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変わらないこの世界で  作者: 隅っこの埃
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勇者の手記

初めての投稿です


稚拙な文で恐縮ですが、最後まで読んでいただけたら幸いです

これは断じてオレの「旅の記録」なんて立派なものではない。これは、ここに記載することは全てオレの愚痴だ。本来ならばこういう形で自分の愚痴を書くべきではないことはわかっている。しかし、もう限界なんだ。誰かオレの話を聞いてくれ。誰も聞いてくれないというならば、せめて文字として残すことを許してくれ。


 母の手によって無理やり旅に出されたのは3日前。もちろん満足に身支度を整える時間なんてなかったし、心の準備をする時間なんてもっとなかった。

 母の手によって無理やり家から連れ出されて行ったのは、街に一つだけある冒険者の集まる酒場。そこで一緒に旅に出る仲間? と初対面した。

 ゲイな戦士。

 カジノ狂いの女魔法使い。

 ビッチな女僧侶。

 そして引きこもりの勇者…………オレである。

 なにこれ、最悪。

 こうしてオレの、オレたちの魔王討伐の旅が始まったのだ。


 この世界には魔王と呼ばれる存在がいる。オレが子供だった頃、まだ部屋に引きこもっていなかった頃に行っていた学校で習ったところによると、今の魔王は確か300と何代か目の魔王だった気がする。

 魔王は絶対ではなくて、必ず勇者によって倒される。そして、時間が経つと新たな魔王が誕生する。ずっとこの繰り返し。遠い遠い昔、遥か昔、神々の時代の頃から続いているらしい。

 今の魔王が誕生してから既に50年以上が経過している。魔王討伐が討伐されるまでは早くて50年、長くても100年かからないらしい。魔王にとっては随分と短い天下である。

 とにもかくにも、母が言うには現魔王が誕生してから既に50年経過していることが重要らしい。討伐時期としては悪くない。何よりも、息子が家で年がら年中引きこもっているよりかは魔王討伐に向かっている方がいくらか外聞がいい。だからこその、今のオレの現状である。

 とりあえず、今回はここまで。あまり長く書いていると、うちの連中に気付かれてしまう。オレがこんなことしているなんて絶対に知られたくない。きっと馬鹿にされる。



 オレたちの旅の目的は魔王の討伐。この魔王なのだが、聞くところによると、オレたちが今いるこの世界ではなくて、まったく別の世界にいるらしい。その世界は魔界と呼ばれており、魔王が存在している間だけ魔界とこの世界とを繋ぐ扉が現れるのだ。この扉がまた厄介で、魔王が新しく誕生するごとに別の場所の現れ、しかもその扉から魔界の生き物たちがうじゃうじゃと現れて、この世界で暴れていくのだ。その生き物たちは人々の間で魔獣と呼ばれ恐れられていて、また子供を躾けるときの常套句としても用いられている。

オレも小さい頃に母からよく言われた。「いい子にしていないと、魔獣が来て魔界に連れて行かれちゃっても知らないよ」。効果はてきめん。だって実際起こりうることなのだから。

 オレは実際にその場面に遭遇して事はないが、魔王が存在している時期にはやはりそう言う噂は聞いた。それによると、若い娘がさらわれることが多いそうだ。魔獣にも性別はあるのだろうか。それとも、魔王へ献上しているのか。どちらにせよ、つい良からぬ妄想をしてしまうこともある。

 今日はここまで。夜はいつも男漁りに勤しむ女僧侶が珍しくも今日は宿で大人しくしている。その彼女が先ほどからチラチラとオレの方を気にしていた。変に勘ぐられる前にこの手記を片付けなくてはいけない。

 追記

 オレたちは金がない。だから、宿は四人とも同じ部屋だ。これを読む人の中には女二人と一緒の部屋なんて羨ましい、なんて思う人もいるかもしれない。けど、それ以上のリスクがこの部屋にはあるのだ。……最近、隣で寝ているゲイのことを考えると怖くて眠れない日もある。



 前回の最後に記したようにオレたちには金がない。オレたち魔王討伐を目指す一団が金を得る手段は大きく分けて2つ。

 1つは魔界から溢れてくる魔獣を倒すこと。この魔獣を倒して金を稼ぐ方法にも2通りあって、倒した魔獣の身体の一部をはぎ取って店に売ること。そして、討伐依頼の出ている魔獣を倒して報酬をもらうことだ。

魔界から溢れてくる魔獣の中には、本来この世界にはないような非常に希少価値の高いものや摩訶不思議な効果を持つものがあり、そういうものはかなりの高値で取引されている。しかし、そういう高価なものは極々一部で、しかもその素材を持っている魔獣はほぼ例外なくかなりの強敵だ。だから、オレたちのような駆け出しは、低級の魔獣を狩って二束三文の素材を売って何とかやりくりしていくしかない。

 また、先ほどの述べたもう一つの金稼ぎの方法で、特定の魔獣の討伐による報酬なのだが、これも難易度としては高価な素材を手に入れるのとどっこいどっこいだ。何せ、討伐依頼が出されるくらいなので、そこら辺の人間が束になっても勝てる相手ではない。大抵は魔獣の大群だったり、超大型の魔獣の出現だったりで、オレたちのような4人だけでどうこうできる問題ではないのだ。そういうのはプロ(魔王討伐が目的ではなくて魔界から溢れてくる魔獣を狩るのを専門とした連中、もしくは集団)に任せておけばいい。下手に彼らの縄張りに入って問題が起きたら面倒なことになる。

 それと、言い忘れていたことがあるが、オレたちのように魔王討伐を目的とした旅をしている集団は他にもたくさん、たーくさんいる。理由は簡単で、魔王を討伐すると国から莫大な報酬を得ることができるからだ。噂によると親子2代にわたって遊んで暮らせる額らしい。その上、魔王討伐に成功した勇者の名前は未来永劫にわたって人々の記憶に留まり、討伐のメンバーには名声と社会的な地位が約束されている……らしい。あくまで噂だが。

 だから、魔王討伐の可能性が高そうな勇者一団には自然と期待と注目と金が集まる。彼らによって魔王が討伐されて、彼らが富と名声を得たときのためにだ。

 金稼ぎのもう一つの方法。

支援者からの義援金だ。

 ちなみに、オレたちのような弱小な、しかも元引きこもりが勇者の一団になど誰も支援してくれない。当たり前だ、オレでも支援しようなんて思わない。

 だからオレたちは稼ぐ。そこら辺をうろついている低級の魔獣を狩ってコツコツコツコツと。



 最悪だ。

 浪費癖のあるうちの女魔法使いが、オレがもしものためにとせっせとためてきた金をカジノで全部すってきやがった。しかもあの女、そのことがオレにばれると「ごっめーん。カジノで倍にしてあげようと思ったけど失敗しちゃった。許してネ」ときた。本気で殴ろうかと思ったが、やめた。彼女をぶん殴っても金が戻ってくるわけではない。

