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Blond's and X  作者: 川咲弐号
1章  お任せあれ!
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8

     ◆ ◆ ◆ ◆


「本っっっ当にごめんなさいっっっっっ!!」


 黒く長い綺麗な髪が乱れるほど、ジェーンは勢い良く頭を下げた。

 一時期意識が混濁していたアトリとクィルターが回復し、特に後遺症らしきものも感じられなかったのでホッとして落ち着いたところで、ジェーンが猛省していた。


「二人がああなっちゃった後、指に少しだけ私も味見してみたんだけど」

「あれを味見したんだ……」

「私としてはちゃんと淹れたつもりだったんだけど、どこかで“ほんの少し”失敗したみたいで、あんな美味しくない味に――私のミスですみませんでしたっっっ!!」


 クィルターの呟きにジェーンは気づかなかったようで、ただただ謝るのに必死で更に礼を深くした。恐らく周囲の様子も見えていない。

 謝られている二人は、どんな“ほんの少し”の失敗をしたらあんな味になるのか、と言いたげな微妙な顔をしつつ謝罪を受けていたが、だからといって追及する気もないようで、食ってかかるような事はしなかった。ジェーン本人も不味いという自覚を持ってくれた事が、せめてもの救いかもしれない。

 ただこの誰も救われない気まずい空気の中で、キールだけが暢気なものだった。


「言うほど不味くなかったけどな~。ホットにしては、ちょっと温いかなとは思ったけど」

「むぅ~! あんたに情けなんて掛けてもらいたくないわよ! 余計情けなくなるじゃない!」

「なんだよもー。情けじゃないって」

「まだ言うか!」


 立腹するジェーンの横で、クィルターが「うーん」と考え込むように唸る。


「でも、キールくんだけはきちんと全部飲み切っていたから、本心で言っているんじゃないかな? ……『きちんと』というのが、この場合正しいのか分からないけれど」

「正常な事が異常って事。キールは味覚音痴なだけ」


 アトリは言いながら、口直しに出された菓子の中からマシュマロだけを拾って、ポンポン口に放り込んでいく。口の中に残っている苦味を、一刻も早く解消したいらしい。

 アトリの言い様に、キールは不満げに口を尖らせる。


「あー、はいはい。音痴で悪うござんした。でもそういうアトリだって鈍感じゃ――」

「喧しい」


 アトリが裏拳を見舞ってやろうとするが、キールの手で塞がれる。


「おっと! そう何度も喰らうかっての! それに二人が倒れた時、胃薬探して持って来てあげたのはどこの誰だったかな~? ん? ん?」


 肘で小突いてくるキールに不機嫌な顔になりながらも、アトリは言い返せずに黙ってやり過ごす。

 飽きたのか諦めたのかキールは、関心をアトリからクィルターの方に向ける。


「そういえば、薬を探すんで勝手に部屋歩き回っちゃったんですけど」

「それは仕方ないよ。私も助かったしね」

「それで、そっちの部屋にも探しに行こうとしたんですけど、鍵が掛かってるんですね。何の部屋なんですか?」


 キールが指し示したのは、リビングの南東に位置する扉。他の部屋へは、北側にあるキール達も通ってきた廊下に一度出ないといけないが、その部屋だけはリビングと繋がっていた。


「ああ、そこは私の書斎だよ。仕事を持って帰ってその部屋でするから、大事な資料が紛失や盗難に遭わないように厳重にしているんだ」

「ふーん……」


 ドアノブの下に鍵穴がある。先刻キールはそこから中を覗こうとしたが、南向きの部屋とはいえ窓が閉まっているのか、暗くて何も見えなかった。


「さっき薬を探すついでに、実は娘さんが帰って来てて隠れてるんじゃないかと思って、見て回ってたんですけど。その部屋に潜んでるって事は?」

「それはありえないよ。そこの鍵は私が常に持ち歩いているし、合い鍵もないからね。なんでまたそんな事を?」

「ん~、なんかさっき物音がした気がして……」

「ちょっと、怖い事言わないでよ! クィルターさんのお嬢さんじゃないとしたら、ど、泥棒って事になるでしょ……!?」


 ジェーンが自身の体を抱き締めて、怯えた目で扉の方を見る。クィルターは眉尻を下げ申し訳なさそうにする。


「あ、いえ。それは多分、うちの猫だよ」

「猫?」

「フレッドといって、私が仕事で遅い事も多いから、ケイトが寂しがるといけないと思って飼い始めたのがいてね。すばしこいから、私が出入りする間に入り込んだのかもしれないね」

「なるほど。でもやっぱ帰り遅いんですね。まぁ外からアヴァルに来る人は、みんな仕事忙しいみたいですけど。怒って出て行ったとするなら、仲直りする為にも早く娘さん見つかるといいですね」

「……はい」


 目元は悲しげながらも口元は優しく笑みを湛えて、クィルターは力強く頷いた。


「他人事のように言ってるけど、捜索するのはキールなんじゃ?」

「あ、それもそっか。が、頑張ります! 俺のラッキーパワーで!」

「運任せとは……我が上司ながら恥ずかしい」


 アトリは溜め息と共に、やれやれと首を振った。

 そこからは真面目に捜索の段取りを話し合った。写真が無い以上、得られた少ない情報からケイト・クィルターという少女を捜しださなければいけないが、キールとアトリはさして気にしている様子はなかった。その自信がどこから来るのか分からないようで、ジェーンは眉間に皺を寄せ訝しんだ。

 最後にもう一度リビングを見せてもらい、キール達はクィルター宅を出る事になった。


「それじゃ、何か進展があったら報告しますんで」

「よろしく頼んだよ。こちらでも出来る事はするよ」

「ふっふっふ! このやり手所長キール・マンティスにお任せあれ!」


 格好つけたところで、クィルターの見送りを遠慮し、リビングから廊下に出ようと先頭のキールが一歩踏み出し――


「ギニャ――――ッ!」

「ぬぅこおわぁっ!?」


 何か柔らかい物を踏んだと分かった直後には、キールは盛大に転んでいた。

 踏まれた主――猫が、驚きと怒りとが混ざったような鳴き声をあげ、衝動的にキールに襲い掛かってきた。


「なんでだ――――――ッ!!」


 顔面を引っ掻かれ、キールは絶叫した。


     ◆ ◆ ◆ ◆

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