ユーシャって何?
この数日で変わった人間と言えばエクスマの他にもう一人いることを
周りの人たちはあまり気づいていなかった。
その人物は、なんというか、
不真面目という言葉すら生ぬるいというほどいい加減というか、
さっさと退学するほうがお互いの幸せにとって一番いいのではないか
と思うほど由緒あるこの学園にはふさわしくないというべきか。
そんな類の人間である。
私の夫である。(認めたくはないが。)
「おっしっ。これで期末の化学は勝つる!」
まだ授業も始まっていないというのに、
隣の席に座るユーシャは満足したように化学の教科書を閉じた。
(いや。良いことではあるのよ? けど、なにか納得できないのよね)
勤勉であることは良いことであるはず、なのだが。
どうにも以前のユーシャの性格や本質から考えると
素直に喜べないのであった。
自分との決闘騒ぎがあったあの直後。
ユーシャを訪れた何人か(その多くが男性)が消息不明となったことや、
自分を無理矢理車に乗り込ませて強引に式を挙げさせたことなど。
明らかに危険人物だと分かっていいはずなのだが、
『女子校に初めて入った唯一の男子生徒』という肩書が大きいせいか、
おそらく自分以外の誰もがこの男の成長(?)に気付く様子がなかった。
「あんた、何してるの?」
「あん? ンだよ、話しかけんじゃねえよ。今から天界史ヤんだからよ」
「あ。そう。あ、この前の授業でヤーナゲルナ会戦辺りが出るって言ってたわよ」
「マジで!?」
「あんた、その時、寝てたでしょ。
フルシエル先生はテストにどこを出すか言ってくれるから、
最悪、ノートをきっちり書き写すより話を覚えていく方が良いわよ?
じゃなくてっ!」
このままだと聞きたいことから逸れていく予感がして、
シャルロットはユーシャの手から天界に関わる分厚い年代史の本を取り上げた。
「今度は何を企んでるの」
「企んでるとはヒドい言い方だな。俺がしちゃダメなのかよ?」
「あんたが真面目に勉強なんかするわけがないからでしょ!」
シャルロットは本の背で天板をガツガツと叩きながら詰問していると
急に遠い日を懐かしんだような穏やかな目で
ユーシャは窓の向こうの夏が近づく空を見上げた。
「そうだなぁ。確かに前の俺は勉強なんか死んでもやりたくなかった。
そんな時期が僕にもありましたよ」
「うん。そうでしょ?」
「けどよぉ。俺、気づいたんだよ。勉強をする意味ってやつを」
「うん~、んん?」
「勉強自体に何か求めるから駄目だったんだ。
勉強して自分の頭が良くなることに意味があるんだわ」
「……」
「実はよ? ちょっと前に勉強で勝負したんだよ。
当然、勝つのは俺だけど。まっ、今回ばかりはガチで頑張ったんだよ」
「…………」
「それで頑張った俺が勝って、相手が負けたっていう時に感じたんだよ」
「………………!?」
「自分より馬鹿な奴を成績でボロクソ馬鹿にすんのって、
スゲー気持ちいいんだよ」
その時の事を思い出したのか、これぞ至福と言わんばかりに
ユーシャはうっとりと目を細めていた。
唇の端から思わずよだれが垂れそうなほど、
その顔面は蕩けきっていて、つい夜中に見てしまったユーシャの寝顔より
安らかな表情をしていた。
「うん、うん。良かった。良かった? 良かった!」
ここで『嫌な事でも頑張ってやり遂げるって素晴らしい!』
とかを言われてしまったらどうしようかと思っていたところ、
ユーシャらしい、納得のできる言葉が返ってきたことに安心した。
安心して、『それでいいのか?』と疑って、
『それでいいことにしよう!』と自己完結した。




