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町で唯一の警察施設、アトラント市警察署内。
建物の二階にある一室、広々としたところにいくつもの机が並ぶ刑事課にて。
樽体型のベテラン警部は頭を掻き、ほとほと困り果てていた。
目の前の男。見るからに仕立ての良いスーツを着て、三十代故の凛々しさと情けなさが同居した風情は、彼の実直さを表しているようだ。
とはいえ、警部は今日初めて男に会ったばかり。一見して実直と思わせたのは、何も見た目の事だけではない。
「え~……ジョン・クィルターさん、でしたっけ」
「はい」
真剣な様子で返事をする男に、警部は歯切れの悪い様子で続ける。
「改めて確認しますがね。娘さんが、昨夜から帰らない……と?」
「はいっ! ですから、言っているじゃないですか! うちの娘は、例の『神隠し』に遭ったんですよ!」
「は、はあ……」
警部はまた頭を掻く。整髪料で整えられた黒髪がパラパラと乱れていくのに気づき、今度は口髭を蓄えた口元に手を持っていく。
遠巻きに様子をチラチラ窺っている部下達の視線を背中に受けながら、警部は落ち着きなく顎を撫でる。
「あのですね……。――言いたくはないが、あんた、そりゃ家出なんじゃないか? さっき聞いた話だと、夜遅くに帰る事もざらと言ってたろう。仕事が忙しいんだろうが、父親への寂しさから家出……まあ、甘えたい盛りの九歳の子なら、そういう事もある」
「そ、そんな……! うちの娘に限って、そんなことは――」
「そもそもだ」
言葉を遮るように被せると、警部は踏ん反り返るようにする。本人は意図していないだろうが、膨らんだ腹が突き出される。
「あんたの娘の失踪が、一連の神隠し事件だっていう証拠が何もない! 話を聞く限り、事件との共通点が薄い。素人判断で吹聴されて、捜査を混乱させるわけにはいかないのでね。それこそ、今うちは神隠し事件の捜査で忙しいんだ!」
一般市民に捜査情報を漏らすわけにもいかず、言ってやりたい事があってもそれ以上言えるはずもなく、警部は代わりに溜め息を吐いた。
その警部の背後で扉が開く音がして、若手ホープの巡査部長が警部の背中に声を掛ける。
「アイアンズ警部! 新たに神隠しに遭った少女の件で、セント・ティルナ孤児院に行く時間です!」
「ああ、今行く!」
扉の方に目を向けて声を張り上げ返事をすると、警部は一度男に向き直り、そのままスッと立ち上がる。
「では、クィルターさん。時間がないので、私は失礼する」
「ですが、警部さん……っ!」
「ああ、事件ではないにしても捜索願を出しておいて下さいよ。担当の生活安全課は一階にありますので」
その刑事の言葉を最後に、実力行使ではないものの、結果として刑事課の部屋を追い出された男――ジョン・クィルターは、仕方なくとぼとぼと廊下を歩く。
重い足取りのまま階段を下り、周囲を見回し生活安全課を探す。
だがそれよりも先にエントランスが目に入ったので、テーブルだけの小規模な受付に座る女性職員に話しかける。
女性職員はかなり若く見えるが、肩までの赤みがかった茶髪をふわりと揺らし、人懐こい笑顔で丁寧な対応をする。
クィルターが捜索願を書き終えたところで、女性職員は用紙に目を通しながら明るい口調で訊ねる。
「あれですね。お兄さん、最初に来た時は刑事課の場所訊いてましたよね。もしかしなくとも、アイアンズ警部に追い返された口ですかー?」
「お、お兄さん……? あ、いえ……追い返されたかと言われると、否定は出来ない状況でしたが……」
浮かない顔のクィルターに、女性職員は一度考える素振りをしてから、変わらず明るい様子でクィルターに少し顔を近づける。
「警察の人間の私が言うのもなんですが、警察の捜査で満足しないようなら、相談所に話してみたらどうです?」
「相談所?」
「はい。アトラント民間総合相談所、ですよー」
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