それよりも問題はこれからどうするかだ。日銭を稼ぐために魔獣を狩るにも、まず先立つものがいる。前に出るオレや戦士には武器や防具が必要だし、オレたちを援護する女魔法使いや僧侶の魔法にも、中には媒体を必要とするものがあって、なんだかんだで金が要るのだ。

「そこら辺にいる、うちらよりも弱っちそうな一団から奪っちゃえば?」

 元凶である女魔法使いの提案。もちろん却下。

「あら、だったらよさげな一団がいるわよ。わたしィ、この前の晩に偶然見つけたんだけど、とても可愛らしい男の子の僧侶がいたのよ。ウフっ」

 オレは却下と言ったはずだよ? 何がウフッだ。

「だ、だったら、もっと安全で、だ、誰も傷つかない、ほ、方法があるよ……」

 どこかたどたどし口調で提案してきたのは男戦士だ。緊張しているわけではない。彼はもともとこういう喋り方なのだ。それにしても、だも傷つかないいい方法とな。ほう、言ってみな。

「か、身体を、う、売るのが、い、一番いいんじゃ、な、ないかな? だ、誰も傷つかないし……」

 うん。お前はもう喋るな。そして、頬を赤らめてチラチラとオレを見てくるな。気色わりぃんだよ。それと、そこのビッチ、何が「売春はわたし主義に反するぅ」だ。お前は、今更主義もへったくれもねえだろうがよッ。

 こいつらと一緒にいるとストレスが溜まるばかりだ。そして、今一番ストレスの原因となっているのは、自分は関係ないと言わんばかりに小指を耳の穴に突っ込んでいるお前だよッ。この、カジノ狂い!

 この一団にいると、引きこもりだった自分がとても自分が常識人に思えてきてしまえて怖い。



 この手記を書くのも久しぶりの気がする。

 ここしばらくの間は、どこかのバカのせいでそんな余裕がなかったせいだ。

 ここ数日は本当に忙しかった。金を稼ぐために昼夜問わず魔獣を狩ってきた。一発逆転を狙って大物を狩るのではなくて、低級の魔獣をひたすら狩ってきたのだ。下手に大物を狙って誰かが怪我でもしたら、その分の治療費が、装備品がそれまでの投資が意味を無くしてしまう。だから、得るものは少なくてもリスクのより低い方を。質の低さを数でカバーした。

 さすがに女魔法使いもみんなの金をカジノで全て使ってしまったことに罪悪感があるのか、文句ひとつ言わずに魔獣を狩っていた。

 以外だったのが、今回のことで誰も女魔法使いを責めなかったことだ。それが発覚した当初、オレは烈火のごとく彼女を怒鳴りつけたが、オレ以外の女僧侶や男戦士が彼女を責めている様子を見たことはないし、そんな素振りも見せていない。いや、案外、あの女僧侶のことだから、オレの見えないところで女魔法使いにねちねちと言っているのかもしれない。女僧侶はいかにも男には愛想がよくて同性からは嫌われるタイプに見えるから、陰でとんでもないことを女魔法使いにやっているかもしれない。……ちょっとだけ興奮した。

 それと、これを書いているときに女僧侶が夜の街から帰ってきた。オレたちは依然として4人で一つの部屋に泊まっておりプライバシーやプライベートなんて言葉は存在しなかった。本当、いろいろ溜まって困る。

 女僧侶は頬を紅く上気させ、時折、女魔法使いから漂ってくるほんのりと甘い香りを100倍くらい濃くした、甘ったるい香りを部屋にまき散らしながら帰ってきた。そして机に向かってオレを見ると一言。

「あら、まだ起きていたんだ」

なかなか寝付けなくてね。

「それ、なにを書いているの?」

 彼女の興味がオレの手記に向けられて焦った。オレは「別に大したことじゃないよ」と言ってどうにか誤魔化そうとした。

「ふーん、あっそ……」

 女僧侶はそれだけであっさり興味を無くしたようにベッドの上に倒れ込んだ。酔っていたのかもしれない。今思い返すと、ほんのりと目を垂れ下がっていた気がする。もし酔っていたのならば、そのまま今夜見たことは忘れてほしかった。

 やがてスース―という女僧侶の寝息が聞こえてきた。寝てしまったらしい。オレは立ち上がって彼女のともに近寄る。そしてその身体の上に毛布を掛けてやる。その際に、彼女の扇情的な衣装を見てオレの思考が一瞬停止した。浮かび上がってきた邪念を頭を振って振り払った。

 追記

 後になってこれを付け加えるが、その夜の何日か後、オレたちは別の勇者一団とすれ違った。これ自体は珍しいことじゃない。街を歩けば必ずといっていいほど別の勇者一団とすれ違うし、向こうの格好が明らかにオレたちの装備よりも上物だったってこともいつものことだ。ただ、その先頭を歩いていた勇者がオレたちを、正確に言うと女僧侶を見ると口元を歪めてあざ笑った、気がしたのだ。ただ、彼女の方も向こうとは顔を合わせるのを嫌がっているように、顔を伏せていたのだ。なんだかイラッとした。もちろん、向こうの勇者にだ。



 今更になって気づいたが、男戦士は思いのほかデキる男だった。狩りに出かける際は、先頭をオレ、間に女性二人を挟んで最後尾に彼という隊列で進んで行くだが、彼はいち早く魔獣の到来を告げてくれる。戦闘中の判断も性格で早い、しかも柔軟性がある。正直、オレなんかが支持するなんかよりも彼が司令塔になった方がいいのではないかと思う時が何度もあり、実際、それを彼に告げたことがある。しかし彼は――

「いや、いいよ。僕たちのリーダーは君だ。君が司令塔だよ」

 お前の方がオレよりも有能だ。お前がいなかったら危なかった場面が今までに何度もあった。

「うん、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。けど、僕は駄目なんだ。一度、失敗しているからね」

 そう言って彼は困ったように笑ったのだ。深くは聞かなかった。興味がなかったし、なにより面倒くさそうだった。オレたちの目的は仲良くなることじゃない。魔王を倒すことだ。それさえできれば、誰が何を思っていようと知ったことではない。

 早くこの度を終わらせたい。



 今日、この街(今、これを書いているときに滞在している街)で女僧侶が知り合い、というか昔の男に出会った。街の酒場でのことだった。先に気付いたのは向こうの男の方で、女僧侶の名前をつぶやくと、自分の名前に反応した彼女が男の顔を見て驚いた表情をした。そして、その男の名前を消えそうな声で口にした。そのときの彼女の顔は、なんというか、意外だった。今までの彼女の印象とは異なり、幼い少女のように脆そうだった。いやさ、幼い少女の顔が脆いのかはわからないけど、なんとなくそんな気がしたんだ。

 二人はしばらく顔を近づけて小さな声で話していた。男の方が謝っているように見えた。そして、時折、女僧侶は感情的な声で男を責めていた。「どうして」「なんで今さら」というのが聞こえてきた。明らかに面倒くさそうな男女の匂いがしてオレは辟易した。

