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他に当てに出来るものもなく、端から選択の余地もなかったので、クィルターは話してみる事にした。
席に案内され紅茶を出されたところで、クィルターは事情を説明し始める。
「キールくん。神隠し事件を知っていますか?」
「確か、人が失踪することだったかと。ハーメルンの笛吹き男みたいに対象は子どもだったり、あとは女性も多かったりするんですよね。東洋の怪現象ってイメージですけど、それが?」
「キール、そうじゃなくて。今アトラントで起きている事件の方なんじゃ?」
アトリは、相変わらずウエハースをリスのように齧りながら、キールに指で示す。アトリの指す先には、先刻キールが被っていた新聞がある。その一面記事の見出しには『またも神隠し』と書かれている。
「だから日頃から、新聞ぐらい読めって言ってるのに。馬鹿が露呈する」
「ぐっ……。で、でも大衆紙だったらちょっとは読むじゃん!」
「有名人のゴシップ記事ね」
ぐうの音も出なくなったキールと、つんとした態度のアトリを見比べて、クィルターは小さく笑う。
「あはは。露呈なんて、アトリちゃんは随分難しい言葉を知っているんだね。うちのケイトと、そんなに歳も変わらなそうなのに。キールくんとアトリちゃんは、その……苗字が違うようだけれど、兄妹じゃないのですか?」
聞きづらそうにクィルターが訊ねると、キールは所長の件の時と同じような困った表情を見せる。
「それもよく間違えられるんですけど、似たような金髪をしてるってだけで赤の他人ですよ。アトリの保護者が俺の知人で、不登校のこいつを預かってるついでに、仕事手伝ってもらってるってだけですんで」
「不登校じゃない。学校に通う必要がないだけ。生きるのに必要な知識は、父様に教わったから問題ない」
「あー、はいはい。さいですか」
軽くあしらって、キールはクィルターに向き直る。
「ところで、その神隠し事件がクィルターさんの相談と関係がある、ってことですよね。察するに、今言っていた娘さん……ですか?」
「はい、その通りです。――うちのケイトは、口数は少ないですが素直な良い子です。昨日は私が忙しくて帰ったのが朝になってからで、娘が消えた事に気づいたのもその時で……でも警察の言うような、家出をして私の気を引こうなんて考える子ではないのは確かです! 最近子どもが消える事件が何件も起こっているので、それで――」
クィルターはそこまで言って口を噤む。娘への心配からか、膝の上で握る両手が小さく震えていた。
それには気づかない振りをして、キールは腕を組んで目を閉じる。
「つまり、その『ケイトって娘さんを見つけて欲しい』って相談内容でいいんですね?」
「お願い出来ますか?」
不安げなクィルターに、キールは笑みを浮かべ胸をドンと叩いてみせた。
「そのぐらい朝飯前ですよ! 人捜しは土地勘と情報収集力が物を言いますからね! 何度も経験あるし、どんとこいですって!」
自信に満ちた発言を聞いて、クィルターがホッと小さく息を吐き、表情が少し和らいだのが分かった。それに満足そうに頷くと、更にキールは言葉を続ける。
「それになんと言っても、俺はツイてますからね! この敏腕所長キール・マンティスにお任せあ――」
と言い切る前に、邪魔が入った。キールの言葉を遮るようにして、玄関扉とドアベルの音が鳴ったのだ。
格好良く決めようとしていたのに妨害されて辟易したキールだが、それに追い打ちを掛けるように、入って来た人物の勢いにたじろぐ。
クィルターは驚いた様子で、その人物をまじまじと見つめる。
闖入者――黒髪の若い女性は、何に怒っているのか鬼の形相で、ズカズカと大きな音を立てて歩いてくるとクィルターの前で立ち止まって、ティーセットが跳ねる勢いで盛大にテーブルに手をついた。
「あなたがここの所長? ちょっと相談に乗ってもらうわよ!」
女は見るからに気が強そうな態度で、ぐっと前傾姿勢で詰め寄った。
だがその勢いに反して、三人は呆然とした顔のまま無言でそれぞれ指を差す。クィルターとアトリはキールを、キールは自分自身を。
それが意味するところを理解出来ない女は、最初訝しげに首を傾げるだけだったが、アトリの「所長はこっち。そっちはお客さん」という言葉に、「はあぁ!?」と素っ頓狂な声をあげた。
だがクィルターほど引きずった様子もなく、そうと分かると今度はキールに向かって、テーブルに両手をついて興奮気味に怒鳴る。
「もう誰が所長でも構わないわ! 危機感のない無能な警察は当てにならないのよ! 親切な人から、ここに来れば対処してくれるって聞いて、もう他に頼るところがないの!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! ちゃんと話聞くから!」
キールが叫ぶと、そこでようやく少し冷静さを取り戻したのか、女が一旦黙って長く息を吐いた。席を勧められ、静かに腰を下ろす。
女の分もアトリが紅茶を用意し始めたところで、まだ驚いたままのクィルターに気づいて、女は首を傾げる。
「私の顔に何か?」
「あ、いえ、そういうわけでは……。不躾にすみません」
「いやいや、こちらこそ! あなたは客でしたね。そちらが先客でいらしていたのに、邪魔するような事をしたのはこちらですし。ちょっと取り乱していたので――」
「ストップ」
女の顔の前に手を翳して、キールが口を挟む。
二人が目を丸くする中、キールはくつくつと笑う。
「なんかさっきから、俺達謝ってばっかだなって思って。よしましょう。あと目下の俺達はともかく、年長者のクィルターさんは今から敬語はなし! もっとリラックスして! お嬢さんももう一度深呼吸! オーケー?」
笑顔ながら有無を言わせぬ圧力をもって言い包められ、二人は縦に頷くしかなかった。
一見普通の青年だが、所長という立場にいる事もあって、やはり一般的な同年代よりはしっかりしているところがある。そう思わせる対応を見せたのだが、
「けど、お嬢さんは俺に一言謝ってもいいと思うな! 折角、格好良く決めてたのに邪魔してくれちゃてさ!」
「…………」
腰に手を当てて言うキールに、女は残念なものを見るような目を向けた。