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説明された通りに行くと、道が僅かに細くなり、大通りほどの人通りはなくなる。それらしいT字路が見え、その先にあったのは赤煉瓦造りのビルだ。
壁面と同系色の屋根がある、三階建てのこぢんまりとした印象の建物で、婦人が言っていた通りならば相談所は最上階にある。
アヴァルの建造物である以上、当然のようにエレベーターなどはなく、階段を使って上っていくと一つの扉があり、『アトラント民間総合相談所』という文字の書かれたプレートが掲げられていた。
クィルターは恐る恐るといった様子で、ドアベルを鳴らして扉を開ける。
「ご、ごめん下さい」
一声掛けて、中を見回す。
落ち着いた色合いの壁紙。綺麗に木目の出た光沢のある床の中央には、上品なアラベスク柄の絨毯が置かれている。センスのいい家具が置かれ、統一感が取れ綺麗に纏められているものの、それらは見た目ほど高級なものではないようだ。
外から見たビルの感じと、三階に他の玄関扉がなかった事から、この部屋がこの階の半分近くを占めているのだと分かる。この部屋が、相談所のオフィススペースだけでなく、居住もしているらしくリビングダイニングも兼ねているようで、白いクロスの掛けられたテーブルと椅子のセットが壁側にあった。
そのオフィススペースとしての部分――四つ脚の机の奥にある革張りの椅子に、開いた新聞を被って座る人がいた。
「失礼。あの……?」
声を掛けながら部屋の中に入るクィルターは、机の人に近寄る。
「…………ぐかっ」
返事がないと思ったら、どうやら寝ているらしい。
新聞に隠れていない胸から下を見るに、体格的には男性だ。
上はベストに下はジーンズという格好で、見ようによっては粋だともだらしないとも思え、これだけでは人物像が判然としない。
起こしていいものかどうかクィルターは迷うが、その背後――
「――キール、お客さん来た」
愛らしい声音でいて淡々とした口調で、新聞男に声を掛ける者があった。
クィルターは驚いて振り返る。
気配がしなかったが、よく見ると絨毯に置かれたソファに、沈み込むように寝転がる少女が一人。
年の頃は十前後。小さな体を包むように流れる長い髪は、眩いばかりの金色。金髪の人自体はそう珍しくもないが、ここまで混じり気のない金色の持ち主は、滅多に目に掛かれるものではない。
紫の瞳は涼やかで、クィルターと新聞男の方に向けられているようでいて、その実どこも見ていないように見える。足癖悪く寝ているのでスカートが捲れ掛かっているが、本人は直そうともしない。そして口元には何故か、ウエハースが咥えられていた。
少女はソファの上から動かず顔だけ擡げた状態で、ソファに置いてあったクッションを掴んで、新聞男目掛けて投げつけた。
弧を描く事もなく一直線の軌道で飛んだクッションは、見事に新聞男の隠れた顔面らしき部分に直撃した。
「ふがぁっ!?」
驚きからか痛みからか、男は声を上げた。
クッションの衝撃で新聞がはらりと落ち、現れたのは鼻先が赤くなった若い男の顔。
クィルターなどより年若い二十歳前後の青年で、改めて全身を見てみると比較的長身痩躯。彼もまた綺麗な金髪で、少女よりも少し濃い色合いをしている。特別整った顔立ちをしているわけでもないが、どことなく目を惹く独特の存在感がある。
その青年は、琥珀色の目に涙を浮かべ鼻面を抑えて、足元に落ちたクッションを拾い上げる。
「鼻っ! 鼻はまずいって! 鼻血が出なかったからいいものの! まったく、意味のない乱暴は女の子としてどうかと――」
「意味はある。お客さん」
「んあ?」
少女がちょいちょいと指差すのに対し、青年は間の抜けた声を上げて振り向く。興奮していてクィルターが目に入っていなかったようだ。
ここに来てようやく少女の言う意味を理解し、慌てて青年は居住まいを正す。
「こ、これはとんだ見苦しいところを……。相談者の方ですよね? アトラント民間総合相談所のキール・マンティスです」
「どうも。ジョン・クィルターと言います」
腰を上げて手を差し出し名乗る青年に、クィルターも握手に応じて軽く頭を下げる。それから周囲を見回し、青年――キールに向き直る。
「あの、他の所員の方は? 出来れば、所長さんとお話をしたいのですが」
クィルターの言葉に、キールは困ったように苦笑を浮かべる。
「あ~……その、一応俺が所長なんで。まぁ、雇われ所長ですけど」
「え、アルバイトくんじゃないのですか!?」
「うちアルバイトはいなくて、雇われ所長の俺と、そこにいる従業員のアトリ・グレニスターの、計二人でやっているんで」
そう言ってキールが指差したのは、金髪の少女だった。それを聞いてクィルターは当然更に驚いたが、それよりも徐々に不安が顔に現れ始める。
「その……随分とお若いので、勘違いをしてしまいまして申し訳ありません」
「いや、気持ちは分かるんで大丈夫ですよ。それでも、こう見えてもこの辺りでは少しは名が通ってるんで、腕は確かですからご心配なく」
そう言われても、クィルターの顔からは不安の色は消えなかった。
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