平気って何だ?
(あのクソ野郎、意味深なこと言って消えやがって。
引きずり出して吐かされてえのか)
ユーシャはそう思うものの泣きじゃくるシャルロットを前に
放っておくこともできず仕方なく相手をしてやることにした。
(ってか、最近『しぶしぶ』とか『仕方なく』とかが多くなったな)
入学から3カ月、気づけば勉強やそれ以外、
もちろん恋愛ごととはあまり関係ないことばかりやらされている現状に
憂いながら、スマイル¥0の態度でシャルロットに話しかけた。
「おら。何があったか言ってみろよ」
「放っておいて」
「っ!
(このアマ。人が優しく聞いてやってんのに)」
と、ここで起こったところで事態は何も進展しないと考えたユーシャは
もう一度食い下がって聞いてみた。
「そう言うなよ。俺とお前――の仲はそんなに良くはねえけど。
話すだけ話してみろ」
「お断りだわ。あなたに言う事なんて何もない」
「そこをなんとか」
「いやっ」
「た」
「いやっ!」
もはや取り付く島もないとはこのことである。
補習中に勉強したことわざの例を見れて
面白いと思わなくもないが、
それ以上に今目の前にいるこの女に腹を立てていた。
「いい加減にしろよクソアマ! 人が下手に出てりゃつけ上がりやがって!
こっちはただ何があったか聞いてるだけじゃねえか。
どうせくっだらないことで悩んでんだろ。
校舎潰したばっかだもんな。洗いざらいしゃべってみろ。
そんで、俺に土下座して『お願いします。もう失礼なことを言いませんから助けてください』と言え!
そうすりゃ、まぁ、俺の機嫌次第でテメエを助けてやる。
俺は何でもできる最強な男だからな。テメエにどうにかできないことでも俺ならできる。
だから言えよ。言ってみろよ?」
助けると言いながらユーシャはシャルロットを蹴飛ばし、
指をさして命令を出す。
あまりにひどい仕打ちに対し、シャルロットは頭を上げず
放り捨てた剣についた血をふき取り鞘に戻した。
据わった目でユーシャの目を覗き、ゆっくりと近づいてきた。
二つ名に赤がつくシャルロットだが、今は紫がかった黒のオーラを纏っているように見えた。
「私を助けるつもりなの?」
「お、おう。まぁ、気分次第だがな」
笑顔より多く見てきたシャルロットの怒り顔。
根が真っすぐなシャルロットはその時々に合わせて
表情が微妙に違っていて分かりやすかった。
今回もそれは当てはまり、『どす黒い』というより
『仄暗い』黒色が似合う怒り顔だった。
無論、それでもユーシャは勝つ。
いい加減説明することが鬱陶しいと思うくらい
当然のように勝つ。
それでも怖いとユーシャは思うのであった。
(こういう顔をする奴は何をするか読めねえんだよな。
怖いっつーか、生理的に無理だ)
じりじりと近づくシャルロットにユーシャは身構える。
そして、次に取ったシャルロットの行動に
彼の心は大きく揺さぶられるのだった。
「お願いします。もう失礼なことは言いませんから
私の事は放っておいてください」
剣を前に置き、左ひざから床につく彼女は
三つ指をついて深々と頭を下げた。
これぞ土下座、ユーシャの注文通りの土下座を
彼女は忠実に実行したのだった。
「私を助けたいと思っているなら、もう構わないでください。
お願いですから。私は平気ですから。
もう何もしないでください」
額を床に着けた彼女の表情は誰にもわからない。
しかし、お願いの後に部屋の中へ鼻水をすする音が伝わる。
「何だこりゃ?」
ユーシャは今迄のシャルロットを見ていた。
生意気で、正義感ぶって、正義感が人一倍あって、
友達といることが好きで、自分のことが嫌いで、
とにかく色んな意味で強いシャルロットを見ていた。
それがどうだろう、今の姿は。
体を折りたたんで小さくまとまり、
理不尽な要求に鼻水を垂らして屈服している。
これはシャルロットではない。
「一体何が起こってるってんだよぉっ!」
怒ってはいないとユーシャは自分の事をそう思う。
今まで色んなことで怒ってきた。
けれど、今のこれはそれらとどこか違う。
だから怒りではないとユーシャは結論を出した。
怒りではない、しかし、心の奥底から湧き上がるこの気持ちが
ユーシャを強く叫ばせた。




