5話:再会
翌朝、少し深く眠りすぎてしまったようだが9時頃に起きた。
朝食という時間でもなかったし、冒険者ギルドの仕事に遅れないようにするためにも宿を出ることにした。
「よし、今日は引っ越しの手伝いだったな……。頑張ろう」
とはいえ、女将さんの宿に泊まり続けるとしたら1日アルグ貨4枚以上稼がないといけないんだよな。
……はぁ。異世界は予想より厳しい。
冒険者ギルドでもらった地図を頼りに引っ越しの手伝いの現場に向かう。
王都は、王城を中心に放射状に大通りが8本走っており、円形らしい。
ちなみに、冒険者ギルドは街の西に位置しているらしい。
女将さんの宿が南東に位置しているので少し遠い。
引っ越しの現場は街の北側のお屋敷が並んでいるところだと言われた。
移動しながら実感したのは、この地図のすごさだ。
GPSが付いているわけでもないと思うのだがリアルタイムで寸分も違わずに現在位置を表示してくれている。
あまり地図を読むのが得意じゃないから助かった。
現場らしいところに着くと、やつれた表情の男が3人とひらひらとした服をまとった男が1人、その男に寄り添うように兵士が1人いた。
おそらくひらひらとした服をまとっている男が依頼人なのだろう。
「こんにちは、冒険者ギルドの依頼を受けさせてもらった者です」
「ああ、今日は頼む」
不愛想な対応をした男は、すぐに興味をなくしたかのように肩に付くかどうかといったところまで伸びている襟足をいじった。
少し対応に思うところはあるけど、不満を飲み込んで支持されるまで待機しようと適当な位置に立つことにした。
10分ぐらいしたころだろうか、馬2匹が引いた大きい馬車がやってきた。
馬車2台って言っていたから少し甘く見ていた。引っ越しの大きいトラック2台と考えたほうがいいみたいだ。
早くも疲れてきたが、家具を運び出せと言われたので覇気のない顔をした3人と一緒に馬車から家具を下し始めた。
それから気の遠くなる回数、家具を運び込み仕事は終わった。
これで2000円は割に合わなすぎるだろ……。
そんな風に文句を言いたくなるほど疲れ切っていた。
だけど、アチーヴメントを換金するためにも冒険者ギルドに向かった。
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「おー、あんちゃん。初仕事終わりみてぇだな」
「もう、疲れましたよ、ほんと」
自然に、おじさんの担当する席に座り込み息をつく。
ぐだぁっと体中の力を抜いて椅子にもたれかかる。
「本当に疲れ切っているなぁ。今日はさっさと休め」
「そうしますよぉ。あ、これアチーヴメントです」
ズボンのポケットから出して渡す。
「ほいほい、達成完了っと」
ささっと受理をされてアルグ貨2枚を渡される。
日本で使っていた小銭入れに入れてしまう。
「それで、明日はどうする?」
「あー……、休みたいって言いたいんですけどね」
「だよなぁ……待ってろ、あんま疲れなそうなの選んでやるから」
そう言って手元の紙の束をペラペラとめくる。
……紙?
「そういえば紙ですよね、それ」
「そうだぞー、そんなに珍しいか?」
「いえ、少し奇妙に思っただけです」
中世ヨーロッパのような街並みなのに紙って変なところで技術力高いな。
とはいえ木の繊維から出来ているものだし、頭がいい人がいればできるのかもしれない。
「なんでも召喚された勇者様が作ったらしいぞ。……あー、確かあんちゃんと同じ日本? 出身だったと思うぞ、ダンボールって言うのとかも作っているらしい」
「いいですね、僕もそういう知識があればよかったのですけど」
「ちげぇねぇなぁ」
知識チートかぁ。
何かの専門職に就いていれば、何とかなったのかもしれないけど学生の身にはとてもとても。
「あんちゃんにできそうな依頼だと、この草刈ぐらいだな」
そう言いつつ、おじさんが依頼書を見せてくれる。
見せられてもかけらも分からないけどね。
「ごめんなさい、こっちの文字読めないです」
「そりゃ失敬、場所は……あー、地図貸してくれ入れておく」
そう言われたので地図を取り出しておじさんに手渡す。
おじさんは手慣れた様子で操作をして登録をしてくれた。
「ほいっ、んで場所はそこだ。裏庭の雑草を抜いてほしいという事で報酬はアルグ貨1枚とクブラ貨50枚」
1500円か、物足りないけどしょうがない……。
「受けます、よろしくお願いします。」
「受注っと。……今日はもうかえんな」
「そうします。また明日来ます」
「おう、またな」
体中の筋肉が痛んで動きたくすらなかったが冒険者ギルドをよろよろと出る。
人が多いのか少し騒がしいが疲れ切っているから帰ることだけを考える。
ふと昨日通った裏路地への入り口が見える。
……あの子、大丈夫かな?
少しだけ心配になったけど、もはやどうしようもないと顔を前に向けた瞬間に。
思い描いていた彼女が前から走ってきた。
「待て、魔族!」と怒号を上げながら追いかけている大勢の兵士を引き付けて。
本当なら疲れているし、面倒ごとには巻き込まれたくない。
でも、なぜか彼女を助けたくって……。
気が付いたら彼女の手を取って路地裏へと入った。
一瞬驚いた顔をしていたが、抵抗もなく一緒に入ってくれた。
なぜか、どうしようもなくそれが嬉しかった。
細い路地を駆け抜けると一旦、兵士が追いかけてくる気配がなくなった。
「助けてくれてありがとう、でもどうして? 私は魔族なの」
……こんな状況なのに聞き惚れるほどかわいい声だ。○○病って呼ばれる声のようだ。
でも少し震えている。
「いやとっさに手が出ちゃって……」
「魔族は怖くないの?」
怖くないか、か……。
「魔族のことはよくわからないけど、僕はこの世界に来たばかりだからね。それに怖いって言うよりかわいいし」
……あ、これじゃナンパみたいじゃないか。
兵士が追ってこないか気を張っていたら口が滑ってしまった。
「え、あの……えっと……ありがとなの」
「あ、ああ…うん。どういたしまして」
沈黙がその場を包む。
「それで、なんで兵士に?」
「それは……。」
雰囲気を変えるために質問する。
彼女は、目を泳がせながら逡巡する様子を見せている。
『この人に2度も助けられているし……信用していいよね?』
小声でそう聞こえた気がした。
彼女は小さく息を吐いて覚悟を決めたかのようにまっすぐ見つめてきた。
「私は、前魔王の娘なの。ラガマフィンを取り戻したいの、一緒に手伝ってほしいの」
その言葉と同時に光が差し込み、彼女の髪に反射して黄金に輝いたように見えた。