結論:不明
「なんで三回言った? 大事な事か?」
「だって途中まであんたらしくないことを言ってたから」
座右の銘は友情・努力・勝利と言い出しかねない様子に
得体の知れない不安が湧き上がっていたが、
それが杞憂に終わりシャルロットは胸をなでおろした。
「実際のトコ、どうなのよ?」
「どうって?」
「あんたが裏で何かしたんじゃないのかって聞いてるのよ」
二人の間に一呼吸空けた後、取り上げられた本を
シャルロットの手から取り返し机の上に閉じたまま置いた。
「なるほど。お前は俺がそういうことをする奴だと思ってたわけか」
「思ってなんかないわよ。思ってないから、
あんたらしくないことをさせちゃったのかなって思ったわけで」
だとしたら、自分は迷惑をかけたことになる。
こうなった原因にいたから無関係ではないけれど、
助ける必要のある立場とは関係なかったし、
助けなくてもいいという自分の言葉を無視してまで
手を出してきたことには余計なお世話だという気持ちが四割、
すまないという謝罪の気持ちが六割あった。
その気持ちをどう言い表せばいい考えあぐねているのを見かねたユーシャは
ため息を一つ吐いた。
「変わるかよ」
静かに答えるユーシャにシャルロットははっとした。
「俺に限らず、人がそんなに簡単に変わったら、
世の中めちゃめちゃになるぞ」
人は変われる。
変わるとは前のものを捨てることと同義だからだ。
持っているステータスを全て捨て去り、
今まで自分が積み上げてきた物にリセットボタンを押すことで、
めでたくNEW GAME、
自殺という方法もある意味では変わることと同じものだと言える。。
(※もっとも、実際はゴミのような人生を送っていた奴が本物のゴミになるだけで
転生だの人生のやり直しだの夢と希望に満ち溢れた展開など全く起きないのだけれど。)
つまり変わることは決して難しいことではない。ただ、やりたくないだけだ。それは何故か。
わざわざやり直すのが面倒くさい?
次の人生に使えそうなものを捨てるのはもったいない?
色々あるだろう。それらを一つにまとめて最大公約数を導出するとこうだ。
『今までを拒絶したくない』
(まぁ、そうなんだろうな。
どんだけ嫌な目にあっても小賢しく生きようとしやがる連中はいるし、
そろそろやばいなって自覚してるくせに何もしない豚だっている。
逆にきっちり見切りをつけてやることやる奴は大したもんだ。
と言ってもそいつはそいつで、もう人間辞めたゴミだから。
文字通り例外なんだけどな)
未練がある以上、人は変われない。
だが、未練があるからこそ人は変わりたいと願う。
あの時こうなら良かった。こんな自分ならもう二度と同じ悲劇を繰り返さなくて済むと、
そんな願いが人を変える。
人は変われる。だがそれでも変われなくて、
でもやっぱり変わりたいと思う事もあって、
理想を求める強い願いが人を変えていく。
「つまりは」
結論を言うと
「つまりは、だ」
簡潔にまとめれば
「つまり……何だ?」
「いや、あんたが考えてることなのに
私が分かるわけないでしょ」
つまり、何を言っているのか分からない。
「待て。待てよ? まず変わりたくないって思うのが普通なんだよ。
何でもかんでも変えてみようと考えちまうなら、
命を大切にっていう今の倫理が、
全く逆のことに変わる可能性だってある。
とりあえずみんなで死んでみようとか自分から絶滅しようとする世代があったって
おかしくねえはずだ。
けど、そんな世代は俺が生まれるまでの時代にはなかった。あったら、
俺は生まれてなかったからだ。それはそこで完結してんだ。
けど。技術は進歩してきてんだ。そいつぁ、こんなもんがあったらなぁっていう
気持ちがあったから開発できたんだ。つまり、つまりぃっ……」
頭の中に浮かんだ言葉をつなげて、
自分が何を言いたいのか整理しようとするが。
(分からん! あれ? つまり、どういうことだ?)
