二人の関係って何だ?
「余計なお世話よ」
と背中越しにシャルロットは言った。
口調は穏やかで優しげに言ったその言葉は
ユーシャを激怒させる前に大量のやりきれなさと疲れの波を覆い被せてきた。
いや、実際に疲れていた。
無駄なほど怒鳴り散らしたり泣いたりしていたこともそうだが、
今現在シャルロットの背が押し付けるように
ユーシャの背にもたれかかっているのだ。
嫌がらせのつもりなのか割と強めに押されていて、
床との角度が六十になるくらいまで倒されていた。
「あんたの手なんか借りなくても、私はやっていける。
初めから言ってたでしょ? 私に関わらないでって」
「…………はぁ~、ソウダナ」
もはや言い返す気力もなくなり、ユーシャは適当に聞き流していた。
「私は嫌いなあんたと結婚してでもこの学園にいたいと思うような図太い女なの。
たかだか直接文句を言えないような軟弱な人間から言われた程度で
私をどうにかなるなんて思わないでよ」
「ソウダナ」
「そりゃ少しは傷ついたけれど、私が変えられるなんてありえない。
あんたが私の事をどう思ってたかは知らないけど、
それは全部あんたの勝手な思い込みよ、私はそんなに弱くない」
「ソウダナ」
「ねぇ。さっきから返事が適当なんだけど。
ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ。ちゃんと聞いてる。
余計なことして悪かった」
やけにくどくどと説教をしてくるシャルロットに
さっきとは別の意味でのイラつきがふつふつと沸き立つけれど
それでも完全に沸騰する前に冷めてしまい、
またやるせなさと疲れとシャルロットの背中に押しつぶされそうになる。
「なぁ。いい加減、どけよ。重いぞ」
せめてそれらの中で物理的な一つを解消しようと呼びかけると、
あっさりとシャルロットはそれをのんだ。
ゆっくりと合わさった背中が離れユーシャへの重みがなくなっていく。
だが、その代わりというべきか完全に離れきった後、
ユーシャの背の中心に小さな手が置かれた。
(いい加減しつこいぞ)
とユーシャは思うがどけようにも
重心をしっかりと抑えられて振り返ることが出来ず、
置かれている場所も体の硬さが邪魔をして触れることが出来なかった。
「私を信じてよ」
ユーシャからは読み取れない表情でシャルロットはそう言った。
「何回やめてと言ってもあんたは私の事が嫌いだから
言う事を聞かないんでしょ?
でもね。信じてほしい。
私は大丈夫。あんたには勝てなかったけれど、それでも絶対的に見れば
私は身体的にも精神的にも強い部類に入る人間だと思ってる。
だから、今だってあんたの力に頼ろうだなんて考えられないし、
あんたの言うことを聞かない私だからあんたは私を嫌っているはずでしょ?」
「嫌ってるって。お前、今はそんなことどうだっていいだろ」
どういう意図があってこんなことを言っているかは分からないが、
もしかすると自分のさっきの言葉がシャルロットにとどめを刺したかもしれないと、
ユーシャはそう思った。
まさかとは思うが万が一のことを考えると、ユーシャはやや焦った。
「どうだっていいことじゃないわよ」
と、そこへシャルロットは穏やかにユーシャへ言葉を返した。
「あの時、言われたことを今度は私から言わせてもらうわよ。
私はあんたが嫌い。あんたも私が嫌い。
けれど、自分にとってそれ以上の物のためにその嫌いな相手とつながった。
こんな淡白な繋がりだけど、私たちは『嫌いあう』という関係で繋がっているのよ。
この関係を私は終わらせたくないし、変えさせない。
だから、もう一度言うわよ。
私を信じて」
その最後の一言を最後にシャルロットはユーシャの背中からそっと手を離し、
何の会話もないまま二人はいつもの生活を送り、寝床に着いた。
部屋の電気を消し床・体・薄い布切れの層で寝ていたユーシャは
シャルロットの言葉を反芻していた。
『私を信じて』
特に何かをやる気もなく、かと言って眠くもない。
そんな状態だったので暇つぶしにと寝るまで
さっきのシャルロットの事を考えようと思ったのだった。
(『信じる』とか。何を訳の分からねえこと言ってやがる)
ばかばかしいと鼻で笑い飛ばそうとしているが、
このときの穏やかな言葉が逆にユーシャを真っ向から否定している気がして
心の中の深いところを抉られたような気分だった。
(いっそ死ねの一言でも言ってくれればよかったのによ)
考えれば考えるほど、実害を受けていないはずなのに、
妙な惨めさを感じていた。
(『嫌いあう』関係、か)
それはユーシャが最初に作り上げた繋がりで、
彼が目指すハーレムとはまるで反対の関係だ。
互いの足を引っ張り合うことが二人の目的とも言える関係だ。
それを大切にしたいというシャルロットの気持ちを、
理解することはできないけれど、どうしてだろう。
自分にもそんな気持ちがあるような気がしていた。
なぜ、俺はこの関係を潰したくないと思うのだろうか?
なぜ、シャルロットが変えられることを嫌がるのだろうか?
なぜ、泣いたシャルロットのために何かをしてやろうと思ったのだろうか?
分からない。
分からない。
分からない。
今までの全ての事を振り返り、
その中で沸いた疑問を自分に問いかけるけれど、
自分からは分からない、としか答えが出せなかった。
「分からないなら、考えないでいよう」
答えが出せないのは答えがないから。
ユーシャはそう解釈した。
分からない疑問は忘れて、
分かる事実だけに従おう。
分かることはただ一つ。
「あいつは信用できねえ女だ」




