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9.8

作者: ひれん

また、桜の花が開く季節が来ました。

少し前のそれと比べるとずいぶんと暖かくなった日差しと、未だ厳しさの残る海風の残る中を彼女は歩んでいきます。

街の方では衣替えも済み、暖かな季節の息吹を享受していることでしょうが、生憎とこのような海に面する崖道ではそれらとは無縁ののようです。

そんな中を歩きながら、彼女は彼のことを思います。

幼いころからの付き合い。けんかもしたけど、とっても大事な人です。



あそこで過ごすときは、いつも彼と一緒でした。

この人の少ない海に面する崖道を進んでいくと、そこには誰も知らないふたりだけの秘密の場所があるのです。

代り映えのしない崖道とは一転、見渡す限りの水平線。

視界に入るのは青の境界線と薄桃色の舞う花びらたち、そして大好きなあの人。

そこには誰の邪魔も入らないので、ふたりはよくそこで海を眺めてました。

ふたりは他愛もない世間話だとか、どこのケーキ屋さんの紅茶がおいしいだとか、帰り道に見つけた子猫だとか、いつもそういうことを話しました。

そして話を遮るようにびゅうと海風が吹き抜け、身を震わす彼女に彼は上着を貸してやるのです。

彼女もそれを受け取って、またどちらともなく笑いあう、それがいつもの日常でした。



今日も彼女はいつもどおり、彼のところに行くために海に面する崖道を歩いていきます。



春には、ふたりでお花見をしました。

舞い散る桜に季節の訪れを感じ、漂う花の香りを楽しみました。


夏には、ふたりで西瓜を食べました。

刺すような日差しに耐えきれず、よくふたりで木陰に避難しました。


秋には、ふたりで流行りの音楽を聴きました。

日が落ちると、ふたりで毛布にくるまって星を見ました。


冬には、ふたりでお茶を飲みました。

ときおり吹く木枯らしにふたり身を寄せ合いながら、微笑みあいました。



いつも、ふたりでいました。

だから、今日もいつも通り。ふたりでいることにします。




見渡す限りの青。いつもどおりに彼女は目的地にたどり着きますが、もうそこに彼の姿はありません。




そして彼女は彼との思い出を抱きながら、

その身体を海へと投げ出しました。




9.8は私の加速度。

いまからあなたのいる世界に行くよ。


舞う花びらはふたりの再開を祝福するように。

そうして、ふたりは一つに溶けていくのです。

mili[9.8]

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