うんうん唸って必死に考えている中で、
そんな様子を見たシャルロットは一言。
「キモい」
「ぐはぁっ!?」
蔑視も、もちろん憧憬の意もこもっていない真っ白な心から
こぼれた三文字がユーシャの自尊心を傷つけた。
ちょっとカッコいいこと言ってドヤ顔をしようと
企んでいただけに深い傷を負った。
「なんでだよ!? 俺今、良いことを言いそうな雰囲気だったじゃん!」
「え? あの。 ごめん」
「謝るな。謝らないで。すごく傷つくから」
「いや、全然分からないんだけど。
ごめん、ちゃんと聞くから。分かるまでちゃんと相手するから、
もう一回だけゆっくり標準語でしゃべって」
「っせえなぁ。めんどくせんだよ、テメエ。
ぶち殺すぞっ!」
惨めな思いをして泣きたくなる気持ちと
カッコつけようとしたのに失敗した恥ずかしい気持ちで
潰れた表情を見られないようにユーシャは捨て台詞を履いて
机に突っ伏してしまった。
「……ところで。
本当にあんた、何もしてないの?」
シャルロットがユーシャの足元に目を落とした。
そこには机の下からエクスマらしきものが
ユーシャのひざ元にしな垂れかかっていた。
らしきもの、と付け加えたのはそのエクスマが人間(元々悪魔だけど)ではなく、
飼い犬っぽくなっているからだ。
通常の制服姿に犬耳のカチューシャと
スカートの下から作り物の犬尻尾を生やしていた。
飼いならされたような態度と相まって
全体的にメス犬化していたエクスマからは
ある意味人間としての限界を超越したような
感覚を覚えた。
「何かもう変わる変わらないとか
言ってたあんたのセリフが全部このこのせいで
茶番に聞こえるんだけど」
「もうその話はやめろよ! 勘弁しろ!」
「エクスマってこんな子だっけ?」
「…………(・_・)。
ソウダヨ? な?」
「はい。そうです、ご主人様ぁ~」
「な?」
「え? そうだっけ?
もっとこう、元気があって。かなり抜けてて。
積極的で。あんたに懐いてる。
ん? 合ってる? 合ってるけど、何か違う」
「う~ん、やり過ぎたな。
後輩&天然&バカ&悪魔だったのに、
それ全部ぶっ壊すくらいのメス犬属性が追加されたか。
これ、ちょっと失敗したかも」
「『失敗』!? えっ!? 本当にあんた、何かしたの?」
「いやいやいやいやいや、失敗ってのは彼女選びの事。
こんだけ属性ついてたら次からどういうのを狙おうか
困るじゃん。前四つは覚悟してたが、メス犬属性のせいで
もう犬系の獣人を選べねえし」
その時、全時空の犬属性の女は震撼した、
私たちに出番はないと。
「そんな不純な彼女選びがあるかっ!
というか、私っていう妻がいるのに
新しく女作るってどういうこと!」
「は? どこで何人女作ろうと俺の勝手だろうが。
何だ? 好かれたいのか? 独占したいのか?」
「気色の悪いことを言わないでくれる。
あんたに他の女を作られると、
私が女として劣ってる感じがするのよ!」
「劣ってんだろうが、実際。
お前が女らしいところ、見たことがねえよ。
実は戸籍謄本に男って書いてねえだろうな!」
「そっちこそ、本当は人類じゃないんじゃない?
考え方が猿のクセに全く可愛くないわよ。
一回死んで猿として正しく生まれ変われ!」
「あん? 黙れライター娘。
火が欲しい時は百円ショップのライターに頼るから
テメエは化石になって石油にでもなってろ!」
「なにぅをっ!」
「やんのか、コラッ!」
朝のホームルームまで残り約3分。
きっかり1ラウンドの時間を二人(+飼い犬E)は
存分にタイマン(シャルロットVS飼い犬E)に使うのだった。
そして、当然教室に来た直後それを見たソフィア先生に
大目玉を食らうのであった。
「しまらないなぁ」
教室から離れた事務室で
ラヴは備え付けのテレビに映ったその茶番劇に
せんべいをかじりながらつぶやいた。
「日常に起きる問題なんて締まらずに終わる方が
多いわけだし。
これはこれで一応の終わりという事になるのかな」
せんべいを触った手をウェットティッシュで拭き、
そばにあったリモコンを使ってユーシャたちを移す画面を消した。
「さて、今日は7月21日。
期末テストがあるから7月はもう終わりかな」
ラヴはやってもやっても溜まっていく一方の仕事に取り掛かる前に
カレンダーに印をつける。
「後20ヵ月」
油性ペンの耳障りな音を立ててラヴは今年の7の字にバツが付けられた。
「まだ4ヶ月か。結構長かったような気もするけど短かった気もする」
そう言って思い浮かべるのは先日、ユーシャとラヴの二人で
賭けをした時の事だった。
『
「君が勝った時の要求を聞いていない。
それが何かを知らないまま、勝負をするのは怖いじゃないか」
「ああ。そういえば言ってなかったな?