 やがて男の方がこちらに近づいてきてオレに言った。

「すみません。少しの間、お借りしてよろしいでしょうか」

 男の顔立ちは整っていた。その上、身に着けている装備品も明らかにオレたちが身に着けているものよりもグレードが高い。だからだろうか、男がオレたちを見たときに口元を勝ち誇ったように歪めた気がしたのは。だからだろうか、男はオレたちにお願いしているはずなのに、それはもう決定したことのように女僧侶の腰に手を当てているのは。

嫌です。お断りします。

 だからだろうか、この男を見ていると胸がむかむかしてくるのは。

 男は虚を突かれたような顔をして、女僧侶は驚いた顔をしていた。

 もう、この辺にしておこう。

 オレは席を立って彼女の手首をつかんで店の外に引っ張っていく。女魔法使と男戦士もその後に続いた。

 店の外に出ると酒場の中とは違ってとても静かだった。だから、女僧侶がすすり泣いている声がよく聞こえてしまった。オレはつかんでいた彼女の手首を離して、この街での拠点である宿へと向かって歩き出した。女魔法使いと男戦士も黙って付いてきた。最後に女僧侶もゆっくりとけどちゃんと付いてきた。オレは歩くペースをできる限り遅くした。願わくば、彼女が宿に戻るまでに泣き止んでくれるのを祈るばかりだ。オレたちは依然として一つの部屋しかとっていない。部屋なんて密閉された空間で泣かれていちゃオレたちがたまったものではないからだ。

 追記

 女僧侶は次の日の朝にはケロッとしており、その日の夜には日課である男漁りに精を出していた。ほんのちょっと、オレの中に裏切られた感があった。



 最近、女魔法使いはカジノに全く行っていないらしい。

 今回、到着した街にそこそこ大きなカジノがあったので、ほんの気晴らしで(最近、金には多少の余裕が出てきた。けど、宿で取る部屋は一つ。もう習慣みたいなものか)彼女からアドバイスでももらおうとしたら言われたのだ。

「カジノ? ああ、あれ。もうやめた」

 随分と急だね。いったいどうしたの?

「別に急じゃないわよ。前に私がみんなのお金を全部カジノでスちゃったとき、ものすごく大変な思いしたじゃない。けど、あなた以外誰も私を責めなくて、それが結構辛かったの。私だって反省くらいするわよ」

 意外や意外。彼女がそんな風に思っていたなんて。確かに、あの時は大変だったが、そのときに魔獣と戦いまくって大変だった。けれども、そのおかげでオレたち全員それなりの経験を積むことができた。今となってはほろ苦くても悪くない思い出にオレの中ではなっていたのだ。それを彼女が気にしており、それどころかカジノ通いさえやめていたとは。まったく気が付かなかった。少し反省。けど、なんかオレだけ悪役になっているような気がするのが気に食わなかった。

 追記

 結局、その日、オレはカジノに行くのを止めた。

 追記2

 その日以来、女魔法使いは本当に一度もカジノに行かなかった。少なくともオレの知る限りは。



 魔王討伐を最終目的として、まずオレたち勇者一団がすることは魔界とこの世界を繋いでいる扉を探し出すことだ。この扉なのだが、新たな魔王が誕生するごとに別の場所の現れるため、誰もその場所を知らない。拍子抜けするほど簡単な場所に現れてり、そこにたどり着くまでで既に命を懸けなくてはいけないような場所に現れたことも過去にはあったらしい。

 扉を探し出す1つの方法として、上級魔獣が多くいるところを目指すのが今のところ最も確実な方法だ。魔獣は扉を通って魔界からこの世界にやってくる。つまりは魔獣が最も多く存在しているところに扉があるということだ。むろん、魔獣たちもオレたちの魔王討伐を阻止せんとさまざま妨害をしてくる。扉付近には超が付くほど強力な魔獣が存在し、扉を守護しているし、過去には扉の存在を隠すために敢えて扉の周りに全く魔獣を配置しなかったこともあったらしい。だから、どうするのが正しいと一概には言えない。オレたちの一団のように実力から最前線まで出ることができず、そこそこの狩場でそこそこのレベルの魔獣を狩り日銭を稼いでいてもつい期待してしまうのだ。もしかしたら、と……。



 今日、街で嫌なヤツに出会った。いや、向こうは多分オレの方に気付いていなかったから正確には出会ったではなくて見つけただ。向こうはオレのことなんて忘れているかもしれないが、オレの方は多分一生忘れない。ソイツはオレと同じく勇者をやっており一団の先頭を歩いていた。半歩遅れて隣を歩いている女狩人にしきりに何かを話しかけていた。そして、何がそんなにおかしいのかと思うほど耳障りな甲高い声で馬鹿な笑い声をあげていた。隣の女狩人は遠慮がちに口元に手を当てて付き合い程度に笑っていた。その姿が、とても心の底から笑っているようには見えなかったから、オレはソイツに言ってやりたかった。お前の話あんまりおもしろくないみたいだぜ、って。ソイツは不意に笑うのを止めてオレの方を見た。オレはとっさに顔を逸らした。一瞬、目が合った気がした。気づかれたかと思って、ひやっとした。けど、幸いにもソイツはオレに話しかけてくることはなかった。すれ違いざま、オレは顔を逸らしてやり過ごした。すれ違うその瞬間、ヤツの声が一番大きくなったその瞬間、嫌な思い出が次々に蘇ってきてとても嫌な気分になった。もう随分と前のことのはずなのに、その思い出は今でもオレ心を締め付けた。何よりも、他の連中の前でこんな姿をさらしてしまったことがイヤだった。連中はオレの態度が変わったことに気付いていないかもしれない。けど、気付いたかもしれない。聞かないとわからない。けど、怖くて聞けない。



 街でヤツに出会ったことが尾を引いていたらしい。オレは今日、魔獣との戦闘中に何度もミスをした。いつもは絶対しないような単純なミス。どうにもここ最近、戦闘に集中できない日が続いている。原因はわかっている。いい加減にしっかりしないといけない。



 この日、何を思ったのか、女僧侶が街で食材を買い込んできていきなり料理を作りはじめた。いきなりのことに驚いて彼女に理由を尋ねてみたが、彼女曰く、ただの気まぐれらしい。

 オレは料理なんてできないから見ているだけだったが、男戦士もそれなりに料理ができるらしく女僧侶と並んで料理をしている後ろ姿は、なかなかに圧巻だった。

 ちなみに、女魔法使いもオレと同じく料理はからっきしらしく、仲良く見学。しかし彼女、最初は自分も料理ができるんだと見栄を張り、肉を切ったわけでも魚を捌いたわけでもないのにまな板の上を血だらけにした。女僧侶が治療してくれなければ、今頃、彼女の指は切り傷だらけになっていたに違いない。

 二人の作った料理の感想としては美味かったの一言に尽きる。会話も弾んだ。実技は全然のくせに女魔法使いは知識だけは豊富らしく、これはどこどこの国の料理がもとになったとか自慢げに話して女僧侶とちょっとした議論をしていた。

