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Blond's and X  作者: 川咲弐号
2章  “奇妙な”解決の仕方をする
11/37

1

 二つの依頼を同時に受け、二日目の午前。

 アトリは一人、アトラントの南西にある大学に来ていた。ジェーンの通う美大だ。

 公園を彷彿とさせるキャンパス内を、初めの内は至って普通に歩いていたのだが、


「や~ん、可愛い~! お人形さんみたい!」

「この髪、地毛でこんなに綺麗なの? まるで妖精ねぇ」

「ね、ね、私ファッションデザインやってて。私の作った服着てみない?」

「いいじゃん、それ~! 折角だから、うんと可愛いやつね!」

「メイド服とか?」

「セーラー服とかね」


 今はこんな有り様だった。

 大学生のお姉さん達に囲まれ身動きが取れなくなり、アトリは乏しい表情の中に僅かに動揺を滲ませている。返事も「あ」「ん」と言葉にならないものしか発する事が出来ず、それなのに自分を置いてけぼりにしながらも話はどんどん進んでいく。

 完全に女子大生達の勢いにパワー負けして、無理矢理に押し退ける事も出来ずただただ困惑しているところに、人だかりの外から助け船が出る。


「そこにいるの……アトリちゃん……!?」

「ジェーンだ」


 人の肩越しに覗き込んだジェーンが、人の壁を割って入って来た。アトリの前まで着くと、少し屈んで目線が合うようにする。


「こんなところでどうしたの? あいつ、キールは一緒じゃないの?」

「今は私一人で調査中。でも何故か囲まれた……」

「そ、そう……」


 そんな二人の様子から、取り囲んでいた内の一人が声を掛けてくる。


「オベールさん、この子と知り合いなの?」

「え? まぁ、一応は……」


 ジェーンの事を知っていたらしいその女子大生に、ジェーンは曖昧に頷いてみせる。昨日今日出会った間柄でも、知り合いと言えば知り合いと言えなくもない。

 それを聞いて、女子大生達は喜々とした様子で沸き立ち始める。


「じゃ、じゃ、協力してくれませんか?」

「協力って……」

「オベールさんからも頼んで欲しいんだけど」

「な、何を……?」

「この子の着せ替えだよ~」


 周囲のただならぬ空気にジェーンが思わず後退る。女子大生達の顔は笑っているが、目が怪しげに爛々としていた。


「アトリちゃん……!」


 ジェーンはアトリの手を掴むと、いきなり走り出した。


「し、失礼しますっ!」

「あ!」


 逃げた事に不満の声をあげる女子大生達を、首だけで振り返って見ながら、アトリは引かれるままにジェーンの後を駆けた。

 大学から離れたところで、ジェーンは手を放す。立ち止まり膝に手をついて何度も肩で息をしている。

 一方、呼吸一つ乱れていないアトリは、ジェーンの息が整うのを待たずして話を切り出す。


「少し困ってたから、連れ出してくれて助かった。感謝してる」

「ど……どういたし……まして……」


 ぜえぜえ言いながら、ジェーンは笑顔になりきれていない笑顔で返す。アトリは小さな頭を傾け、ジェーンの顔を覗き込む。


「……辛い?」

「大丈……夫、だから……」


 ジェーンは胸に手を当てて繰り返し深呼吸してから、今度こそちゃんとした笑みで答えた。

 道の端に膝の高さほどの花壇を見つけ、その煉瓦部分にジェーンが腰掛ける。それを見て、アトリも倣って隣に座る。

 足をぶらぶらと動かして遊んでいるアトリを横目に、ジェーンは深々と息を吐く。


「それで? さっき調査中って言っていたけど私の件でよね? キールも、アトリちゃんはしっかりしているって言ってはいたけど、それでもまだ小さいんだから、やっぱり探偵の真似事は――」

「探偵事務所じゃなくて、私達は相談所。それに小さいか大きいかは関係ないと思う。問題なのは、出来るか出来ないかって事。私は出来ると思ったから引き受けた、それだけ」

「でも、さっきみたいなトラブルに巻き込まれた時、対処出来ないのは充分問題よ?」

「あれは……やろうと思えば強行突破も出来たけど、善良な市民を無闇に傷つけちゃいけないって、ハリソンに言われてたから」

「ハリソン?」

「私の保護責任者」

「そうなの……――――」


 ジェーンは何か言葉を飲み込んだようだったが、アトリもそれを掘り返す事はしなかった。

 気を取り直して、ジェーンが違う話を振る。


「そもそも、なんでまたあんな事になっていたの? うちの学校にいた事も驚いたわよ」

「ジェーンの生活環境を把握しておきたかった。大学内では視線を感じないと言ってたけど、確かにこれといって怪しい人物も見かけなかった。目撃情報も集めようとしたけど、特に何かに気づいた人物もいないようだった。……と聞き込みをしてる内に、いつの間にかああなってた」


 アトリは不思議そうにしているが、ジェーンは「ああ」とすぐに思い至る。


「大学にこんな小さい子がいたら、気になっても仕方ないわよねぇ。それにアトリちゃん、こんなに可愛いし」


 そう言って、そっと長い金髪に触れる。

 早天に見られる、雲間から零れる太陽の光の如き、薄く煌びやかな線の集まり。今日アトリの着ている暗色のワンピースと相俟って、レンブラント光線を想起させる。

 紫の瞳も宝石かと思うほど美しく、色白の滑らかな肌も、桃色の薄い唇も、視線を釘付けにする魔法のような魅力がある。

 そんな――言うなればルノワールか、ブグローか、アンダーソンかが描いたこの美少女を、周囲が放っておかないのは無理からぬ事だった。

 ジェーンの掌から、アトリの輝く毛先が零れる。

 掌を撫で滑った金の筋が、名残惜しそうに流星痕を作った――それが錯覚だと分かっていても、心を奪われる事に変わりない。


「アトリちゃんって、アヴァル国民になる前はどうしていたの? 元は何人? 白人よね?」


 その問いにアトリはすぐには答えない。紫の目がスッと細まり、遠くを見るような、あるいはどこも見ていないような目つきになる。


「……ごめんなさい。もしかして、訊いてはいけない事だった? その、こんなに可愛い顔の子がどうやって生まれたか気になっただけで、プライベートな事を根掘り葉掘り訊こうというわけじゃ――」