俺が勝ったら俺が負けるまで勝負を再開する。」
「……………………はい?」
ユーシャの願いとやらを聞いてラヴは目が点になる。
「えっ、やだ、それ面倒くさい」
「出来るよな?」
「いや、ま、出来るよ。というか何がしたいか
なんとなく想像がついたよ?
要するに君、わざと負けて勉強をさせてほしいってことでしょ?
けど、そんなの他の先生に頼みなよ。
自主的に勉強する分には全然かまわないから。
わざわざ僕に頼まないでくれる?」
「つべこべ言わずにやるぞ! つーかテメエじゃねえと無理だ。
俺は明日の午後五時までに賢くならなきゃいけねえんだよ。
それをしようと思ったらてめえの力を使うしかねえ。
あと三週間で期末が始まるって時期だ。
何かしらのチートを使わねえ限りてめえの仕事がどんどん積まれてって
首が回らなくなるだろうしよ。
譲歩はしてやる。いつ始めるかはお前が決めろ。
ただし、今日の午後零時までだからな。
それより遅くなったら多分、俺の気持ちが折れる」
「ちょっと待ってよ。勉強がしたいなら自分一人でやりなよ。
それこそ君が自分の能力を使えばいいだけの話だ。
確かに君でもステータス自体を上げることは出来ないし、
僕もそれは能力としても教育者としても出来ないけど、
今言った方法なら君でも出来るはずだ」
「そんなこと出来たら苦労はしねえんだよ!」
半ば自棄を起こしてユーシャは自嘲気味に言った。
「やらなきゃだめだってのは分かってるが、
それでも自分から勉強するなんて俺には絶対に無理だ。
誰かにやらされねえと出来ねえ。
そういう意味でも力づくで俺に何かをさせられるお前しかいねえんだよ。
なんとしてでも明日までに俺はそれなりのレベルまで上げなきゃなんねえんだ。
だからおい教師、なんとかしろ」
「なんとかしろって。そんな頼み方はないでしょ」
「うるせえ。時間がもったいねえだろ。
さっさと勝負してやることやるぞ」
「うぅむ」
たかだか生徒一人のために自分の仕事時間を削られることに多少の不満感はあり、
どうして本職の教師に頼みに行ってくれないのかという文句も言いたいが、
形はどうあれ自分から教えを請いに来た若者を無下にするのは
自分の資質や教育者としての威厳の前に一人の成人(人ではないが)として
今しなければならないことだと思った。
なのでこれは仕方のないことなのだ。
仕方なくユーシャが自分に頼み込んできたのだから、
ラヴもまた仕方なくその頼みを受けることにした。
』
「入学前と比べると成長したなぁ。
その成長には嬉しいような、寂しいような、
何とも言えない気分だ」
短い期間とは言え付き合いの濃いユーシャを
ラヴはまるで我が子のように思っていた。
月日とともに成長し、いつかは自分の手の届かない場所へ
飛び立つという意味では同じだからそう思う事も仕方のないことなのかもしれない。
「なんてね。まぁいいや。考えたって仕方がない。
とりあえず順調に進んでいるんだ。
今は次のイベントに向けて
やれることをやっておこう」
国際情勢のまとめ書き三巻、生物図鑑五冊、毒物取り扱い書四部。
そして、海洋地図を数枚広げて
次への最適なプランを構築していく。
高校生活にたった一度しかない夏休み前、最大のイベント
『臨海学校』に向けて