 オレたちは今まで食事は各々で勝手にとっていた。理由は簡単で、部屋の中でいつも顔を合わせていなくてはいけないのだから、せめて食事くらいは一人で食べたいというものだった。誰が言い出したでもなく、誰も賛成も反対もせず、ぼんやりと決まったことだ。とる部屋を1つにしていたことで結構な額の部屋代も浮き、食事くらい好きなものを食べるくらいはできたのだ。

 正直な話、今のオレたちならば高望みをしなければ1人1部屋くらいなら問題ない。もちろん食事も。そんなの、みんなもわかっていることだ。けど、誰も言い出さない。だから、オレも言い出さない。



 前回書いてから随分と間が空いてしまったが、再び書きはじめることにする。

 前回の手記のあの後、オレは失敗した。そのせいで仲間が傷ついた。それで自身がなくなった。何もかもがどうでもよく思えてしまった。塞ぎ込んで腐っていた。

 けど、励ましてくれた人がいた。叱ってくれた人がいた。手を差し伸べてくれた人がいた。自分が甘ったれだと気付いた。そして、もう一度やり直してみたいと思った。


 頑張ろう。。



 オレはこの日、失敗した。

 オレは未だに引きずっていたらしい。戦闘中、ぼうっとしていたオレに向かって魔獣は容赦なく牙を剥いてきた。そんなオレを男戦士は庇って片目を負傷した。女僧侶が治療を試みたが、結局、彼の片目が再び視えることはなかった。

 オレは塞ぎ込んだ。

 仲間に自分のせいで怪我をさせてしまったからか。

 違う。

 オレはその少し前に、昔、オレのことを苛めていたヤツに偶然出会っていた。出会ったといっても向こうはオレのことになんて眼中になかったと思う。けど、オレには十分だった。ヤツの姿を見たことで忘れようとしていた過去が蘇ってきた。とても嫌な思い出だ。辛かった。苦しかった。だから、戦闘中でもぼうっとしてしまうことがあった。それを気付いてほしかった。

 オレは最低だった。男戦士が一生消えない傷を負ったというのに、オレはそれを理由に腐っていた。いつか仲間が理由を尋ねてくれるのではないかと期待して。オレは最低の甘ったれだった。

 だから、そんなオレを待っていたのは女僧侶のビンタと女魔法使いの容赦ない言葉。男戦士の悲しむような視線。彼はオレのことを一言も責めてこなかった。当時は何とも思わなかったが、そのとき、彼の人としての器の大きさを初めて垣間見たのだ。

 それから立ち直るまではもう少し時間がかかった。男戦士には本当に申し訳ないことをしたという思いから。また、女性陣から容赦ない言葉で自分の胸の内を見透かされたという気まずさから、みんなの前に顔を出しにくかった。

 そんなオレの背中を押してくれたのは女僧侶だった。そのとき、彼女がオレになんて言ってくれたのか、どんな会話をしたかというのは不思議なことによく覚えていない。きっと他愛のない話だったのだ。けど、彼女のおかげで心が軽くなったのは事実だった。

 彼女との会話すら覚えていないのに、あのときの、あの感覚はよく覚えている。胸の中が無色透明みたいにすっきりしていて、身体が浮かび上がるんじゃないのかと思うほど胸が軽くかった。人生が今までにないくらい輝いて見えた。

 この日以来、オレたち4人の間の空気が少し変わった気がした。魔獣との戦闘中に前よりも連携が上手くいくようになった。旅の途中、どうでもいいような会話が増えた。笑い声増えた。4人でする旅が楽しいと思うようになっていた。

 魔獣を倒す効率が前よりもよくなって、仲間の装備を新調した。もう少し強力な魔獣がいる所に行くようになって、さらに金稼ぎの効率が上がった。この前は、とうとう手配魔獣の討伐まで成功するようになっていた。といっても、手配魔獣の中でも一番報酬が低く倒しやすいのであったが、倒してことには違いない。

 今、オレたちは順調だった。



 手配書にある大型の魔獣(しかも高難易度)の討伐に成功した。はっきり言って、幸運に助けられたのもある。けれども、オレたちは勝ったのだ。

 その魔獣は、オレたちよりももっと大規模でレベルの高い勇者一行でも討伐することが困難な相手だった。

だから、それがきっかけでオレたちの名前が一気に知れ渡った。

 初めて訪れた街で歩いていると他の勇者一行から声をかけられた。

 この前、駆け出しの勇者一行から尊敬の眼差しを向けられた。後輩から尊敬の眼差しを向けられて悪い気はしない。その一行の中に可愛い女の子がいればなおさら。女僧侶は早速、向こうの若い男に色目を使っていたし、男戦士も顔を赤らめながら相手の顔をチラチラ見ていた。クールぶっている女魔法使いも、後輩にあたる魔法使いから質問を受けてそわそわしていた。オレたち全員が浮足立っていた。



 勇者の連合団体のようなところから初めて声をかけられた。

この団体は一定の実力以上の勇者一行が集まって、協力して魔王を討伐しようとする団体で、この団体に所属していればこれはもう完全に一流の勇者一行と世間から認められる。

とうとうここまできたと思った。

 連合団体に所属すると、今までの旅ががらりと変わった。

 まず、宿。驚くほど上等の宿がタダ同然の値段で泊まれるようになった。全員が豪華な個室。今頃、みんなも自分の部屋でのんびりしているだろう。オレもこれで、のびのびとこれを書くことができる。

 あと、役人たちの対応。今まで横柄だった役人たちも、オレたちが連合団体に所属していると知るや否や、がらりと態度が変わりへりくだってくる。そのあまりの対応の違いに、爽快感はなく、むしろ憤りすら感じた。しかし、いろいろと楽になったのも事実。やたらと時間がかかるお役所の仕事も信じられないほど早くなった。書類なんて本当は見ていないんじゃないかと思うくらい。

 街に入るときに検問があってもオレたちは素通り。街の役人が何か聞き込みのようなもの(多分、何か事件の犯人でも探しているのだろう)をしていても、オレたちには聞きもしない。関わらないようにしているわけじゃない。犯人ではないと確信されている感じだ。きっと、オレたちが何か罪を犯しても、大抵のことなら役人は見逃す。今更ながら、自分たちのバックに付いた権力の大きさに驚いた。



 最近、何かつまらない。

 はっきりとした不満があるわけじゃない。

 衣食住は最上の物をほとんどタダ同然で手に入れることができるし、金もただ突っ立ているだけの仕事をするだけで、今までの連日徹夜で魔獣と戦わないと稼げなかった金が手に入る。

 毎日に張りがない。

 緊張感がない。

 つまらない。

 これでいいのか?



