9
◆ ◆ ◆ ◆
クィルター宅を出て、夕陽に彩られた街中を歩く。
アトラントの建造物はまだ古くても築十五年であるはずなのに、その街並みはまるで中世のようにも感じられる。夕暮れ時の今は特に幻想的に見える。
「何度見ても綺麗ねぇ……。本当に絵になるわ。私、都会育ちだから、こういう場所に憧れがあったのよ。クィルターさんの家は新築マンションでそこまでじゃなかったけど、この辺りは特に趣が――って、ちょっと! いつまでそうしてるのよ! 鬱陶しい!」
ジェーンは振り返り、後方を遅れて歩く男を怒鳴りつける。
顔を手で覆い、キールはさめざめと泣いていた。
「うぅぅ、くっそ~。なんでいつもいつも……」
「格好つけたから罰が当たった」
「罰ってなんの」
「……神からの?」
「いや、そんなんで天罰って! 神様、心狭っ!」
キールのツッコミに、隣を歩くアトリは無表情のまま耳を塞ぐ仕草をした。
ジェーンが呆れを通りこして、冷たい視線をキールに向ける。
「いるかも分からない神様の話はいいから、私の依頼のことも忘れないでよね?」
「忘れてないって。だから今もこうして家まで送ってるじゃないか」
「そうだけど、どう見ても腑抜けてるから心配なのよ……。思ったんだけど、従業員二人だけでクィルターさんの件と私のと、本当にちゃんと出来るの? しかも一人は、こんなに小さくて可愛い女の子で」
ジェーンはアトリの肩を抱く。まるで妹でも見るように優しげな眼差しであり、またそこには心配も滲み出ていた。
一方キールは、あっけらかんとしている。
「当面は主に俺がクィルターさんの方、アトリがジェーンの方担当になるかな。適材適所って事で。まぁアトリに任せておけば大丈夫だって。女同士の方が気楽だろうし、そうじゃなくても俺なんかより、よっぽどしっかりしてるから」
「それは見てれば分かるわ」
「いや、うん。そうなんだけど……。自分で言っといてなんだけど、そうはっきり言われたら言われたで、なんか悲しいものがあるな~……」
「あぁもう! だからそういうの鬱陶しいって言ってるでしょ!」
またしても落ち込み始めたキールに、ジェーンが怒りを込めつつ背中を叩いて、思い切り活を入れた。
ジェーンは溜め息と共にパンパンと手をはたいて、改めてキールを真正面から見ると、その鼻先に指を突きつける。
「男でしょ! 大人でしょ! だったら、しっかりアトリちゃんをリードしなさいよね!」
「は、はいっ! ……って、なんか思わず返事しちゃったけど、なんで俺こんな事言われてるんだっけか?」
「あんたが、うどの大木だからでしょ。さっきも家までお邪魔して話したわりには、相談所でも出来そうな話ばかりしていたし。そんな調子でクィルターさんのお嬢さんも見つけられるの?」
ジェーンは見るからにキールを侮っていた。今日半日ほど行動を共にした印象からも、それは仕方のない事かもしれない。
だが今のキールの目は――
「分かった事はいくつかあるけど。とりあえず、ケイト・クィルターも当然捜しつつ」
薄らと微笑を浮かべているが、今までとは違う真剣な様子で、まるで獲物を前にした獣を思わせるように、
「まずは神隠しについて調べる」
金髪の下の琥珀色の瞳は、鋭く冷えていた。