8話:誘拐
「大変だ、街に魔族が出たらしい!」
当然、鎧を着た青年が冒険者ギルドに飛ぶ込んできた。
魔族……ロッティ何してるんだよ。
「対象は180cmぐらいの男の魔族! 150cmから160cmの小柄な女性を連れ去って北へ逃亡! 緊急クエストです! 彼の魔族を捉えて市民を助け出してください! 報酬は10アール―――……」
全身に悪寒が走った。
なぜだろう、小柄な女性がロッティだと確信した。
最後まで聞かずに僕は立ち上がり走り出した。
おじさんも何か言ってたが構うもんか、まずは宿に行ってロッティの無事を確認するんだ。
宿への最短ルートを全速力で走る。路地裏のゴミ箱も気にせずに蹴とばしただひたすらに。
そして暗い路地裏から宿の前の大通りに出た瞬間飛び込んできた。
―――泊まってた部屋の窓が割れている光景が。
「あ、お兄さん! ごめんよ、お兄ちゃんの彼女さんが魔族に――」
おばさんが声をかけてくれるが構ってられない、たかだか1日だがそれでもロッティはこの世界に来て……いや、生きてきて初めて守りたいって思ったんだ、ただのひとめぼれだけどそれでもだ。
「分かってる! くそ、魔族は北だっけか!」
地図も見ずに人ごみを掻き分けてひたすら当てもなく北へ向かう。
召喚されて1日しかたってないのに魔族のいきそうな場所なんて分かるわけがない。なら虱潰しだ。
ロッティ、ロッティが居たから突然異世界に放り出されてろくな仕事がなくても正気を保てていたんだ。
頼むからロッティ見つかってくれ。
どうにかして剣を覚えて魔法も覚えてストラスを倒す。だからお願いだロッティ――――――。
見つからなかった。
くそっ! なんでだよ、なんで夜になっても見つからねぇんだよ。
限界を超えて探し回った、でも見つからない。
見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
見つからない。見つからない。見つからない。見つからない。
体が重い、もう動かない。どうすればいいって言うんだ。
気づかないうちにできていた頬の傷がチクリと痛む。
いつの間にかたどり着いてた場所もよくわからないスラム街の廃屋の壁に座り込んで呆然とする。
もうロッティには会えないのだろうか。
魔族がロッティを攫ったって言うなら十中八九逃げ出したロッティを連れ戻しに来たのだろう。
もしラガマフィンにロッティが連れ戻されたら――――……。
殺される。
そりゃそうだ、摂政からすれば扱いずらい爆弾なんて置いておくわけがない、スパイだのなんだの理由をつけて殺すに決まっている。
ロッティ、本当に君にもう会えないのか。
……――――た――て――ト―
今何か……。
……――――た―けてユ―ト―
この声は……。
……――――たすけてユート。
ロッティ! 近くにいる。どこだどこだどこだ。
「ロッティ!」
……ユートなの?
「ロッティ、僕だ! どこにいる!」
……ユート! 廃おk―――。
なんで途中で声が途切れるんだ、ロッティ!
「ロッティ! どうしたロッティ!」
「フフフ、そぅ慌てないでくださいよぉユゥートさぁん?」
いつの間にか目の前に燕尾服のようなものを身にまとった180cmの耳のとがった男が立っていた。
「お前がロッティを攫った魔族……だよな?」
おじさんからもらった剣を抜き去り構える。
「攫ったとぉはまぁた悪役にされたものでぇすねぇ! クフフ……私はお嬢様を連れ戻しにぃ来ただけでぇすよぉ」
「ぬけぬけと何を言う!」
「あぁらあらあら、嫌われちゃーいましたぁねぇ」
魔族が肩をすくめて手をひらひらと振る。
「ロッティを返してもらおうか」
「残念! ひたぁすらに残念ですよぉ! そのお願いは聞けなぁいですよぉ」
その瞬間魔族の姿がブレ――。
「ごはっ……」
廃屋に蹴り込まれていた。息ができない。苦しい。
「あらあら、頑丈ですねユゥートさぁん、それとも少し手加減しすぎたぁかな?」
「ぐはっ……はっ……これでも勇者なんでな……」
「ああ! ユゥートさぁんは勇者なんですねぇ! 私勇者って大好きなぁんですよぉ!」
――助けに呼ばれたくせに虫けらみたいに弱くて可愛いじゃないですか。
また魔族の姿がブレ――。
回し蹴りをされて壁を突き破り隣の部屋に突っ込む。
もう痛みも感じない、意識も朦朧としてる。
でも目の前に――……。
ロッティがいた。
睡眠薬か何かで眠らされているのだろう、今朝と同じような寝顔をしている。
怪我もない様だ。
よかった。
「ロッティ……。ごめんな……守れなかった……」
「フフフ、勇者ごぉときが滑稽ですねぇ! あぁなたに何が守れるって言うんですかぁ! こぉんな貧弱でよわっちぃあぁなたがぁ!」
――――それもそうだ。僕に守れるものなんて結局何1つ。
「ユートは弱くないの、とても強い勇気を持っている勇者なの」
……ロッティ?
「あぁらあらあら、お嬢様起ぉきてしまわれましたぁかぁ! まぁた眠らせないとぉですねぇ!」
「私には覚悟が足りなかったの。あなたを殺す覚悟なの。でもユートからもらったの」
このとき月の光が差し込み、またロッティが輝いて見えた。
そして謳う。
「Bond Element of null. Bond Element of null. Bond Element of null.」
彼女の周りにソフトボールほどの大きさの透明な球体が現れる。
場違いだが、美しいと思った。
「な、無属性のエレメント!?」
魔族が叫ぶ。
だが少女は謳い続ける。
「Synthetic Three Element of null.」
「小娘がぁあああああ!」
魔族が叫ぶ。
やらせるものか、もう痛みなんか感じないんだ、好きにやらせてもらう。
「てめぇはおとなしくしてろぉ!」
「勇者ごぉときが俺に触るな!」
魔族は僕を引きはがして蹴り飛ばす。
一人称が変わってるぜ、魔族さんよ。
その一瞬が命取りだ。
「Cull The Magic “Explosion”」
視界が白く染まって轟音が鳴り響く。
10秒だろうか30秒だろうか1分かもしれない。
ただひたすらに這いつくばって耐えた。
静寂が戻ってきたとき魔族だった骸がそこに横たわっていた。
―――そしてひたすらにロッティを抱きしめた、守り切れるぐらい強くなると胸に刻みながら。