 魔界への扉が発見された。

 発見場所は特に魔物の出現数が多い地点の1つ。

まあ、妥当なところと言える。

 すぐに魔王の討伐隊が組まれるのかと思いきや、しばらくはその予定がないらしい。さすがに魔王討伐となると事前に準備期間が必要なのだろう。

もしかしたら、自分たちも討伐隊に組み込まれるかもしれないと期待していたため、少しばかり拍子抜けしたがそれも仕方ない。せめて討伐隊に選ばれた時のために、少しでも強くなるべく本日から鍛錬を開始した。この日は、久しぶりに心の底からワクワクした日になった。



 まだ魔王討伐の編隊が組まれない。

 魔界への扉が発見されから、もう随分と時間が経っている。初めのうちはやる気のあったオレも最近はその勢いを失っている。仲間たちもそうだ。3人からも徐々に当初あった覇気がなくなってきている。

 いくらなんでも遅すぎる気がする。



 依然として魔王討伐の知らせはこない。

いくらなんでもおかしいと、オレは日頃から良くしてもらっていた連合団体の幹部の人にその理由を思い切って尋ねてみた。

 魔王討伐はしばらくの間、行われないらしい。

 理由は討伐準備とかそういうのではない。

 その人が言うには世界のバランスのため、らしい。

 魔王がいて魔獣がいることによって、人類は適度な平穏を得られている。その人が言うにはそういうことらしい。

 遥か昔、まだ魔王が現れるよりもずっと前、人間たちはずっと争っていた、らしい。それこそ、人類が滅んでしまいそうになるほど。それこそ、この世界を破壊してしまいそうになるほど。魔王はそんな人間たちを団結させるために神様が寄越した調停役、らしい。魔王という人間の共通の敵がいることによって、人類は争うことなく協力して魔王を討伐せんと力を合わせている、らしい。だから、魔王があまりにも短い期間で倒されてしまうと、いろいろと問題が発生する。だから、魔王討伐は時期が来るまで待て。とのことらしい。

 そこのことをオレに説明してくれた人は言った。

「君も個人よりも人類のことを考えるんだ。君も我々の一員。君にも責任がある。人類の存続を考える責任がね」

 肩を叩かれながら言われた。何かを押し付けられている気がした。

「勝手なことはしないように。あと、馬鹿な真似もね」

 上手く誤魔化せた自身はある。昔から、意味のない笑みを浮かべるのは得意だ。

 仲間には話さない。話せない。

 話したところでどうにもならない。

 今ほど1人部屋でよかったと思ったときはない。



 わからないわからないわからない。

 目的を失った。よく生きる目的を無くして世界が灰色になったというが、どんな状態でもオレの目はしっかりと色彩情報を脳味噌に送ってくる。

けど、どの色も鮮やかではない。どれもくすんで見える。これが灰色か。

それからは似たような日々の繰り返し。

 楽で実入りのいい仕事をして上手い飯と酒を飲んでまた朝を向かえる。

 食事で同じものをよく食べるようになった。

 酒の量が増えた。

 それでも朝はやってくるし、毎朝同じ時間にオレは目が覚めた。



 これでいいんじゃないかって、最近思うようになってきた。

 これで世界が回っているっていうのなら、オレがとやかく言ったところでどうにかなる問題ではないし、世界の人々はそれなりに幸福に生きている。

 幸せそうな家族を見た。

 父と母と娘で買い物をしていた。娘は両親とのお出かけが余程楽しいのか、とてもはしゃいでいた。それを見ていい気なものだなとオレは思った。正直、胸の中にどす黒い感情が芽生えていた。それくらい腐っていた。

 その幸せそうな家族の姿に苛立ちを募らせていると、なんの因果かその娘がオレにぶつかってきた。よく前を見ないで走っていたからだ。些細な、本当に些細な衝撃だった。けどその衝撃で、オレの胸から今にも溢れ出しそうだったものが、こぼれだした。オレが怒鳴り声を上げようとしたその瞬間だった。

「ごめんなさい」

 娘の、まだ小さな女の子精一杯の謝罪。オレを不安そうに見上げてくるその瞳と目が合った。胸の内にあった苛立ちがすうっと消えていくのを感じた。

 女の子の両親がこちらに駆け寄って来て慌てて頭を下げた。娘がすみません。お怪我はありませんか。小さな女の子にぶつかられただけでオレが怪我なんてするわけない。そんなの見ればわかるだろうに、その子の両親は何度もオレに頭を下げてきた。

 自分は大丈夫ですよ。――それよりも、お嬢ちゃんは大丈夫?

「うん、平気!」女の子は元気いっぱいに答えた。「おにいちゃんは?」

 おにいちゃんという呼ばれ方にオレは苦笑した。妹なんていなかったから照れくさかった。

 オレかい? オレは平気だよ。強いからね。

「おにいちゃんつよいの? もしかしてゆうしゃさま?」

 そうさ。

 オレは胸を張って答えた。女の子は少し舌っ足らずで、勇者様がゆうささまに聞こえたが、今までのどんな激励よりも力が湧いてきた。

「じゃあ、おにいちゃんがまおうをたおしてくれるの?」

 その女の子の期待のこもった眼差しにオレは自信満々に答えた。

 おう! 任せとけ。

 オレはどんと自分の胸を叩いた。

 そうだ。オレは勇者なんだよ。

 世界の色からくすみが消えた。



 再び間が空いてしまった。

言い訳じゃないけど、この間には本当にいろいろなことがあった。

 何度も死にそうになった。

 自分のやっていることが正しいのか不安になったことが何度もあった。

 けど、オレは生きているし、選んでしまった以上はその選択を信じて突き進んでいくしかないと思った。

 オレは生きている。

 そして、世界も変わりなく動いている。

 変わらない。けど、変わったと信じたい。

 オレは生きている。

 これからも生き続ける。



 オレは仲間に魔王討伐の全てを打ち明け、そして自分の考えもみんなに伝えた。自分の考えとはもちろん魔王討伐だ。

 これは賭けだった。

 正直、今のオレたちの生活はこれ以上ないくらいに恵まれていると思う。衣食住はもちろんのこと、簡単に大金を稼ぐことができるし、どこに行っても特権階級並みの待遇を受ける。オレの提案はそれらを全て捨てろと言っている。賛同を得られなくても仕方はない。けど、賛同を得られないくらいならまだいい。怖いのはそれを無くそうとしているオレが仲間から敵とみなされてしまうことだ。そうなったら、オレの計画は始める前から破たんしてしまう。それ以上に、仲間から否定されてまでそれをする意味があるのか自分でも不安だった。やめちゃうかもしれない。多分、心の片隅では不安があって、仲間に止めてほしかったんだと今になっては思う。

 仲間から否定の声は上がらなかった。その代わりに、オレの覚悟を問う質問がされた。その質問にオレは頷いた。頷くしかなかった。全部打ち明けた今頃になって、後には引けなかった。

 オレたちがまず初めにやったことは、現状の魔王討伐が意図的に先送りにされているという事実、これを世間に暴露する方法を模索することだ。もちろん、一介の勇者一行にすぎないオレたちがそんなことを世間に声高らかに説いたところで無視されるのが関の山。それどころか、それをひた隠しにしてきた勇者の連合団体から追われる身になってしまう。ことは慎重に運ぶ必要があった。

