなさい、色々教えてもらったのに無駄になってしまって、ルドが私に教えた事は一生秘密にしてますわ」
そう言った。
「嘘だ! いいわけないじゃないか。そんな、そんな暗い顔して。本当は諦めたくはないんだろ!? 何を言われたか知らないけどなぁ……そんな簡単に諦めちゃっていいわけないだろ! 誰よりも努力したって言ってたじゃないか!」
「…………」
アリスは今度は何も言い返してこなかった。その目には涙が溜まっていた。
俺の言葉は受け取ったのだろうが、アリスの考えは変わらなかったみたいだ。
アリスは、ハロルドの後に付いていった。
駄目だ。
このままだと、本当に行ってしまう。
アリスの事情は分からない。どう説得すればいい?
…………
俺は考えた末、1つ方法を思いつく。
「ハロルドさん!」
「……?」
俺に呼び止められ、怪訝な表情を浮かべながら、ハロルドは振り向いた。
「俺と決闘してください」
「は?」
「俺が決闘して勝ったら、アリスの縁談を無かった事にして、学院を退学させるのもやめさせてください!」
「……君は何を言っているのかね」
「ル、ルド。何を言ってますの」
前に持ちかけられた決闘を受けないのは、貴族の男にとっては恥だと、アリスが言っていた。
条件付で決闘を持ちかけたが、どうなるだろうか。
相手がよっぽど弱い相手なら、断られるかもしれないが、ハロルドは俺を思いっきり馬鹿にしてきた。
黒髪を馬鹿にするのは、ある程度魔法を使える者が多い。
ハロルドもそうである可能性が高いと俺は考えた。
「私は公爵家を継いでいなければ、賢者になっていただろうと、言われているほどの実力者だが、それは知っているのかね」
思ったより実力者だったみたいだ。
「ハロルド兄様の言う事は真実ですわ。ルド。今すぐ決闘を取り下げなさい」
「いや、取り下げない。承知で決闘を申し込みます」
俺の態度に、アリスは絶句しており、ハロルドは呆れているような目で見ていた。
「ふむ。君は縁談を無かった事にするという条件を私に突きつけてきたが、君からは何か差し出せるものがあるのかね」
……決闘に乗らないのは恥だとの話だが、条件付きの場合は話が違うのか?
俺に差し出せるものなんて、あるのだろうか。
前世の知識か? しかし、どうやって条件として出す? 最大魔力を増加させるポーションの作り方を知っているんです、と言っても一笑されるだけだろう。
まずい思いつかない。
「逃げる気ですか?」
口から出たのは安い挑発だった。
乗ってくれるだろうか?
「ふん、安い挑発だな。君はよっぽど縁談を阻止したいみたいだな。アリスに好意を持っているのかどうか知らんが、身の程を知った方がいいと思うぞ?」
「受けるのか受けないのか。はっきりしてください」
「……ふむ。君は想像以上に愉快な愚か者のようだ。決闘を受けてもいいが、条件はそうだな……」
決闘を受ける気みたいだ。
うまく行ったか!?
「学院をやめ、私の家で召使いとして働きたまえ」
「召使い?」
何故そのような条件を……?
「私はアリスの事を信用していなくてね。アリスの魔法への執念は異常だ。今回はだいぶ念を押したが、それでも、もしかしたら土壇場で逃げ出したり、縁談を台無しにするような事をするかもしれない。君はアリスの友達らしいから、手元に置いておけば、アリスも従わざるえなくなる」
つまり俺は人質か。
「君から仕掛けて来た決闘に勝ち、君を学院からやめさせ召使いとしたのなら、私の名誉にも傷は付くまい。悪くない話ではあるな」
ハロルドは1人で頷いていた。
俺に負ける可能性など、100%あり得ないと思っているようだな。
だから、決闘を受ける気になったんだろうがな。
「ちょっと待ってくださいまし! ルド! 決闘なんてやめなさい! 勝てるわけありませんわ! ハロルド兄様も、お忙しいのにこんな決闘をお受けにならなくても……」
「他者の決闘に口出しをするな愚か者。それと私は忙しくない。ちょうど1週間ほど暇だ。さて、黒髪平民君。私は君の決闘を受けよう。退学の手続きは済ませてしまったから一時的に取り消すとしよう。
決闘は何処で行うか。この学院の実技練習場辺りでいいか。学院が終わり、誰も使わなくなった時間辺りに決闘を行うとしよう。それまで準備をしておきたまえ」
ハロルドはそう言った後、学院長室に引き返して行った。