3話:冒険者ギルドの現実
「――――……勇者様、勇者様?」
怪訝な表情で覗きこまれる。
「え、……どうしたの?」
「冒険者ギルドに到着いたしました」
「あ、あぁ……ありがとう」
「では、私はこれにて失礼いたします。勇者様のご活躍をお祈り申し上げます」
面接の後ショックで、意識が半分飛んでいた。
勇者として召喚されたのに、チートのかけらもなく天涯孤独である。生活もままならない。
そんな状況下で、絶望しないほうがおかしいと僕は声を大きくして言いたい。
とはいえ、ここでうじうじしててもどうしようもない。
気を取り直して、目の前の建物に意識を向ける。
見た目は白いベルサイユ宮殿だ。
ここが冒険者ギルド。
もはやなにを信じればいいのか分からなくなっているが、召喚物だと酒場になっていて荒くれ者に絡まれたりする場所だ。
だけど目の前の建物からは、そう言う雰囲気は感じない。
騒がしさのかけらもない。
ここで尻込みしていてもしょうがない。
仕事を紹介してもらおう。そうして生きていこう。
雑用でも何でも必死にやろう。
決意して冒険者ギルドのドアを開けると――。
――――ハローワークですね。お疲れさまでした。
受付のようなところが並んでいて、覇気のない顔をした中年男性がおそらく冒険者ギルドの若い男性と話し込んでいる。
隅を見ると、ダンボールで寝てるホームレスのような男性が寝ている。
え、ダンボール?
と疑問を抱いていると声が飛んできた。
「おーい、今入って来た少年、こっち来てくれ」
「僕ですか?」
もしかしなくてもそうだろうと、確信しつつ声をかけてきた小太りのおじさんのもとへと向かう。
「おう、あんちゃんしか入ってきてないだろ、まぁ座ってくれ」
「どうも、お言葉に甘えて」
「あんちゃんここは初めてだろう?」
エスパーか!
「よくわかりましたね?」
「入ってくるなり観察するようにきょろきょろしてればなぁ」
「それもそうですね」
案外そういうのは分かるもんなんだなぁ。
「それに若い人は、ここにはあまり来ないから覚えのない顔が来ればな?」
「確かに年配の方が多いようですね。」
なぜだろう、イメージに合わないが……。
「まず若いやつらは、戦えればどっかのクランに入る。クランってのは、まあ戦える奴らが冒険者ギルドを通さずに依頼を受ける集団だな。だいたいどこも、どこかしらの酒場を根城にしてる。大きいところならクランハウスを持ってたりもするけどな。冒険者ギルドにマージンを取られない分報酬が高かったりする。クランの維持に年会費を払わないといけないが冒険者ギルドほどでもないってそっちに流れるな」
ふむ、こっちのほうがテンプレの冒険者ギルドに近いのかもしれない。
「戦えない男は、だいたい荷物持ちとか雑用として商会とかに雇われる。なんだかんだ言って若い男は労働力になる。戦争中で戦える奴らがばったばったと死んでいく、労働力は必要だ」
そこまで話しておじさんは突然声のトーンを下げて言った。
「……それにな、俺の立場からは声を大きくして言えないけどな、呼ぶだけ呼んで帰せない戦えるかもわからない『勇者』って存在を片っ端から呼ぶなんていう、バカげてる事をするのは戦争で減った人口を補うって言う面もあった」
「あはは……呼ばれた身にはちょっとムカつく話ですね……」
「だけど国としては最善の策だった」
「だった?」
「ようは呼び過ぎたのさ。労働力になるって言ったって商談ができるわけでもない、鍛冶ができるわけでもない。そんな人をたくさん雇う必要はないってわけだ。そうして戦えない人はどうなると思う?」
「……職に困る」
「そう、そうやって国を救う存在として呼ばれた勇者様があふれかえって『勇者難民』だ。もちろん若い男だけじゃない、体力も専門技術もない年を取った人も、だ」
「勇者……難民……」
その言葉はずっしりときた。
「ぶっちゃけると、戦えないとあんちゃんもそうなる可能性が非常に高い」
「で、でも草むしりとか、ペット探しなんて仕事して……」
「そんなに草が一気に生えたり、しょっちゅうペットが居なくなったりすると思うか?」
「……」
「まあ、そんなわけで勇者難民は盗賊に堕ちたり、安い報酬でその日暮らすのも難しい仕事したりだ。ぶっちゃけるとうちに回ってくる仕事もほとんどそんなレベルだ」
……異世界の現実はすごく厳しかった。
なんなんだよ! 勇者難民?厳しいとかいう次元じゃねぇ!