 オレは、ときどき街角で見かける声高らかにこの世界のあり方に疑問を投げかけている人物に接触を試みた。どこの街にでもいるような「この世界は間違っている」とか「本当の神は――」とか言っている人たちだ。今まで関わり合いになるまいと、その言葉は右から左に聞き流していたが、改めて耳を傾けてみるとこれがなかなかに興味深い。まず一つに、いくつかの街でそれぞれ違う人物の話を聞いてみたが、それぞれ話している内容が似通っていたこと。それともう一つ、これは非常に驚いたのが、彼らの主張の一つに魔王と勇者は実は裏でつながっていると言っているのだ。もっとも、これは彼らの中でも機密扱いらしく、オレも自らの身分を隠して、何度も足しげく彼らのもとに通い続けてようやく聞きだすことができた。

 やがて、オレはそこの集団のトップに立つ人物と会うことに成功した。

 その人物は自らのことを元勇者と名乗り、オレの身分を見破った。そして、自らの過去を、オレのように世界の真実を知ってこの世界に疑問を抱くようになった、と言っていた。そしてその頃の自分がいかに浅はかだったかを語った。いくら真実を声高らかに訴えても、所詮は大きな力には逆らえずに勇者を追放された。半ば自棄になり、一人単体で魔王を討ちに魔界に向かったがあっけなく返り討ちにされたと。

 その人物はオレの手をしっかりと握り、オレの目を真っ直ぐ見つめて言った。お前に託すと。

オレがやるしかないと思った。



世界の真実を世間にわかってもらうのは難しい。それは先人たちが立証している。だから、オレは直接的な方法を取ってみようと考えた。

つまりは魔王の討伐。

 しかし、これにも大きな障害が伴う。純粋な戦力的な問題だ。とてもオレたちの戦力だけでどうにかなるとは思わなかったのだが、これに対して先人である元勇者がオレに一つの可能性を示してくれた。

 一般的に魔王というのは、全ての魔獣の頂点に君臨する最強の存在という認識だ。だが、その魔王を実際に見たという人間は非常に限られており、そのほとんどが過去に魔王を討伐した勇者ということになっている。その上、魔王に対する文献の少なさもそれに加わる。つまるところ、世間の誰しもが魔王という存在を認識しながら、その存在を確かめた人間はほとんどいないということとなる。このことから、魔王という存在はただの象徴なのではないかという考えが生まれてきたのだ。

 国王が必ずしも武勇に優れているというわけではないということだ。腕力がなくても力は手に入れることができる。

 以上のことから、魔王単体の戦闘力は大したことがなく、真に問題なのは魔王にたどり着くまでの過程にあるという結論にオレたちはたどり着いた。事実、元勇者も返り討ちにあったのは魔王二ではなくてその部下である魔獣にやられたからだ。

 いけると思った。一類の光と未来永劫にわたって賞賛されるオレの未来の姿が見えた気がした。



 見つけた。

 とうとう見つけた。

 魔王城に直接乗り込む方法を。

 これで魔王を倒せる。

 英雄になれる。

 これで全てが上手くいく。

 さあ、行こう。

 魔王を倒しに。

 英雄になりに。

 ようやくこれで……



 目を開けると見知らぬ天井がそこにはあった。なんだか身体が重く感じる。オレは起き上ろうと腹に力を込めたそのときだった。腹に肉がねじられるような痛みが走った。うめき声が口から洩れて、僅かに上がった背中が再びベッドの上に倒れ込んだ。背中にじっとりと汗をかいていた。

「あら? お目覚め?」

 近くから声がした。身体が動かないので眼球だけを動かして声の主を探すと、ぬっとオレの顔を覗き込むように影が落ちてきた。

「気分はどうかしら?」

 彼女、女僧侶であるジュリがそう尋ねた。

「身体中が痛い」

 オレは素直に答えた。

「当たり前よ」ジュリの返事は素っ気ない。「自業自得じゃない。アンタ、みんなにどれだけ心配かけたと思ってんの?」

「……なにがどうなった」何も覚えていない。

「アンタ、覚えてないの?」

 オレは小さく頷いた。

 ジュリは呆れたようにため息を吐いた。「呆れた。何も覚えていないなんて」

 覚えていないものは仕方がないじゃないか。

「アンタさ、何をとち狂ったのか、一人で高難易度の手配魔獣に挑みに行ったのよ。アタシたちに内緒でさ」

 ……ああ。

 だんだんと思い出してきた。そうだ。オレはあの夜、仲間たちに内緒で、無謀にも一人で手配魔獣に挑みに行ったのだ。そのときのことはあまりよく覚えていない。ただ、手配魔獣の気迫に押され、何もできなかったことだけはぼんやりと覚えている。足がすくんで、オレ棒立ちもままやられた記憶がある。

「ホント、よく生きていたわね」

 本当にどうして生きているんだろうか。「……誰がオレを助けてくれたんだ?」

「さあ?」ジュリ言い方は素気なかった。「アンタさ、街の入り口に倒れていたのよ」

 ということは誰かが運んでくれたということか。心当たりも記憶も全くない。

「ま、生きているんだから別にいいんじゃない」

 誰がオレを助けてくれたのか気になる。

「それよりもさ、アンタ、後でアンに謝っておきなよ」

 アン。女魔法使いの名前だ。

「随分と心配して、アンタのことつきっきりで看病していたんだから」

 てっきりアンジュが看病してくれていたんだと思った。そのことを伝えると、彼女に鼻で笑われた。

「アタシが? そんな柄じゃないっての。たまたまよ、たまたま。――まったくアンも間が悪いわよね。あの子、ほんの少し前まで寝ずにアンタの看病していたんだけど、とうとう力尽きちゃった」

 それにしても意外だ。てっきり、アンには嫌われているものだと思った。いつも口うるさく文句を言われていた。彼女に文句を言われない日はないくらいに。

「それはアンタに気があったからでしょ。女なんて本当に気がない男なんて完全無視よ無視。アンタのことが気になったからついつい口うるさくしちゃったってわけ。――ホント、アンタも気づいてあげなさいよね。アンもアンだけど、アンタもアンタよ。まったく仲間内でアタシもタウロスも気が気じゃなかったわよ」

 タウロス。男戦士もそれに気づいていたのか。

「アイツもアンタのことを心配していたわ。アンタ、今、身体が動かないんでしょ? 気をつけなさいよねえ……ふふふ」

 ジュリが意地悪く目を細めた。オレは彼女の言葉に寒気がした。頼むからオレと彼を二人きりにしないでくれ。

「さあ? それはアンタの今度の態度によるわよねえ」

 足元を見た彼女の要求にむっとしたが、生憎、交渉できるほど今のオレの立場は強くなかった。ぐうの音もでない。

「それにぃ、こんな物も見つけちゃったしー」そう言って彼女が取り出したソレを見てオレはぞっとした。初めて本当に血の気が引くというのを実感した。顔が無機質のように体温というものを失ったような感じだった。声が喉で詰まった。

