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Blond's and X  作者: 川咲弐号
1章  お任せあれ!
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5

 一つ嘆息して仕切り直すと、女は居住まいを正してキール達を見る。


「挨拶が遅くなったわね。ジェーン・オベール、十九歳で留学中の美大生よ」

「あ、俺よりやっぱ年下か。俺、二十一なんだ~」

「だから何よ。たかだか二歳差でいい気にならないでよね。こんな、ちゃらんぽらんそうな男が所長として働けてるのが奇跡ね」

「君、割とはっきり物を言うね……」


 キールが頬を掻いて苦笑する。ジェーンはつんと澄ました様子で、キールから顔を背けた。

 しゅんとしたキールは「えー、あー」と意味のない声を発して気持ちを切り替える。新しい紅茶を運んできたアトリの動きを視線だけで追いつつ、ジェーンの前にカップが置かれたのを見届けてから、改めて話を切り出す。


「ジェーン。相談内容を訊く前に一つ。それは『相談所の人間にしか聞かせたくない』相談だったりする?」


 キールの視線に気づいて、クィルターが「お邪魔なようなら、私は席を外しますが」と腰を浮かせるが、ジェーンはそれを手で制す。


「どうせなら、一人でも多くの人に知ってもらっていた方が、少しは安心するかもしれないわ。ここには知り合いも少ないし、味方になってくれる人は多い方がいいものね」


 神妙な面持ちになったジェーンに、他の三人も表情を引き締める。

 四つのカップから漂う紅茶の香りに包まれ、少し心と表情を解した様子で、ジェーンはキールを真っ直ぐ見る。


「最近になってだけど、度々誰かの視線を感じるの」

「視線ね~? ファンの子とか? 美大生なら、君の作品のファンがいてもおかしくはないんじゃ? それか作品じゃなくて君自身のファンかな?」

「そうだったらいいんだけど……。どうもそういう、好意的な視線とは違う気がするのよね。明確な根拠はないけど、視線を感じるのは大学内じゃなくて登下校や外出の時だし、視線を感じる時は決まって寒気がするのに、こっちを見ているそれらしい人はいないの」

「姿は見ていないのに感じるか……。確かに根拠としては弱いけど、女の勘ってのは恐ろしいものがあるからな~……――」


 言いながら、キールはアトリを横目で見る。アトリはというと、視線に気づいている気配はあるが無視を決め込み、素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。

 キールは視線を戻し、腕を組んで唸りながら考え込む。それからいくらも経たない内に結論が出たのか、すぐに頷くと顔を上げる。


「ジェーン。君が不安に感じてるんだから、事実がどうあれ関係ないね。警察が動けなくても、俺達にも出来ることはある。なぁ? アトリ」

「ストーカー行為紛いの輩、許すまじ」

「だそうだ。アトリもやる気だし、ジェーンの不安が解消されるまで俺達が力になる。それでいいかな?」


 ジェーンの瞳が潤んだように見えたかと思うと、ぐっと口を引き結び、何度も首を縦に振った。それが、ようやく味方になってくれる人間を見つけた喜びから来るものだと理解したキール達は、何も言わず微笑しジェーンの下げられた頭を見つめた。

 ジェーンの頭が上がるのを待ってから、キールは自信に満ちた顔で、腰に手を当てて胸を張る。


「まぁ、大船に乗った気でいなって! 俺は人類一ツイてる男だからね! この紳士な所長キール・マンティスにお任せあ――」


『れ』と言った瞬間に声をかき消すように、またしても来客があった。


「キールちゃん、アトリちゃん。この間はどうもね~」

「なんでだ――――ッ!!」


 近所のお婆さんが入って来たと同時に、キールが頭を抱えて絶叫した。悉く邪魔が入って本人は打ち拉がれているが、アトリ達他の人間にとってはどうでも良く思え、特に女子二人は冷めた目でキールを見た。

 そんな中、お婆さんはまるで何事もなかったかのように相談所内に入ってくると、手に持っていた果物籠をアトリの手に渡す。


「これ、この前の相談のお礼だよ。ありがとね~」

「私達は当然のことをしただけ」


 アトリは変わりなく淡々と言いながらも、口の端は僅かに上げていた。その微笑に気づいたようで、ジェーンは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 意気消沈していたキールはようやく立ち直ると、まだぎこちないながらも笑顔を作り、腕を上げて無い力瘤をお婆さんに見せる。


「ばーちゃん、また何か困った事あったら言ってな~。屋根の修理でも電球交換でも、なんでもするからね」

「はいはい。キールちゃんには、これからも甘えさせてもらうよ」


 帰っていくお婆さんを見送る。本当ならビルの下まで送るところだが、相談者が来ているので玄関までに留めた。

 その後ろ姿を見ながら、クィルターは思い出したように自身の鞄の中を漁る。


「そうでした。ここへ来る途中、道を尋ねたご婦人から預かり物を――ああ、これです。『この間のお礼』と言えば分かると言われたのですが」


 クィルターが取り出したのは、ミニカップサイズのパイが入ったラッピング袋。それを目にして、キールがすぐに気づいた表情を見せる。


「あ~、そのミートパイ。肉屋の奥さんか。この前ちょっと相談に乗ってあげたから、そのお礼でくれたのかな」

「あのご婦人、肉屋さんでしたか。……もしかして、豚の形の看板がある?」

「そうそう! あの看板とキャラ、奥さんの提案で作ったものだってさ。本人、結構思い入れあるみたいだったな~」

「そ、そうですか……。ま、まあ、タヌキを描いたのは私じゃありませんしね……失礼はなかったはず……」


 クィルターがぶつぶつと何か呟くのに、キールは首を傾げていたが、対面に座るジェーンに話し掛けられる。


「今のお婆さんといい、そのミートパイの相手といい、ここって結構有名なのね。困っていたところに声を掛けてくれた親切なお姉さんに聞くまで、私は知らなかったけど。思ったより信頼もされているようね」

「そりゃ勿論! 街の平和を陰から守る、善良な民間機関だからね! ――って、『思ったより』って何気に酷い事言われた?」


 キールは「むむむ」と顔を顰め何やら悩み、しばらくして腰に手を当て立ち上がった。


「そんなに言うなら、俺の仕事ぶりを見せようじゃないか!」

「見せるって何を」

「まずはクィルターさんの案件から。現場百回!」


     ◆ ◆ ◆ ◆

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