「それであんちゃんは戦えるのか? それならいいクランがいる酒場を紹介するが?」
「……まったくです」
「んじゃ、何か仕事してたとかは?」
「…………まったくです」
しょうがないだろ! 学生だったんだから……。
「それじゃ、まあ……あんちゃんができるうちの仕事やってもらうしかないな……。お、これなんてどうだ?引っ越しの手伝い、馬車から家具を下す仕事。報酬は2アルグだ。」
「2アルグ?」
「おっと、いろいろ話して忘れてたな。あんちゃんはどこから呼ばれてきたんだ?」
「地球って星の日本です」
何で出身を聞かれたのかと思ったけど、速見表みたいなの取り出した。
そりゃたくさん召喚してればそういうのも作るのか。
「えーっと……日本……日本……お、あった」
「アール貨っていうのがこの金貨で日本円だと10万円だ、それで銀貨のこれがアルグ貨で1000円。最後にクブラ貨、この銅貨だな10円だ」
おじさんは、速見表と一緒に取り出した金貨、銀貨、銅貨を指差して教えてくれる。
「ってことは……引っ越しの手伝いで2000円!?」
「はっはっは、割りのいい仕事だろう?」
割りが良すぎて涙が出そうだ。
お駄賃にもならねぇ……。
「ははっ、そうですね……。ちなみにどのぐらい時間がかかる仕事なんですか?」
「そうだな、馬車2台分って書いてあるから大体半日ぐらいか?」
12時間で2000円! 最低賃金とかって話はないのかよ!
勇者難民なめてたわ……。
「……ちょっと考えさせてください」
「って言われてもな、明日の仕事だからキープとかできないんだわ」
「……わかりました、やります」
おじさんの口ぶりからすると本当にいい部類の仕事なのだろう、少しでも効率よく稼がないと生きていけない以上受けるしかない。
「そうこなくっちゃな! よし、おっけーだ。……そういえば忘れてたことがもう一つあったな、あんちゃん呼ばれた時に渡されたカードあるだろ、渡してくれ」
そういえばそんなものもあったな、勇者への支援するための証明みたいなものだっけ。
「えっと……あ、これですか?」
ポケットにしまっていた、クレジットカード程の大きさのカードを出して渡す。
「そう、それだ」
「これ何にも書いてないんですけどどうやって判断するんですか?」
「そっちから見えないところにスキャンする魔導具があってな、そこに入れてっと……そうすると結果が表示される」
おじさんはそういいながら、カウンターの内側でなにやら作業をしている。
「それなら不正に支援受けるとかできなそうですね」
「おうともよ、えっと10クブラに地図か……」
「1クブラって、えっと……100円!?え?マジかよ……」
「…………悪いなあんちゃん見間違えだったぜ、10アルグだったあんちゃん流に言うなら1万円だな!」
「驚かさないでくださいよ、もー……」
100円にも驚いたけど1万円も決して多くはないよな……。
「悪い悪い、こういう仕事してると目が悪くなりがちなんだ、許してくれ。お詫びに俺の使ってた剣もプレゼントだ」
「物理的にも精神的にも太っ腹なおじさんだ!」
……声に出てた。
「はっはっは!そういうのは本人に言わないでくれよ!物理的な方は気にしてるんだから!」
「ごめんなさい」
「いいんだよ、言うほど気にしてないしな。それじゃおススメの宿と明日の引っ越しする家の場所を教えよう、この地図は特殊でな目的地と期間を設定できてな、その期間中地図に表示させることができる」
「すごい便利ですね。とてもありがたいです」
まるでゲームのマップだ!
っていうかほぼタブレットPCだな……。スワイプで地図が動くしピンチイン・ピンチアウトもできる。
「それじゃ設定した地図と10アルグに……これが剣だ。大事にしてくれよ?」
そういって銀貨10枚と地図と70cmぐらいの剣を渡してくれた。
「本当にいいんですか?」
「もちろんだとも、こんな物理的にも精神的にも太っ腹なおじさんらしいだろ?」
ニヤリと、からかうような顔をしながら言う。
「やめてくださいよ! 本当に気にしてるんですか!?」
「はっはっは! じゃあこんな辛気臭いところにいないで宿へ行った行った! 依頼は達成したら召喚された時に渡されたものあるだろ? 正式名称はアチーヴメントって言うんだけどアレが渡されるからここに持ってきてくれ。そうしたら報酬を渡そう」
「わかりました、そういえばギルドカードってないんですか? 冒険者だって証明したり色が変わってランクが分かれたり……」
なになにランク冒険者、みたいな奴だ。
「あるにはあるぞ、でもまだ渡せない」
「渡せない?」
「そうだ、だってそうだろう?冒険者だって証明するってことは国として信頼しているってことだ。俺個人はあんちゃんが悪いことするとは思っていないが、発行は無理だ。あんちゃんが依頼をどんどん達成して行ってくれたらいつかは渡せるかもしれんがな」
それもそうか、勇者難民ってものがあふれかえっている世の中で信頼されている証明って言うのは難しいだろうな。
「そんな重要なものとは知らずに聞いてすみませんでした」
「いいんだ、俺もあんちゃんに渡せる日が来るのを待っているぜ」