 彼女はそんなオレなどお構いなしに、容赦なくそれを開いてパラパラとページをめくり、無情にも読み進めていった。「アンタさあ――」ジュリが口を開いた。処刑を執行される気分だった。

 耳を塞ぎたい。何も聞きたくない。どこかに行ってしまいたい。けど、不幸にも身体が言うことを聞かない。動かない。どうしようもなかった。

「………………」

 ジュリはソレを読み進めていくだけで何も言ってこなかった。それが余計に辛い。さっきの前振りは何だったのか。いつ言われるものかと今か今かと待つのは、ずばっと一刀両断されるよりも辛いものがあった。変に何を言われるか想像が膨らんでしまう。

「…………何か言ってよ」

 一向に口を開く気配のない彼女に、ついにオレの方が根負けした。もう、こうなったら腹をくくるしかないと思った。オレは覚悟を決めて歯を食いしばった。

「……ふーん」ざっと読み終えたのか、ジュリは開いていたソレを閉じてオレの方を見た。「アタシはそんなにも尻軽女か?」声には怒気が含まれていた。不味いと思った。「アンも……随分とヒドイ書かれようね。何よ、カジノ狂いって。タウロスは……なんで彼だけ本当のことを書いているのよ?」

ジュリは呆れたようにため息をついた。「アンタはさ、こんな感じになりたかったわけ?」

「悪い?」半ばやけくそだ。開き直って、堂々とする。

「別に。けど、それにしても、っ……」

 ジュリは何かを言いかけたが、いきなり笑いをこらえだした。何がそんなに面白かったのかわからなくて怖かった。けど、怖くて聞けない。

「な、なんだよッ」それだけ言うのが精いっぱいの強がりだった。

「い、いやね……」彼女の肩は依然として震えていた。それを見て、いつまで笑ってるんだと、少し憤りを感じた。「アンタもさ、なんだかんだ言って英雄になりたかったんだな、と思ってさ」

「オレが憧れちゃいけないのかよ」

「そうじゃないけど、ちょっと意外だった。――だって、日ごろのアンタを見ているとそんな風じゃなかったし、なんていうかさ、テキトーって感じだったから、そんな風に本気で物事を考えていたんだなぁって」

「いじめられっ子はね。頑張っちゃいけないの。頑張ったら頑張った分だけバカにされちゃうから」

 昔から器用な方ではなかった。だから、小さい頃は同年代の子供からからかわれることもあった。それが嫌で必死になって頑張ったら、今度は何そんなに熱くなってんのって目で見られた。

 だから別にいいじゃないか。想像の世界のオレはもっとカッコよくたって。

「……そう言わないの。これでもアンタのこと少し見直したんだからさ」ジュリは急に優しい声を出しはじめた。「いいじゃない。こういう風になりたいんなら、周りの目なんて気にしないで頑張れば」

 できれば苦労はしない。それをオレに躊躇させるのは、子どもの頃の苦い記憶と自分に才能がなくてどうしようもない壁にぶつかってしまうのではないかという恐怖だ。

「ま、これはアンタの問題だからアタシは余計な口は挟まないけど」もう十分に挟んでいる気がする。「アタシはちょっとアンを起こしてくる」彼女はそう言ってオレをオレの枕もとにそっと置いた。良かった。返してもらえた。

「もう少ししたらアンが来るんだから、少しはシャンとしていなさいよ?」

 ジュリは最後にそう言い残して部屋を出て行った。

 そんなの今さら取り繕ってどうすると思ったが、念のため、痛む身体に鞭打って寝ぐせと目ヤニ、鼻水などが垂れていないか確認しておいた。


 アンが部屋に入ってくるとき、とても緊張した。どんな顔をしていればいいのかわからなかった。だから、言葉がうまい具合に出てこない。

「……あ、起きたんだ」

「うん……、ずっと看病してくれてたみたいで、あ、ありがとう」

 お互いろくに目を合わせることができない。それまでは特に考えてこなかったが、オレ、よく考えると、過去に彼女と何を話していたのだろうか。多分、他愛のない内容だろう。まったく覚えていない。

 アンの隣に立っていたジュリがこれ見よがしにため息をついた。

 というか、間違いなくこの空気はお前のせいだよね?

 二人と一緒に部屋に入ってきたタウロスもどうしたものかというようにオレとアンを見比べていた。彼と目が合った。苦笑いをしていたが、その口は頑張ってと動いたように見えた。

「……アタシ、ちょっと用事を思い出した」唐突に彼女は言った。「少し席を外すわ」

 部屋から出て行く際、チラリとタウロスを一瞥していく。それに気づいた彼は寝ているところをたたき起こされた様に、ビクンと身体を強ばらせて、そして慌てて「ぼ、僕も用事を思い出した」と言い部屋から出て行った。

 わかりやすい。

 部屋の中にはオレとアンの二人だけになった。

 オレの方から話しかけるべきなのだが、こういうときに何を話していいのか皆目見当もつかず、口を開くことができなかった。部屋の中が一気に静かになった。

 どうしよう。

 時計がないから時間はわからない。けど、時間の流れがとてもゆっくりになっているというのは嫌でも実感できた。握っていた拳が嫌な汗をかいてきた。ホント、どうしよう。

「あのさ……」

「あ、あの……」

 こういうとき、いざ覚悟を決めて口を開きかけたときに限って間が悪い。お互い視線が一瞬だけ交差したがすぐに、慌てて逸らしてしまう。そして再びの沈黙。

 ジュリのヤツめ、後で覚えていろよ。

 オレは心の中でこの状況を作り出した元凶を呪った。そうでもしないと、心が平静を保てない。

 気づかれないように深呼吸。

けれども、さっきので話しかけるきっかけのようなものは作れた。大事なのは間を置かないこと。ここで間を置いてしまうと再び話しかけにくくなる。勇気と勢いを持ってさあ行こう。

「あ、あのさッ」少し声が上ずったが仕方ない。「わ、悪かったね。心配をかけたみたいで。それと、ありがとう。ジュリから聞いた。その、ずっと看病してくれてたみたいで」

「……別に、気にしなくていい。看病していたのは私だけじゃないし、ジュリやタウロスも交代であなたのことを看病してた」

「うん。けど、ありがとう」

 アンはとても無口だった。不愛想だったと言ってもいい。初めて会ったとき、仲間の誰ともろくに話そうとしなかった。といっても最初は、仲間内の誰もがお互いに好意的ではなかったけど。

