泣いても、抜け出せない
夜の街は相変わらず深い闇に覆われていた。光を何者かが吸い込んでいるかのように、ブラックホールでも見ているかのように、物すらも消し去っていた。懐中電灯なんて意味がなかった。どんな明かりもこの夜を照らすものはなかったのだ。人々はどこに行ってしまったのか、まるで一人きりで無機質なアスファルトの上に立っているかのようだ。
私は叫んでみた。寂しかったのだ。何とも言えない拘束感、何もない暗闇というのはこんなにも怖いものなのだと、私には何も恐れるものなどないと思っていたから驚くほかなかった。ただ、その驚きも、この幅のつかめない暗闇に吸い込まれてしまう。空気は、ある。しかし、息苦しい。自分の発した声だってよく聞こえない。真空のようだ。私はいったいどこに立っているのだろうか、思い出せない。確かにここまで来た覚えはあるのだ。歩く気力はすでに消え、私はさっきから呆然と立っていた。兎に角、この苦しい暗闇だけは覚えていた。ここが、昼間は人で賑わっている街だということも理解していた。ただ、どんな街であったのか、詳しくは思い出せないし、その明るさを思い出そうとすると耳鳴りがして、ひどい頭痛に襲われるのだ。
私は何者なのだろうか、なんとなく気になった。人間であることは確かなのだろうが、誰もそうは言わなかった。そりゃあ、この容姿であれば、人間であるのが一般的な世界で「君は人間だよ」なんていちいち言うことはないだろう。ふざけたような会話で「人間だよ」ということはあっても、それは「当たり前だろう」といった意味で使う。人間は当たり前にように人間で、人間から生まれたものは当たり前のように「人間」と決まっているのだからだれも「私は人間なのだろうか?」なんてなかなか思わない。そう思ったものならば笑われてしまう。
私はそっと目をつぶった。朝が来れば、わかるのだ。忌々しい獣か何かなのか、それともこれはただの夢でなんてこともないのか。後者ならば、毎日のように見るこの夢は何かの精神状態の異常ということなのだろうか?そういえば、前暮らしていた町ではそう呼ばれていた。しかし、心配事など、人より少ない。「ごはん、食べたいな」とか、「おなかすいたな」「お腹なるなあ」くらいしか一日にまともに考えることはない。今も同じことを考えられたらいいのに。今はどうにもできない。寝た記憶すらないけれど、現実にはあり得ないような真っ暗で何もない空間に夢だと思うほかなかった。
早く、逃げ出したい