 落ち込んだ様子で謝るジェーンを、アトリは手で制する。無言のまま自身の鞄を漁り、ウエハースの箱を取り出して内包装を開ける。


「父様はコーカソイド、母様はコーカソイドとモンゴロイドのハーフ。私自身は然る国の出身で、父の仕事を小さい頃から手伝っていた。やっていた事は今と大して変わらないし、アヴァル人になった今は関係ないから過去は振り返るようなものじゃないって、それだけの事。一応言っておくと、父様も母様も健在だから変な気を回さなくていいから」

「そっか。……あ、私もなのよ! 白人同士だけど、一応ハーフ! そう見えないから気づかれないけどねぇ」


 明るく振舞って場の空気を盛り立てようとするジェーンに、アトリが口元だけだが小さく笑ったように見える。だがそれはすぐに消え、アトリは心の底まで見通せそうな眼差しをジェーンに向ける。


「私の方からも一つ訊いても?」

「ええ。何?」

「――ジェーンは、神様信じていない?」


 言われた意味が分からなかったのか、一瞬ジェーンの動きが止まる。アトリは視線を逸らすことなく、じっとジェーンの顔を見上げる。


「昨日の帰り道。口振りがそんな風だったから、そうなんじゃ?」

「あの時のね。……まぁ、そうね。両親は割と信心深くて教会にもよく行っていて、私もそれに一緒に連れて行かれていたんだけど。私はあまりピンと来ないのよね。神話を作品モチーフにする事はあっても、それはテーマが分りやすくて都合が良いからで、それ以上に何か思う所があるわけでもないし」

「――『レーゾン・デートル』」

「え?」

「見出せないって事?」

「うーん、存在理由……とまでも深く考えた事もない感じかしら。ええっと、もしかしてアトリちゃんは信仰に熱い人だった? それだったらごめんね」


 アトリはぷるぷると首を横に振り、それに伴って長い髪が動き乾いた音を立てる。


「自分の事を『幸運の女神に愛された男』だとか宣って、へらへらしてるキールはどうか知らないけど、私は信じていない。ただ――」

「ただ?」

「――私の中には、神がいる」


 アトリはまだ膨らみもない胸に、細く小さな手を当てる。

 一見その目は胸に向けられているようだが、しかしその更に奥――どこか遠くを見ているようにも思える。


「……? それってどういう――」


 そうジェーンが訊きかえそうとした時、


「ジェーン!」


 遠くの方から呼ぶ声が聞こえて、反射的にそちらを振り向く。

 二人の方に向かって走ってくるのは、ジェーンと同じぐらいの年頃の若い女性だった。柔らかいボブヘアが、走る度にふわふわ揺れている。


「リリアン。どうしたの?」


 ジェーンが目を丸くしていると、リリアンと呼ばれた女性はジェーンの前に着くと小さく息を吐く。


「大学で、ジェーンが急に走っていなくなったって聞いて、何かあったんじゃないかって心配になって……。えっと……その子は?」

「あ、うん、私の知り合いなのよ。“たまたま”大学の側を歩いていたから話をしていたの」


 ジェーンは“たまたま”を強調して言った。知人相手だからか、依頼の事は口外して欲しくないというのが空気で伝わってくる。

 アトリは余計な事ばかりか最低限の事も言わず、食べかけのウエハースを飲み込むと、ただただ首を縦に振るだけの会釈をした。それに釣られてか、女性の方も小さく頷き返す。

 ジェーンは僅かに焦りながら女性の方を手で示す。


「アトリちゃん、こちら私の大学の同級生で、エリザベス・ハルフォードさん。私は愛称で『リリアン』って呼んでいるの。今時珍しいかもしれないけど、私達昔からのペンフレンドなのよ。アヴァルへの留学を進めてくれたのも第一国民だった彼女で、私の一番の……親友、かな?」


 エリザベス・ハルフォードに、ジェーンは照れた様子で訊ねる。呼応してエリザベスの顔も赤くなっていく。


「えへへ。改めて確認し合うのって、なんか恥ずかしいね……」

「そうね……」


 恥ずかしさからぎこちない笑顔を浮かべる二人だったが、ジェーンがその空気感から逃げるように、急に思い出したと言わんばかりに手を打つ。


「あ、そうそう! 私、この子を送って行くわね! 午後の授業には大学に戻るから!」


 アトリの両肩を掴んで言うジェーンのその手を、エリザベスがじっと見ている事を、アトリは見逃さなかった。ふんわり膨らむ前髪の下で眉が不安そうに動く。

 そんなエリザベスがジェーンの顔を窺うように見る。


「本当に……? 信じていいんだね?」

「大丈夫大丈夫! リリアンが心配するような事はないわよ!」


 明るく笑って答え、二人はエリザベスと別れを告げて歩き出す。

 アトリはジェーンと歩きながら、ちらりと後ろを見る。二人の後ろ姿が曲がり角に消えるまでの間、エリザベスはずっと片手を上げたまま眺めていた。


     ◆ ◆ ◆ ◆

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