「……どうしてあんな無茶なことをしたの?」

 アンが上目使いで尋ねてくる。先入観があるからか、ちょっと可愛いと思ってしまった。

 あんな無茶というのは、無論、オレが一人で手配魔獣と戦いに行ったことだ。

「ちょっと、思うところがあってね」

理由は言いたくなかった。その理由は情けないから。

「……死のうとしたんじゃない、よね?」

 ああ、そういう風にも捉えることはできるのか。そこは首を振ってはっきり否定した。「違うよ。死のうとしたんじゃないから」

「じゃあ、どうして?」

 言葉に詰まる。なんて言ったら彼女は納得してくれるのだろうか。

「うーん……、とね。オレも、勇者になりたかったってことかな」オレは気恥ずかしさを誤魔化すように後頭部を掻きながら答えた。「恰好よく手配魔獣を倒せればオレたちの名前を一気に売れるし、それで一気に一流の仲間入りにってさ」

 本当は心のどこかで、オレには特別な力があって本当に命が危なくなった時にそれが発動するんじゃないかって祈っていた。結果は御覧の通り。当然ながら、オレにそんな特別な力はなくて命からがら助かった。いや、本当は命だって危なかった。こうして生きているのは奇跡だ。オレを助けれくれたその誰かさんには感謝しなくてはいけない、本当に。

「……有名に、なりたいの?」

「そりゃあそうさ。勇者なんてやっているヤツの目的なんて、みんな魔王を倒して英雄になることだからね」

 最も、本当に魔王を倒せるのはずっと前から勇者になることが決まっていて、幼い頃から英才教育というのを受けている。そうじゃなければ、天才か。大半の勇者は魔王討伐なんかが目的なんかじゃなくて、とりあえずなんでもいいから肩書が欲しかったんだ。オレみたいに。このご時世、仲間を何人か連れて適当に魔獣を討伐していれば勇者と名乗ることができる。もちろん、魔獣と戦うことで命を落とす危険もあるが、相手さえ見誤なければそうそう危険はない。だから元引きこもりでも簡単に勇者になることはできた。

「アンはさ、どうして魔法使いになったの?」

「わ、私は、本を読むのが好きで……それで魔導書も……、他にできることもなかったし」

 魔法は魔導書を読んでその内容を理解すればだれでも簡単に習得することができる。もちろん、上級の魔法になればたとえその魔導書を読んでも理解できる人間は限られてくるし、魔法を使える回数もおのずと個人差、つまりは才能の差というものが出てくる。その点で言うと彼女は、まあ、劣っているとまではいかないが、並みというにも少し足りないところがある。オレが言えたことではないが。

「だったら、オレと似たようなものだね」彼女があまりにも自信なさげに言うものだから、つい口が滑った。「……オレもさ、これぐらいしかできることがなかったんだよ」

「え?」

 アンが顔を上げた。目が合った。彼女の顔を今、改まってまじまじと見つめた。長めの前髪。垂れた目。化粧っ気のない肌。目元にある泣きぼくろが印象的だ。けど、その容姿は街ですれ違っても決して人目を惹くほど整っているというわけではない。けど、それでも可愛いと思った。心臓が高鳴った。

「あー……、実はさ、オレも子供の頃にいろいろと……、というかイジメか。そういうのにあってずっと部屋の中に引きこもっていたんだ。でもさ、オレも、ホラ、いつまでもそうしているわけにもいかないし、というか母親に半ば無理やりオレを勇者にして家から追い出されたんだよね」

 よくよく考えてみると、オレもアンもジュリもタウロスもみんな同じ街の出身だ。大して大きくない街だというのに、それまでオレは3人のことをまるで知らなかった。

「ははは」

 言ってしまってから後悔した。とりあえずは笑って誤魔化すしかなかった。

「わ、私もっ」アンは声を張り上げた。彼女に似合わず大きな声で少し驚いた。「人と付き合うのが苦手で、ずっと部屋で本ばかり読んでいて……、けど、このままじゃいけないと思って、私にもできることがないかなって思って、それで……」

「そっか。――君は凄いね。自分から前に踏み出したのか」

「で、でも、それはあなただって……」

「オレは自分からじゃないよ。半ば無理やり。仕方なくさ。――多分、母さんに家を追い出されなかったら、ずっとあのままだったと思うよ」

 多分じゃなくて、ほぼ間違いなくだ。今でも戻りたいと思っている。

「ヤなんだよねえ。なーんも取り柄のない自分がさ」これで何かしら一つでも得意なことがあれば人生も変わってくるのかもしれないが、残念なことに他人と比べて自分の優れているところが見当たらない。劣っているところばかりだ。ホント、不公平だよ。

「そんなこと……」

「あるよ、そんなこと。勇者をやって実感した。オレには才能というのがない」アンが気を遣ってくれているのがわかった。だからオレもむきになった。「だったら、君から見たオレの優れた点ってある?」

 意地の悪い質問だし、この質問で戸惑っている彼女を見るのはとても辛かった。我ながら本当に嫌な言い方だと思った。

「や、優しいところ……」彼女は言った。突然だったので、最初、それがオレに向けての言葉だとはわからなかった。「あと、一生懸命なところ……」

 彼女の言葉はまだ続く。

「それと……恰好いいところも……」

 聞いていて恥ずかしいことこの上ない。いっそ殺してくれと思った。オレはうつむいて指先を弄んだ。顔を上げることができなかった。

「オレは、格好良くなんてないよ」むしろ格好悪い。それどころか、惨めですらある。「よしてよ」

「ううん」アンは否定した。「ずっと見ていたから」とはっきりと言った。

「ずっと……」

「私が小さい頃、部屋の窓から外に見える空き地でずっと頑張っている男の子がいたの。やっていることは変わることがあったけど、毎日毎日、ずうっと頑張ってた」

「……けど、どれもこれも結果が出なかった。意味のない努力だったよ」

「でも、格好よかった。私はそれを見るのが毎日の楽しみだったの。ああ、あの子は今日も頑張っているなあ。あ、今日は違うこと頑張ってるって考えながら見てた。あの子がいなかったら、きっと今、私はこうしていなかった」

 それは過大評価しすぎだよ、と言おうとした。けど、言えなかった。

「だから、ありがとう」

 涙が頬を伝った。喉が震えて声が上手く出なかったから。

 本当に情けない。ボロボロと涙を流す姿を好きな人に見られてしまうなんて。

 本当に情けない。たった一人の女の子に慰められただけでこんなにも心が楽になるほどオレはわかりやすいなんて。

「ゔん……ありがどう」鼻水のせいでヒドイ鼻声だ。雰囲気もクソもない「見ていてくれて、ありがとう」

「私の方こそありがとう。頑張ってくれてありがとう。――あなたのことが大好きです」

「うん、うん」オレは何度も頷いた。何度も何度も。上手い言葉が見つからなかったから。「オレもあなたのことが好きです。大好きです。オレと、付き合って下さい」

「はい」彼女は笑顔で頷いてくれた。その目にはうっすらと涙が溜まっていた。

 彼女の笑顔が見れてよかった。


 ――生きていてよかった。


最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。


今後とも投稿を続けるつもりですが、連載形式ではなくいわゆる書下ろし形式でしょうか、一作品完成させから投稿したいと考えております。

そのため、投稿期間が空いてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。

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